四条は空を見上げる 第三
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異型生物蜘蛛型、それは硬い皮膜と八本の脚を持ち、強力な酸性の糸を吐き出す、コロニーと呼ばれる異型生物の巣周辺での目撃情報の多い固体でる。
しかし、近年コロニーから離れた場所でも確認されるようになり、防衛を強いられた各国の撃破優先度の高い固体の一つであった。
若菜は息を飲み込むと、MWが照らすライトの先を見つめる。体長18メートルを超えるこの化け物は、士官学校時代の教官が言っていた、もっともやっかいな存在なのが、この異型生物蜘蛛型だった。
まさに目の前にいるのが、それであると確信した。
『逃げないと』若菜の『心の声』は確実に今、対峙するべきでは無いと何度も訴えかけてきた。幸にもここは山中であって、機動跳躍してしまえば、逃げれる可能性は高い。そう若菜は考えた。まず山道の崖側にいる丸山麻里に伝えなくては、そう考えた時点で若菜は通信機に向かい喋り出す。
「―麻里……」
「―……ねぇ若菜。ミカが、ミカがいないよ……」
若菜の言葉を遮るように、麻里はそう言った。こんな状況、死を感じさるような存在を目の前にしても、麻里は園原ミカを心配していたのだ。
若菜は自分を恥じた、蜘蛛型との突然の遭遇により、園原ミカ。同期で同級生の存在を本能的に心の隅に追いやってしまったのだ。
(決意したばかりなのに、わたしは)
しかし、それに気付いたとしても、若菜は現状で蜘蛛型と対峙する気にはなれなかった。
ただ、園原ミカを救う。その一点については、丸山麻里のお陰で再度覚悟が出来た。
しかし、自身の中にどうしようも無いくらいの臆病な命がいる事が痛いほどに見せつけらな気がして胸が苦しくなるが、兎に角。園原ミカを探そうと行動する。
若菜は、再度ライトの先を確認すると、蜘蛛型との距離は約30mまで迫っており、その周りには20匹ほどの蟻型の姿を確認できた。
自身の身体から、極度の緊張により汗が吹き出ていて、スーツと肌が張り付くような感覚を感じながらも、冷静にレーダーを確認すると、
まだ、園原さんの反応はある、ならどこに。
明らかにおかしい状況に若菜は困惑する。
そして、蜘蛛型の胴体の下を照らすが、そこには蟻型が数匹照らされるのみであった。
その時、蜘蛛型が若菜機と麻里機に気付いたのか、その巨体を八本の脚でうまく回転させると、ゆっくりと二人に向かい進み出した。そして、自身の進行を邪魔する大木を薙ぎ払うと、地響きを起こす。
揺れる機体の中で、若菜は恐怖は跳ね上がるのが自身でも感じとれた、しかし臆病な心の存在に気づいた事により、得体の知れない恐怖心にただ怯える事はなかった。
そして、冷静に鋭い先端に幾つもの鋭利な棘を持つ、蜘蛛型の脚にライトを向ける。
「―え……」
若菜の勇気を裏切るように、そこに写し出されたのは、狂気に満ちた並の人間には、耐えられないような光景であった。
それは、蜘蛛型の脚の先端に貫かれ、下半身を無くしたMWが、上半身のみで棘部分に刺さっている状態で揺れている光景であり。
まさにそれは、張り付けと呼ぶに相応しい光景であった。
更にフロントゲートと呼ばれる、コックピットの扉が破損し内部が剥き出しになった、内部では、血まみれの園原ミカが、力尽きたように、シートに固定されていた。その姿は両手は、力無くぶら下がり、腰から下は折れているように見えた。
そして身を守る強化ラバー製のパイロットスーツも所々破れており、その箇所から、血がしたたり落ちていた。
しかし、機体の計器の一部は生きているようで、淡い青色が機体内部と、園原ミカの死体を照らしていた。
若菜の顔からは、血の気が引き元々白い肌は見る見る、青みを増していく。
園原ミカ、あの綺麗な黒髪は乱れ、繊細な指先は見る影もなくただの塊に……
彼女の父親、母親、弟の顔。
麻里と一緒に何度も遊びに行った彼女の家。
一緒に勉強をしたあの日。全ての記憶が若菜の中でフラッシュバックし、そして頭の中は真っ白になり、次の瞬間。あの状態で、通信をした事、つまり、直ぐに死ねなかった事。その、あまりにも想像を絶する恐怖が、若菜の頭の中で駆け巡りだす。
若菜は全身の震えが抑えられなくなっていた。ただ震えながらも、死から逃れる為、跳躍パネルを指先で叩くが、震えてる為かうまく作動しない。
戦時下による、極度な恐怖はそのままストレスに変わり、冷静な判断が出来なくなり、死につながる。
若菜は士官学校で習ったこの言葉を思い出すと心の中で、呪文のように《私は大丈夫》と唱える。
しかし、若菜は忘れていた。丸山麻里の存在を。
麻里も同じ恐怖とストレスを感じているはずだが、若菜と同じように冷静に努めようとしているかは解らず、本来二機編成で在る意味である、協力という概念がこの時点では失われていた。その事を気にかける余裕は、若菜には無かった。そして、それこそが生き残る為の大切な道である事を理解していなかった。
↓
「―うわぁぁぁぁ」
その叫びは、静寂を切り裂くように響く。
丸山麻里は、爆発した怒り、恐怖、悲しみ、全ての感情を、蜘蛛型に向けた。
若菜とは逆の方向へ気持ちが向いたのだ、しかしそれは、冷静とは言える訳もなく、只々暴走しただけだった。
その為、狙いすらつけずに、蜘蛛型に向け100ミリ弾を発砲した、当然弾道は空を切る。そして、蜘蛛型を憎しみの眼差しを向けると、ペダルを踏み込み、MWを前進させながら、蜘蛛型に向け再度発砲をする。
連続的な発砲音を響かせながら、暗闇に閃光が線を引くように消えていく。
しかし、発光する弾道は暗闇の中で狙いが外れてる事を麻里にわからせた。
最初の数発は空に消えたが、麻里は狙いをようやく蜘蛛型に定めると、真っ直ぐ脚に着弾させた。
蜘蛛型は少し嫌がるような素振りを見せたのを麻里は見逃さなかった。
そのまま狙いを蜘蛛型の中心にある、胴体部分に定め直す、修正された弾道はピンポイントで胴体を捉えた。
そして、着弾するたびに爆音と煙が上がり、辺りは真っ白な煙の世界へと変わっていった。
100㎜弾を装備した、ロングライフルは弾切れを示す表示と共に、弾倉が自動的に外れる。
麻里は、呼吸を乱しながら弾切れであるにもかかわらず、その指はトリガーを離そうとはしない。
「―やった……」
周囲を確認すると、辺りは白いモヤに包まれており、それが視界を遮っていた。
「―麻里危ない!!」
通信機から若菜の声が響くと同時に、若菜機からの発砲音が聞こえて来る。
「―うっ」
麻里は激しい衝撃を感じる。
右舷から飛び出して来た蟻型異型生物に向けて、若菜が発砲したようで、絶命した蟻型の死骸が、麻里の機体にぶつかったのだ。
「―麻里、装填を急いで!!」
その声と同時に、若菜機が麻里の機体をカバーするように、前へ出る。
↓
若菜にとっては完全に不本意であった。この戦闘はするべきでは無く、すぐ撤退すべきであった。
丸山麻里の選択は、二人で生還する事を考えれば安直な行動だと思えた、臆病で構わない今直ぐにでもここを離れたい。その気持ちはもう誰にも抑える事が出来ない。けれどここで前にでなくては、園原ミカだけでは無く、丸山麻里も死ぬだろう。そうハッキリと思えたから、若菜はがむしゃらに前に出る。
「―消えろぉぉ」
若菜は硝煙の立ち込める中、接近してくる、蟻型異型生物に対して、80㎜弾を浴びせ続ける。弾の残量を確認すると、すでに20%を切っていて。直ぐに跳躍でこの場所から離れたいが、断続的に襲いかかってくる、蟻型の存在がそれを許してはくれなかった。
「―麻里ーーー弾切れしそう」
「―左右は私が!若菜は前だけ注意して」
若菜は、狙いを中心に定め、トリガーを引くと中央から突貫してきた、蟻型の胴体を吹き飛ばす。同時に右サイドから、牙を若菜機に突き立てようとしている蟻型を、麻里は狙撃すると、その固体は青色の血を吹き出しながら、山肌へと叩きつけられた。
若菜は辺りを確認すると、周囲に蟻型の反応が無い事に気付く。全滅はさせていないけど、周囲にはいない。それならば、今が跳躍する絶好の機会で、これを逃したら次は……。
若菜は決断する。そして麻里に回線を開く。
「―麻里今直ぐここから離れて、どこでもいいから跳躍して!」
「―わかった!」
若菜は、再度跳躍システムを起動させる為、モニターから目を離す。
それは、一瞬だった。ほぼ消えかけた硝煙の向こうから、倒したと思われていた、蜘蛛型が周囲を薙ぎ払うように、鋭い脚を振り回すと、若菜の機体の頭部を吹き飛ばした。
若菜は、激しい衝撃を身体に受ける。そして、モニターからの映像は、MWの頭部を失った事で途絶え、真っ暗となると同時に、MWは衝撃により崖側へと吹き飛ばされる。
「―なっ」
頭を何かに打ち付けた痛みに唸るが、意識が朦朧としくる。
「「―若菜ぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
若菜は意識が薄れる中、麻里の声が響いた気がした。
若菜機は斜面に叩きつけられると、右腕部分は破損し、そらに舞い上がった。
そして機体自体も激しく回転しながら、薄暗い崖下へと消えていった。
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