四条は空を見上げる 第二

  1


 四国方面から、{上坂湾}を超えた異型生物ブラフ群を抑える為に、旧笠屋かさや市街に配置された第四軍笠屋方面部隊は予備兵を中心に組織された、臨時MW部隊が中心戦力であったが、良く健闘していた。

 しかし蟻型ありがたに続き蜂型はちがた異型生物ブラフの襲来により、前線は混乱し、笠屋防衛ラインは崩壊。結果、敵集団の中央突破を許す事になった。

 この事は、笠屋かさや旧市街地から20キロほどしか離れていない京都市街地。そしてその居住者達の直接的な危機という事を意味していた。



 午後15時30分 京都地下施設


 四条京都当主、四条かえでの娘、四条夕凪ゆうなぎは市内中央部から南側に建設された、南門と呼ばれる要塞へと向かう為に、地下施設の第1層を移動していた。

 地下施設といっても、異型生物ブラフとの戦争以前に、地下鉄として使用されてた施設を再利用し改造したものである。その深さは30mに及び、五層からなるその施設は、最下層には緊急シェルターとして、4層5層では軍用の地下鉄が今だ使用されており、1.2.3層はMW格納庫や軍事施設として使用されていた。


 特に1層目には京都のほとんどの機体が収納されていたが、今は見渡す限り機体は1機も収納されていない、たまに破損した機体が2層目にある修理施設へ運ばれる為、ここを通過する以外は、ほぼ全ての機体は権田や鶴岡の防衛最前線へ送られていた。

 いつもであれば紺色のツナギを着た作業員達がMWの整備や武器の換装の為に喧騒の中、仕事に従事しているが、今はあちこちで土嚢を担ぎ上げ、地上に散らばる地下施設の入り口に積み上げる事で、万が一の時、異型生物が地下内に進入するのを防ごうとしているのである。

「お前たち、さっさとしやがれ」

 親方と思われる、黒いベレー帽に髭ずらの壮年が怒号をあげると、作業員達の動きが早くなる。

 異型生物戦争以前にはあったであろう、鉄の線路は1.2.3層には今は無い。

 その為、人が走っても問題のない作りになっていた。


 四条夕凪と数人の軍人達は中央MW運搬通路を足早に進んでいた。

 通路の左右には、本来機体を収納する為に、長方形に鉄で組まれたドックがズラッと並んでいるが、当然すべて空で、その様子は夕凪は見た事もない光景で、今がどれだけ危機的な状況なのかを、再認識させた。


 それでも、異型生物との開戦から3日目、国民のほぼ全てが混乱し、京都からの一時避難をすすめている中、四条夕凪は冷静であった。


「―夕凪ゆうなぎ様!!」


 後方から、そう叫びながら駆け寄ってくる影の方を四条夕凪ゆうなぎは振り向く。

 夕凪ゆうなぎに付き添う十人ほどの護衛が彼女の周りを警戒すると、夕凪ゆうなぎは、すっと手をあげる。それを合図に護衛は警戒を解いた。


「―どう致しました?」

「―先程、前線より第四軍崩壊との連絡が入りました、三時間、三時間後には京都市街地に到達する模様です」


 三時間後には……つまりそれは、三つの防衛ラインのどれかが崩壊したのだと言う事であり、現在その可能性が一番高いのは、第四軍が守備する笠屋か明河のどちらかであると思える。


「―笠屋ですか?」

「―後察しの通りです」


「―わかりました。第四軍の残存部隊は今どこに?」

「―第四軍は、現在新山平原にて再編成中であります」


「―佐山中将はご無事ですか?」


「―……残念ながら」


 夕凪ゆうなぎは静かに眼を閉じると、三秒ほど沈黙と静けさが周囲を支配する。

 幼少の頃から、見知っていた者の死を聞き流したくはないが、現在の状況はそれすらも許さず。

 せめて数秒、《黙祷》を捧げた。そしてゆっくり眼を開いた夕凪ゆうなぎは、静かに声を響かせる。


「―続けて下さい」


 伝令は第四軍の状況、蜂型はちがた異型生物ブラフによる襲撃による被害規模、他の三つの防衛ラインの現状報告、それを打開するべく、大本営の決定を夕凪ゆうなぎに伝えると___伝令の男は深く頭を下げ、権田防衛ラインに向けて走り去った。


 《打開策》


 その内容は、現状京都への援軍部隊を出せるのは、明河の第二親衛隊___山猫くらいなもので、それは明河の部隊の戦力を二分し、残った部隊には状況打開までの間、結果死地に置き去りにするという事であった。

 夕凪ゆうなぎは報告を聞くと、少しよろめき、周りの人間が支えようとするが、「―大丈夫です」と言うと、歩きだす。

 このよわい十九の娘は、追い詰められた危機の中でも気丈に振る舞おうとしていた。

 どこか、一念というか、不退転の決意みたいなものを、感じさせる何かが夕凪ゆうなぎにはあった。


「―夕凪ゆうなぎ様、大本営に戻られた方が良いのでは?」

 そう、進言したのは、夕凪ゆうなぎの世話役でもあった、臼田二八うすだにはちであった。


「―大本営には母様がいらっしゃいます。私は南門に行きます」

「―しかし、笠屋かさやの防衛ラインが崩れたのであれば、南門は目と鼻の距離、危険で御座います」

「―そうであれば、尚更です。南門の兵士は今、不安でありましょう。私が南門へ赴けば、四条は諦めていないと感じ取り、奮い立つでしょう、国民あっての四条、私が何をすべきかは理解しています」


 本来であれば、退避する国民の先導役として京都から離れる事が、正しいのかも知れないが、それをよしとする事はできなかった。

 勿論、南門要塞についた所で、指揮をとることなど出来る訳はない、ただのお飾りである事である事は重々承知しているが、だからといって京都から逃げ出す理由にはならない。

 お飾りであろうとも、四条という京都にとって最高のお飾りが、南門要塞に在る事により兵士の指揮が数パーセントでも上がる事を考えれば。

 四条夕凪は迷う事はない。


 臼田は静かに頭を垂れると、夕凪ゆうなぎ一行は急ぎ足で、南門要塞へと歩き出した。



 2



 同時刻___明河防衛ライン


 十南となみみずき大佐の表情は怒りに震えていた。

「―だから!!第一親衛隊はどこいる!!」

「―鶴岡防衛ラインの前線を押し上げ……」

「―そんな事は判っている!!」


 通信機に向かい怒鳴りつける自分に、嫌気を感じながらも、そうせざるにはいられなかった。何故なら、数分前に十南となみみずき大佐の率いる、第二親衛隊18機に下された命令は、四条京都市街地に進行中の異型生物ブラフに追い付き、殲滅する事であったからだ。

 それは第二親衛隊が明河から離れるという事であり、残された新兵で編成された大隊を、残して盾として使う作戦だという事を、みずきは咄嗟とっさに理解し、これしか無いと解ってはいるが、やりきれな違和感は怒りに変化していた。


「―落ち着きなさい、十南となみ大佐」

 通信機の向こうから四条京都、正しくいうと京都公国の公主である、四条かえでの落ち着いた声が十南となみのイラついた心に、傷薬を浸透させるかのように響く。

 十南みずきにとって四条はそれほど特別な存在であった。


「―御当主様……」


「―十南となみ大佐、良く聞きなさい。権田も鶴岡も一丸となって、異型生物ブラフを押し上げてくれております。今兵員を裂く訳には行かないのです。

 新盛山の大隊は確かに新兵が大部分ですが、私は信じています。必ず持ちこたえるでしょう。それに貴方には京都市街地に向かう、異型生物ブラフの殲滅後、大変ですが直ぐにここに戻っていただきます。いいですね?」


「―はっ。……有り難うございます」

 必ず持ちこたえる、勿論それは誰にもわからない事で、内心納得なんて出来ない。

 しかし四条楓という公主はむやみに兵士の命を犠牲にする事はしない、だからこそ京都公国は一丸となって国を守ってこれた。

 十南自身その事を誰よりも理解していたが、それでも四条楓は新兵を死地に置こうとする。

 それは、状況が考えているより数段厳しいのだと、十南は悟った。


「―それにね、みずき。今南門に夕凪ゆうなぎが向かっています」


 四条かえでの声は、十南が理解をしめした事に安堵したのか、さっきより少し肩の力が抜けたかのような声色に変わった。それは通信機を通して聞いていた、十南となみみずきにも伝わっていた。

 しかしその内容は十南の心を酷く動揺させる。


「―なっ___夕凪ゆうなぎ様が!!何故!!」


「―……それが、あの子の意思なのです」

「―あまりにも危険すぎます!!」


「―お願いみずき、貴方には力がある。どうかあの子を守ってあげて」

「―『当然です!!』……いえ、了解致しました」


 十南は夕凪に対し、幼少の頃から姉のように接しており、夕凪のことを守るという事は当然の事である。無論頼まれなくてもそうするが、指令として出た以上、それは任務として遂行する。

 そういう軍人としての硬さが彼女にはあった。


「―……有り難うみずき、頼むわね」

「―はっ」


 みずきは、通信を終了すると、眉間に寄ったシワを右手でほぐすような仕草を見せた。そしてメインモニターに表示された、推進パックの残量を確認する。

 {63%}京都市街地に向かって、ここまで戻ってくるには充分な量だ。

 みずきは、通信機に向かい叫ぶ。

「―全機、京都市街地に向かった、異型生物ブラフ共を殲滅に行くぞ、者共けつに火をつけろ!私について来い!」


「「「了解」」」


 声が返ってくると同時に、18機のMWは背部から何かを回転させる様な音を響かせ、次の瞬間には、爆発音を響かせながら、京都方面へと機動跳躍ちょうやく状態に入った。その姿は本来飛行装備を持たないMWが、ブースターを使用したジャンプにより飛行しているように見えた。



 3



 16時30分___新盛山防衛ライン


 新盛山の中腹に陣取っていた、50機のMWを含める、三つの大隊は山を登ろうとする、異型生物ブラフに対して後衛の砲撃、中衛の射撃、あぶれた異型生物ブラフを前衛が狩るという、守備的な戦略で対抗していた。いや、新兵がほとんどのこの大隊では、これしか出来ないというのが、正しかった。

 しかし、この防衛に特化した戦略でも、山中という利点を上手く使う事で、それなりの戦果を上げていたが、第三波の異型生物ブラフが、第二親衛隊不在の明河に上陸してから、ジリジリと押されており、初期配置より300mほど頂上付近へと追い込まれていた。


 新盛山の頂上。実質、後方に見えるこの場所が、防衛ラインの死守ラインであった。もしこのラインが突破された場合。権田防衛ラインの真横から、異型生物ブラフが突入してくる事になる。

 その為、是が非でもこの場所を死守する必要があった。


 例え全滅しようとも。


 荒川若菜、丸山麻里を含む大隊も、半数の被害を出しながら山頂手前400mラインまで押し込まれていた。

 荒上若菜は、機体を峠道の森林側に半分身を隠すようにしながら、正確に異型生物ブラフを撃ち抜いていた。


「―……ヒット……ヒット」


 声にだしながら、射撃する事により冷静さを保っていたが、精神状態はすでに限界を超えていた。それでも後方の丸山機が肉眼で見えている事が若菜の崩壊寸前の精神をギリギリの所で保っている要因であった。

 他の仲間の所在は判らず、通信機越しの声と、レーダーに映る幾つかの反応のみが、味方はまだ存在していると思わせてくれた。


 若菜は静かに、坂の下から半分だけ見えている異型生物ブラフの髑髏頭に標準を合わせると、静かにトリガーを引く。

 軽い発砲音が響くと、髑髏頭は砕け散った。


「―……ヒット」


 そう、静かに言うと、モニター越しに周囲を確認するが、異型生物ブラフの姿は確認出来なかった。

 同じく後方の丸山機でも、周囲の索敵を行なっていた。そして束の間の安全を確保出来た事を察した。


「―凄い若菜。いつの間にこんなに射撃が上手くなったの?」

「―夢中で狙っただけで、私にも……」


「―まぁ、そのおかげで今も生きてる訳だしね」


「―麻里?」

「―うん」


「―みんなは何処まで退いたのかな?」

「―凄く混乱していたからね、この山の何処かにいるのだと思うけど」


 若菜は、レーダーを再度確認すると、山中の中腹からこちらへ向かって上がってくる、機体を見つけた。


「―麻里!レーダーを見て!」


 レーダー上で青く点滅する、機体マークの頭上には《雷221》と表示されていた。

 雷神型MW、それは新兵が最初に乗るMWの型式であった。しかも、221という番号に、若菜も麻里も覚えがあった。士官学校での同級生であった。園原ミカの搭乗している機体である。


「―麻里、この機体って」

「―間違い無いよ若菜、ミカの機体だよ!」 

「―見て、機体の周りに赤い反応が」


 単機で行動しているMWの周りに、赤い幾つもの点滅、これは異型生物ブラフに追われているという事だ。単機で異型生物に追われる、それはサメだらけの海に羽をもがれた鳥が一羽で海面を漂うもので、捕食されるのは時間の問題で、直ぐにでも救出する必要があった。

 通信機のチャンネルを変えると、園原ミカに声を掛けた。


「―園原さん!無事なの?」


 通信機からの返信は無かったが、若菜は繰り返し通信を試みる。


「―こちら荒上、コードアサツキ、園原さん応答せよ、応答して……」


 願いにも似た、一方的な通信を繰り返していると、微かに通信機から雑音に混じりながらも、人の声がするのを若菜は聞き逃さなかった。若菜はボリュームのフェーダーをあげると耳をすます。


「―たす……て……かみさ……」


 ハッキリと助けを求める、園原ミカの声が若菜の耳に届いた。

 (生きている、園原さんは生きてるんだ)

 それであれば……しかし若菜は一瞬迷いの壁にぶつかった、助けに行って無事にかえってこれるのか、もし園原さんが負傷してたら、機体が破損していて跳躍できなかったら。

 嫌なイメージが頭の中に次々に湧き上がる。

 (それでも行かないと)

 若菜は精一杯の勇気を搾り出すと決意する。


「―麻里!!」

「―わかってる!若菜行こう!」


 若菜は園原ミカの場所を再探知すると、座標に合わせ、機動跳躍ちょうやくの着地ポイントを設定すると、そのデータを麻里に送る。


「―この場所なら、一回の跳躍ちょうやくで行ける」

 麻里はそう叫ぶと同時に、二機は跳躍ちょうやくを開始する。



 二機はブースト音を響かせ、山の全貌を見渡せる場所まで跳ぶと、あたりは日が落ちようとている影響により、赤く染まっていた。

 そして、山肌の至る所には、轟々ごうごうと煙が上がっており、アサルトライフの放つ一瞬の炎も至る所で確認出来た。

 そして、その炎を目で追うと、現在最前線となっているのは、頂上付近である事を示していた。


 更に着地ポイントのほうへ目をやると、黒くて大きい物体がうごめいている様子が、確認出来た。それは、蟻型ありがたの群れであるのか?それとも激戦の跡地だったのかは判らないが、そこに何かがいるという事だけは確実だった。



 ↓



 跳躍ちょうやく装置のバックブーストを使用し、二機は園原ミカの機体の反応を示す座標の50m手前へ着地した。

 着地と同時に辺りをライトで照らし、目視で確認すると、何匹かの蟻型ありがた異型生物ブラフが視野に入る、その固体達は、突然現れた二機を威嚇するように、鋭い牙を左右に広げながら唸っているように見えた。


 若菜と麻里は冷静に左右に散らばると、周囲の異型生物ブラフを一匹ずつ射撃していった。全てを排除するのに大した時間はかからず、二機の銃口と周囲を照らすライトは、山道の下側に向けられた。


 若菜はレーダーを確認すると、直ぐそこまで園原ミカの機体が近づいて来てることが見てとれた。

「―園原さん、そのまま真っ直ぐ山頂を目指して、私達が援護します!!」


 若菜はそう叫ぶが、通信機から応答は無く、その静けさは、ある意味不気味さを感じさせた。

「―若菜どうなってるのだろう?」

 麻里は不安そうに、通信機越しに若菜に話しかけてくる。

 若菜も何かしらの不安を感じてはいたが、あえて言葉には出そうとは思わなかった。そして、モニター西側に何かしらの気配を感じ取ると、その方向へ、ライトを照らす。


 山肌を挟んで180度のカーブした山道のその先に、異様な生物の姿が照らし出された。



「―……蜘蛛くも異型生物ブラフ……」


 麻里の悲壮感に包まれた声が、通信機から聞こえてきた。


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