四条は空を見上げる 第五
1
19時50分___南門要塞
高さ80mの、鉄筋コンクリートの壁と石積みの土台を有するこの要塞は、周囲に五つの鉄筋で作られた砦が設置されており、襲撃してくるであろう、
しかし
あちこちで炎のあがる光景はまさに、この世に地獄があるのであれば、ここのことであると思わせた。
要塞の門の前に展開していた、MW部隊はもはや6機まで減少しており、目の前の
「―いいか、絶対にここを通すな!!」
「―くそっ、こいつらどれだけいるんだ」
「―くるな、くるんじゃねー」
「―援軍は、援軍はまだなの?」
「―そんなの、くるわけ無いだろ___うわぁぁぁぁ」
指揮官MWの通信機には、統率を失いかけている兵士の悲痛な声が、虚しく響き渡り、あせりは増すばかりだったが、打つ手がない状態には変わりはなく、もしかしたら何処かの部隊が救出にくるという、ゼロに近い可能性にすがるしかなかった。
更に、正面を迂回した
四条夕凪の目には、今まで見た事もない地獄が広がっていた。あちらこちらで燃え上がる炎は異型生物だけでは無く、兵士達も燃やし、更に硝煙は霧のように辺りを漂い、異様な匂いを南から吹く風が運んでくる。
(少しでも時間をかせがないと、まだ南門を落とさせる訳にはいかない)
夕凪の素人目からしても、劣勢は見てとれていて、国民を遠くへと逃す時間を稼ぐ。それ以上は望めないと思われた。
しかし夕凪は信じていた。先刻南の空に打ち上げられた信号弾は十南大佐の部隊、山猫のものであり、必ずこの場所に来ると。
それまで必ず京都を守りぬく。
そして夕凪は後方の街を見渡すと、暗がりの中、25階建ての行政府最上階の灯りが目にはいる。
(母様はまだ避難はしていない)
京都で一番高い建造物である、行政府の灯りが消えていない。それは四条楓はそこに居ると知らしめている。
しかし、行政府の付近の施設や民家がある辺りを見渡すと、ほとんど灯りは見えなかった。
これは、住民は地下への避難は終わっていることを示していた。
しかし地下を移動し、なるべく京都から国民を遠ざける為には、まだ時間がかかると思われた。
(お願い持ちこたえて)
夕凪は、頭上に高々とたてられた盾と盾が合わさり、その奥に日輪が描かれた、四条の旗を、何かを祈るように強く握りしめた。
↓
泉
「―夕凪様、ここもそろそろ危険でしょう___避難をなさって下さい」
泉
「―泉中将。それは出来ません、わたしはここに来た時から覚悟は出来てます」
夕凪にとって砦の兵士達と運命を共にするのは、四条の責務であるとの決意は崩せるようなものでは無かったが、
「―しかし!___」
その瞬間、空中で炸裂音と炎があがり、防御壁の一部が崩れおると同時に、爆風が夕凪達をおそう。
塵と砂が舞い上がる中、夕凪は爆発のおきた場所を、
(空中で、何かが爆発した)
要塞から見て南西の空を見上げると、爆煙が立ち昇っていて、それは雲を一箇所に集めてひとかたまりにしたかのようだった。
要塞の西側の防御壁は一部を除き崩れていて、爆発の規模の大きさを物語っていた。
「―泉中将!」
夕凪の声に
「―すみませぬ、先程の爆炎……いけませぬ……お逃げください」
「―
夕凪は声を上げると、要塞内の野戦病院から音を聞いて駆けつけてきたのであろう、看護師数人が夕凪のもとへ駆けつける。
そして、
夕凪は地上の部隊の様子を伺おうと、石の階段を降りる。周囲では看護師が負傷した兵士を治療しており、動ける兵士は壁下にいるであろう
MW部隊も爆発による被害はないようで、こころなしか、橋周辺に群がっていた異型生物が爆発の影響かは、わからないが引き気味になってるように見えた。
(軍旗、軍旗は?)
夕凪は、四条健在を示すための軍旗が無事かどうかを確かめる為、後ろを振り返ると、未だ折れずにそこに存在した。
風を感じる。夕凪は背中に北風を感じ砂と塵をかぶった金髪も煽られていたが、目線の先の軍旗は風とは逆方向。北から南に煽られていた。
その違和感を夕凪は感じていたが、それは最悪なものが近づいている証拠であった。
「―えっ……」
夕凪は更に目線を上げると、空から
(ハチ型)
赤く光る、ハチ型の姿はまさに異様といえる、最大の脅威は体内から散布される霧状の液体を気化爆発させる事により、広範囲を壊滅される手段をハチ型は持っていた。
更に、その脚には鉤型の棘が生えており、薙ぎ払われば、夕凪の身体など簡単に引き裂かれてしまうだろう。
そして鋭いエナメル質のような爪は、恐怖にひきつった、夕凪の顏を写していた。
「―母様」
夕凪は覚悟を決めたかのように、静かに呟く。
そして、小刻みに震える身体をつつむ、大きめの襟がついた黒いコート。
いまや金色の肩章も銀色の四条の紋の入った飾りボタンも、酷く汚れていて、その威光は泥にまみれていたが、そのポケットに綺麗にしまわれている、白い紙の存在を夕凪は思いだす。
2
京都行政府___3日前
綺麗にニスを塗られた、木造の手すりを挟んで大理石の階段、そしてよすみをしっかりと合わせ敷かれた赤い
同じく大理石と木材タイルを使用した、大広間、そこには10本以上の柱が使用されており、この京都行政府の大きさを、ものがたっている。
この、1950年代に当初ホテルとして建てられた建物は、大戦の混乱と
そして、混乱におちいっていた京都を救ったのが、MW開発を手がけていた、四条重工の創業者一族であり、
今まで何度も危機を乗りこえてきた、京都市民にとって、この建物は不屈の魂の象徴ともいえるだろう。
しかし、今朝がた入ってきた、
四条夕凪は、行政府の扉を開け、中に入ると、議論による熱気で温まられたような、空気を感じる。 周囲を見渡すと、辺り一面に人が溢れていて、それは今いる大広場だけでは無く階段上であったり、扉の前であったりと、まるで無秩序な子供のパーティのようだ。
皆、幽霊でも見たかのような青白い顔をしていて、あちこちから『コロンビア』や『イスビア』『ブラフ』などのワードが、夕凪の耳に飛び込んでくる。
その様々な人の声は、どしゃ降りの雨音のようにあちこちで響いていて、耳に入る情報はまとまりをみせなかったが、先程まで行われていた、会議の結果が解決にむすびついていない事だけは明白であった。
夕凪は知らない街で迷子になった、旅行者のように、辺りを見渡しながら階段をのぼると、向かいから今まさに探していた、世話役の臼田二八の姿が目に入る。
臼田は、夕凪を見つけると安心したのであろうか、少しほっとしたような、顔を見せた。
元々釘のように痩せてはいるが、姿勢は良い臼田の身体が、少し曲がっているようで、疲労がたまっているのだと感じ、夕凪は心配になる。
そして、臼田も同じく夕凪の事を心配していたようだった。
「―夕凪様、ご無事で何よりです」
「―京都全体に非常事態宣言が出るなんて、状況はそれほど悪いのですか?」
「―はい。御当主さまも随分と悩まれておいでです」
「―母さまはどちらに?」
「―執務室におりまする、さぁこちらへ」
臼田は、夕凪をエレベーターに案内すると、綺麗に仕立てられた、燕尾スーツの内ポケットから銀色の鍵を取り出し、最上階を示す鍵穴に鍵を差し込み回す。
そして、手動で柵の扉を閉めると、ゆっくりとエレベーターは最上階へと動き出した。
↓
最上階にエレベーターが到着すると、ジリリと鈴の音が数回鳴り、中から夕凪と臼田がおりてくる。
二人は百合の柄があしらわれた、
「―陸奥少将」
「―夕凪様、ようやく来られましたか」
「―ご心配をおかけしたようで」
「―外は少しばかり危険です、当面はこちらにお泊まり下さい」
「―ありがとうございます」
陸奥和人は、執務室の扉を開け、中にいる四条
夕凪は臼田と陸奥を残し、6枚張の大きなガラス窓と質の良い木材を加工して作られた、パネルで作られた部屋にはいっていく。
部屋に入ると、
何やら深刻な話をしていたようだったが、男性は、夕凪に気付くと声を掛けてくる。
「―君が
「―はい、四条夕凪と申します。宜しくお願い致します」
夕凪は軽く姿勢を正して、会釈すると、中年男性は、それを見て慌てたらしく、ソファーから立ち上がる。
「―これは失礼、私は東都で歴史教師をしております、山元信吾と申します、自己紹介が遅れました事はお許しください」
山元信吾という、白シャツにチョッキ姿の中年男性はそう言い、夕凪に屈託の無い笑顔を向ける。
「―東都からですか、さぞ大変な旅をなさったでしょうに、遠路はるばるありがとうございます」
夕凪もそう言い、更に一礼をする。
山元は、感心したように静かにうなづく。
「―うんうんその配慮、良い性格をお持ちのようだ」
山元はベージュのスラックスのポケットから、四条京都で作られたものでは無い、外国製だと思われるペンとメモ帳を取り出すと、サラサラと何かを書き、夕凪に渡す。
夕凪は紙を受けとり、書かれた内容を確認する、そこには。
『月が消えるとき、それは現る』
そう、書かれていた。
夕凪はそれが何なのかは、まったくわからなかった。ただ山元の、中年には見えない若さの残る顔を見上げると、幼子を見るように微笑んでいた。
そして、
夕凪は一瞬、狐につままれたかのような違和感を感じて、壁掛けの鏡に自分の顔をうつすが、そこには肩にかからないくらいの綺麗な父譲りの金髪と、母譲りのグレーの瞳がうつっていて、今朝でかけるまえに見た、自分の姿そのものであった。
夕凪は目線を山元にうつし、質問をする。
「―いったいこれは?」
「―ふふふ、書いてある通りだよ、きみの願いを叶える魔法の起こしかただよ」
「―魔法ですか。___月が消えるとき___」
山元は、手のひらを素早く夕凪に向ける。
「―おっと、そこまで。それは人に見せたり、聞かせてしまうと、効果が切れてしまうんだ」
夕凪はまた、山元の言動に少しビックリしてしまい、それが表情に出てしまったようで。
「―ごめん、ごめん。なんか驚かせてしまったかな。でもその紙は大切に肌身からはなさないようにね、君を守ってくれるよ」
そう山元は言い、手をパンっと軽く叩くと、
「―さて、そろそろ僕は行くよ。当分はここに居たいのだけど、もう行かないとだからね」
「―そうね、本当にありがとう」
そういいながら、
「―
「―そうであると信じてるわ」
二人は、昔からの旧友かのように微笑みを交わす。
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