空人エフェクト∞
空輪
揺れ動く四条京都
四条は空を見上げる 第一
1
四月十六日10時5分___新盛山防衛ライン
「―コマンドポストより各大隊へ。標的は中浜市街地を抜けて、第二波と思われる群れは新盛山方面に進行中。アリ型個体数約八千、内クモ型個体壱を含む。作戦を開始する、各機健闘を祈る」
通信機から、女の声が鳴り止むと。
「―やつら、壁の薄い所を狙ってきたか」
強化ラバーで無縫製作された、パイロットスーツの光沢が、コックピット内での機器の放つ細かい光を反射する。
コックピットの暗がりの中、女は手元のタッチパネルを操作しながら、前に垂れた金色の髪を左手で後側に流した。
更に両脚の間に設置された、管制パネルを操作し、彼女の十八人の部下達が搭乗する
「―各機聞いての通りだ。くも型と、はち型が混ざっているが、樹木を盾にして乱戦に持ち込め。ルールは簡単だ、一人も死ぬな。醜い
〈〈〈〈〈了解〉〉〉〉〉
綺麗な顔立ちに似つかわしくない、厳しい声に各小隊長達の覚悟の声が女の耳元で響き渡る。
↓
荒上若菜少尉を含む京都公国防衛軍第八小隊が、全長12m。全身に
辺りを封鎖と言っても、人が通る訳では無く、京都市街地を目標に押し寄せてくる人類の敵だけだ。
今から二時間前に京都沿岸守備隊の索敵網に引っかかった
峠を絶対に超えさせるな。京都防衛局のお偉方はそう言いつつも、頭を悩ませていた。中国大陸における新型
そして福岡の市街地を飲み込みながら東進。
京都に通じる街道、鶴岡と権田では
三日三晩に及ぶ防衛戦により、前線の指揮は乱れ、増援を余儀無くされた。
その為京都中央には僅かな予備軍と戦闘未経験の新兵しか残されていなかった。
そして留守を突かれるように、本日早朝。四国方面より、京都南西に位置する上坂湾を渡りきった
京都防衛軍大本営は急遽、予備軍を笠屋市街に派遣し0830に交戦状態に入る。
更に笠屋予備軍に加え、新兵、第二親衛隊を編入し第四軍を組織した。
そして《上坂湾》周辺に
「―この場所は絶対通さない」
清楚な感じが未だ残る新任士官。荒上若菜少尉はコックピットシートの両側に設置された、操縦桿を握りしめる。
峠道の上手に配置された、荒上機は他の三機と共に前衛を任されていたが、それはつまり、彼女達が最初に接敵するという事であり、公立士官学校を今年の三月に卒業したばかりの新任少尉には、難しい役目でもあった。
荒上少尉は唾を何度も飲み込むが、彼女の喉の渇きは満たされる事は無い。しかし、パイロットシートに付属されている、ウォーターボトルを手に取る事も無かった。
喉の渇きを癒そうとする為に唾を呑む、その行為自体が彼女に取って無意識下で取った行動であって、極度な緊張は彼女の身体を
ただ小刻みに震える両手の感覚だけは研ぎ澄まされていた。
(落ち着かなくちゃ。狙って撃つだけ……それだけでいいんだ)
荒上若菜は繰り返し深呼吸をするが、もどかしくなるような震えは止まらない。
《こんなはずでは無い》
荒上若菜はそう思っている______厳密にいうとそう思ってしまった。
3日前
駐屯地待機になった夜。士官学校の同期たちと戦う覚悟を確かめあったはずなのに。これから始まるであろう実戦を目の前にして、もう少し《時間》が欲しかった……そうじわじわと心の奥底から雑念が湧いてくる。
1週間前まで、士官学校の教室で、みんなと卒業を祝いながら笑いあっていたのに……いつかはこの日が来るのはわかっていたけども。いざその日が来てしまうと、18歳のまだ幼さが残る荒上若菜には割り切る事はむずかしいのだろう。
それは他の新人下士官も同じだろうが。
それでも、荒上若菜は自身を律する為に自分のやるべき事を繰り返し口ずさむ。
荒上機の約百m後方で、ロングバレルのアサルトライフルを装備した
丸花麻里がシークレット回線を開くと、荒川機のスピーカーから彼女の声が響く。
「―若菜、緊張してるんじゃないの~」
荒上若菜は突然の丸花麻里の声に驚く。慌てて辺りを見渡すが、当然の事ながら、コックピット内には若菜以外はいない。【緊張】に横槍を入れたような、予想外の声に、こわばった身体が反応してしまったと言うのが正しい。
声の出所は通信機であったが、若菜は困惑する、作戦行動中のシークレット回線の使用は禁止されている事を丸花麻里は知らない訳がない。
「―ちょっと、麻里。作戦行動中よ」
そのまま、一言伝えながら通信機をオフにしようと、髪に隠れた、通信機に指先を当てるが、丸花麻里の声がお構い無しに響く。
「―大丈夫、大丈夫。先輩達もみんなしている事だよ」
「―それは、それよ」
「―まぁ、硬い事はいいじゃないかい」
硬い事、丸花麻里の良く口にする言葉で、何度も聞いてきた言葉だが、これから間違い無く戦闘が始まり、三千の
麻里の軽さというか、柔軟さから発せられる行動は、公立士官学校生時代から、優等生タイプと言われつづけてきた、若菜にとって驚きのオンパレードであったが、まるで真逆の性格だからこそ、お互いの欠点を補い合い、親友と呼べる間柄になったのだろう。
その意外性と柔軟性を持った親友の言葉によって、若菜の心に生じた、恐れから来る葛藤を僅かだが取り除く事ができたような気がしていた。
「―まったく。どうしたのよ?」
「―いや~若菜の事だから緊張してんじゃないかと思ったんだよね~」
「―んっ、んーまぁ少しだけね。―――でも佐中教官も、行き過ぎない緊張感は身を助けるって言ってたじゃない」
「―やっぱりね~。昔から若菜は緊張しやすい体質だったもんね~」
「―そう言う事じゃなくてー」
「―まぁ、まぁ、心配しなさんな~」
「―うっ、うん」
「……」
沈黙が、二人の間に漂う。
《新兵の生存率》それは決して高く無く、卒業間際になると、決まって話題にもなるのが、どう生き残るかという話題であって、それについての噂程度の情報交換が生徒間で行われるが、最終的に、本能的な危機管理能力が高い女性のほうが、男性より生き残り易いという曖昧な結果で終わったまま、全員卒業する事になる。
その為、どうしても初陣の際はこの生存率が頭の中で見え隠れしていまう。
「―大丈夫だよ。私が必ず若菜の背後は守るから」
突然声色が変わり、真剣な口調で呟く、丸花麻里の決意を思わせる、言葉が胸に刺さる。若菜は震える両手で操縦桿を握りしめる。
「―絶対生き残ろう」
「―当たり前だよ」
2
10時30分___明河市街地
長年の
通常の
《京都公国第二親衛隊______山猫》
この京都公国の公主である、四条楓の直属部隊を束ねるのが、四条家の分家の長である
「―
三十代後半の男性パイロットの声が響くと、女性にしてはトーンの低い声で
「―いや、初期目的は間引きだ。このまま接近する。蜂型と、くも型には気をつけろよ」
〈〈〈了解〉〉〉
前衛六機の機体はそのまま前進し、肉眼で
(思ったより数が多いか……)
出来るだけ、新盛山へ向かう
勿論防衛を考えれば、当たり前であるが、それだけが理由では無く、新盛山の防衛部隊は新兵が殆どの部隊で編成されており、どれだけ生き残らせられるか。
それは、現状山猫の働き次第であると
(ならば、これで)
本来は広範囲攻撃を主とする武器は、使い所を慎重に選びたいが、あえてこの場所で使用するのが、
そしてこの場所で虎の子の武器を使用したとしても、後の影響に左右されないという
「―前衛。りゅう弾用意!!半円で砲撃するぞ!!」
黒紺の
「―遠慮はいらん、ミンチにしてやれ!!撃てぇ!!」
六機の
そして、空気を切るような音を奏でると、先に地面から黒い煙が上がり、直後に轟音をとどろかせながら、一面に爆炎が上がる。横一列で約1㎞毎に着弾した爆心地では、粉々になるか、爆炎にのまれた建物の残骸と共に、空高く吹き飛ばされる
「―このまま突撃。海岸沿いの
3
10時45分___新盛山防衛ライン
荒上若菜少尉は
数十秒前の先遣隊の一斉攻撃の衝撃により、数十キロ離れたこの山中にまで爆音が響き、荒上若菜少尉の今迄うまく抑えていた、緊張のレベルが跳ね上がっており、微かに両脚が震えていた。
荒上若菜は両手を両脚に伸ばすと、震えをとめようと押さえつけるが、ゴムのような素材の黒いパイロットスーツに指先が沈むばかりで震えは治まる事は無かった。
額からは緊張による、ひや汗が流れ、胸部を覆うスーツの上に落ちる。そして腹部に向かいすべるように、汗が流れる。
「―前衛各機、射撃用意!!」
スピーカーから再度響く声は、麻里では無く当然指揮官の声であった。若菜は素早く声に反応し
「―
指揮官の声が響く、若菜は軽く深呼吸をすると残弾数を繰り返し確認する。
「―残弾300、白兵長刀2、推力90パーセント大丈夫、セーフティ解除」
そう、何度も繰り返し呟きながら、徐々に大きくなる振動。
揺れる機体の中で若菜は緊張の限界をこえ、やがてそれは吐き気へと変わっていった。
そして、その先頭集団と思われる、黒い塊が若菜の視界に飛び込んできた。
「―まだだ!!ひきつけるぞ!!」
指揮官の声を掻き消すように、若菜の視界には蟻型の鋭い牙が写し出された。
「―ひっ」
一瞬悲鳴をあげそうになるが、必死でこらえる。
一斉にすべての毛穴が開いたかのような悪寒が身体中を走ったが、それを最後に何かが一線をこえたかのような感覚をおぼてた。
「―全機砲門を開け!!一匹もここを通すな!!」
指揮官機に呼応するように、80mmアサルトライフルの連射音が山中に雷が落ちたかのように、響き渡る。
5
11時00分___明河市街地
蟻型
「―はーっ!!」
そして、素早くフットペダルを踏み込み、
青い血液をモニターにかぶり、目を塞がれたパイロットがパニックに陥る、それは避けたい、そう咄嗟に判断し身体を動かせるだけの技量を
「―二宮、五稜、残弾報告!」
「―残弾20」
中年独特な太い五稜中尉の声に続けて、若く冷静さを感じさせる、二宮少尉の声が響く。
「―残弾30」
「―ちっ!時間切れだ、中衛に処理させるぞ」
「―了解、退路をこじ開ける」
五稜機は、
「―いくぞ!」
細かく振動するコックピットから空を見上げると、約50匹ほどの蜂型ブラフの集団が京都市街地方面へ飛んで行く光景を目にする。
「―ちっ」
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