第49話

「ビショビショのまま帰ったら、きっと怒られるだろうな」

 坂を登りながら英ちゃんが言った。

 「ボクは久しぶりに怒られたいよ」

 カッコがそう言い、僕らは笑った。

 いつの間にか空は暗くなり始めていた。それぞれの家からは夕飯の支度のにおいがしてくる。テレビの音が聞こえる。なんだかとても懐かしい気がする。英ちゃんちの三角屋根が見えてきた。そのとなりの僕の家には明かりがともっている。なんだかドキドキしてきた。

 「バイバイ」

 「バイバーイ」

 いつもと同じように僕らは十字路でサヨナラをした。僕は玄関の前に立って、深呼吸をしてから扉を開けた。

 「・・・ただいま」

 キッチンの方からは水を流す音がする。カレーのいい香りがただよってきた。

 「おかあさん」

 僕は呼んでみた。

 「なあに?今手がはなせないんだけどー」

 久しぶりに聞くお母さんの声だった。それを聞いたとたん、僕の喉の奥には熱いものがこみ上げてきた。

 「おかあさん!」

 「なによ、もう・・・あらっ泥だらけじゃない?どうしたの?」

 玄関に姿を現したお母さんの姿を見た僕はもう我慢が出来なかった。

 「おかあさん!」

 そう叫んで僕は濡れたままお母さんに抱きついて、大声を上げて泣いてしまった。

 「な、なによ?どうしたの?ケガでもした?」

 おかあさんは戸惑いながらも、優しくぼくを抱きしめて言った。

 帰ってきたんだ。僕はとうとう帰ってきたんだ。やっとそれが実感できた。そして、僕はただただ、泣くだけだった。

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