四条は空を見上げる 第四

  1


 京都南門要塞。それは正式名称を南守護壁見附みつけ要塞といい、京都を東西に走る守護壁の一部、見附みつけ橋の京都側に建てられた、要塞である。

 南から北に進行している、異型生物ブラフを食い止める、最後の防御線が実質この南門要塞であり、この先は人間の居住区であった。



 19時00分___南門要塞


 南門の壁に取り付けられた、十二ほどのサーチライトは光を交差させながら、見附みつけ橋に殺到しようとしている、おびただしい数の異型生物ブラフを照らし出していた。

 明らかに、京都を目の前にし、餌場が近い事を感じているらしく、脚の早い固体が、遅い固体を踏み台にして進んでくる様子も見てとれた。


 そして、見附みつけ橋の手前側には、橋を大きく囲むように、京都に残る最後のMW12機と、川沿いに配置された、30台ほどの戦車が配置されており、橋と南門の間には5棟の迎撃砦が橋をにらむように建造されている。

更に南門そのものにも、カーキのポンチョを羽織った、砲撃歩兵を中心とした、歩兵連隊が配置されていた。


 四条夕凪は南門の上、物見要塞からその様子を落ち着いた表情で見つめる。

 彼女は空を見上げると、完全に日は沈み、雲の切れ間から月が見え隠れしていた。

 周囲には、戦闘服を纏った、神妙な面持ちな兵士達が攻撃の合図を待っていた。


 夕凪の隣には、黒い仕官用のチェスターコートを着用し、中には制服を着込んだ、南門の司令官、いずみ樫寅かしとら中将の、深いシワと白髭、鋭い眼光がライトに照らし出されている。


 樫寅かしとら異型生物ブラフの進行具合を見ながら夕凪に呟く。


「―そろそろかと」


 夕凪は身に纏っている、黒い女性上級士官用のコートのポケットから、四つ折りの紙を取り出すと両手で広げ中身を確認する。

 そして手持ちの懐中時計で時間を見ると、紙を元通りたたみ、再度ポケットにしまい込んだ。


 そして、夕凪は右手を天に向け突き上げる。


 それを見ていた、樫寅かしとらは兵士を鼓舞する為に、低く太い声を響かせた。


「―もののふ共!良く聞けぇ!!ワシの隣には夕凪様も控えておられる___安心して存分に戦うがよい!!三途の川を渡ってくる、虫ケラ共に地獄の鉄槌をくらわしくれようぞ!!」


 樫寅かしとらは、腰に帯刀している、軍刀を振りかざすと、それを合図に数十発の照明弾が、迫り来る異型生物ブラフ群の頭上に撃ち込まれ、周囲は昼間のように明るくなる。


 同時に各防衛部隊に攻撃開始を知らせる声が、通信機から鳴り響く。


「―各部隊に告ぐ、攻撃開始、攻撃開始、敵を殲滅せよ、繰り返す……」


 最初に砲門を開いたのは南門中央部にて布陣していた、MW部隊であった。130mりゅう弾を異型生物ブラフ群に撃ち込むと、弧を描くように着弾し、激しい爆発がおこる。


 一瞬にして、数百単位で異型生物ブラフは消し飛し飛ぶ光景は、更に兵士の指揮を高めた。


 続いて、川沿いに展開していた、戦車隊の一斉砲撃が始まると、対岸のあちこちでも、爆発が起こり、異型生物ブラフをなぎ倒していく。

 更に橋を渡ろうとする異型生物ブラフに対し、城壁の上から、集中放火が加えられ、橋の上では黒い死体が塊となって、積み上がっていく様子が夕凪の瞳に焼きつく。



 2



 19時20分___南門要塞外周7キロ地点


 十南みずきが率いる、京都第二親衛隊___山猫の18機のMW中隊は、笠屋防衛ラインが崩壊すると、一気に北上し、今まさに南門に殺到する異型生物ブラフの最後尾を、レーダー上に捉えていた。


 十南は、部下の一人である、市村中尉に対し南門へ到着を知らせるよう指示すると。

 三列の傘状に広がりながら進軍するMWの、二列目の先頭を任されていた、市村機から、着色照明弾が打ち上がる。

 緑色の着色スモークとそれを照らす、閃光を放つ塊が空高く上がる事で、南門への援軍の存在を知らせたのだ。


「―大佐、如何いたしますか?」


 五稜ごりょうの問い掛けの意味を、十南は充分に理解していた。

 それは、異型生物ブラフの集団を後方から削って行くか。

 それとも、南門を目指すかの二択である。

 十南は思考を巡らす。

 当然後者のほうが危険を伴うが、悠長に後方から削っている間に、もし南門が突破されれば、四条夕凪の命も、国民の命も失われる事になる。


 そうなれば、全てが終わる……


 当然ながら、五稜ごりょうもその事は判っているはずだが、あえて十南に指示を仰ぐ。それが信頼の証であって、十南がもし間違った選択をしたとしても、この男はそれに従うだけの、忠誠心を十南に持っていた。それは十南家の譜代家臣という、五稜ごりょう家当主の信念でもあった。


 十南はレーダーを広域に変更すると、異型生物ブラフ集団の反応の薄い、幡川と呼ばれる南北に流れる、約2kmの小さな川に注目した。


 この川の上を跳躍ちょうやくで繰り返しながら飛び越えれば、南門までは約1km。


 当然そこには、おびただしい数の異型生物ブラフがいるだろうが、南門の正面を流れる、烏頭川の対岸に確実に配備されているだろう、岸田元太郎少将の率いる、MW部隊、もしくは戦車砲撃部隊からの、援護射撃を受けられる事を考えれば、試す価値は有ると、十南は考えた。


「―やるか……」

 十南は呟く。そして進行ルートを17機の部下にデータ送信すると、各機のメインパネルに地図が映し出された。


「―これは、随分楽しそうなルートですな」


「―久々に本気だせそうですね」


「―ははは、違い無い」


 五稜ごりょうを始め部下達は、気合いを入れるかのように、声を上げる。それに対して十南は答える。


「―良く言った!それでこそ、親衛隊だ!___我らの力を虫ケラ共に見せつけるぞ!!続け!!」



 ↓



 十南は身体に強い重力を感じながら、幡川の上空へと、跳躍ちょうやくする。

 平行に近い形での跳躍ちょうやく。それは四条京都のMW戦術の中でも、危険が伴う為、基本的には、使用されないものであるが、十南はあえてそれを行なった。

 十南機に追従するように、数秒の時間を置いて各機体は跳躍ちょうやくに入る。

 約半分の距離まで跳躍ちょうやくすると、十南は川岸を横目で見る。

 そこには、異型生物ブラフの黒い身体が辺り一面にひしめきあい、地面すら見えない状態であった。


 そしてリミッターにより、機体の跳躍ちょうやく時間の限界が来ると、着水寸前に再度跳躍ちょうやくする。

 これを3回繰り返す。


 そして十南は陸地に着陸するのを待たず、自機をアサルトモードへと切り替えると、着陸と同時に目視にて、周囲の異型生物ブラフに対して、80mm弾を浴びせていく。


 それに続くかのように、続々と部下達も十南機の近くに着陸すると、周りの異型生物ブラフを排除しつつ、防御陣形をきづいていった。




 ↓



 第二親衛隊全機が陸地を確保する頃には、周囲には500を超える異型生物ブラフが、包囲するように取り囲んでいた。


「―うぉぉぉぉぉ」

 十南は接近してくる異型生物ブラフに対して、突貫し数体の蟻型を切り裂くと、彼女に呼吸を合わせるように、五稜ごりょうと二宮が十南機に群がろうとする固体を撃ち滅ぼす。

 第二親衛隊の強さはこの三機を中心とした連携にあると言えた。

 十南は残弾が少ないのを確認すると、右舷の蟻型に狙いをつけ、弾を全て撃ち込むと、自動的に弾倉が外れる。


「―弾切れだ!下がる」

 十南はそう言うと、円を作るように布陣する後衛部隊の中心へと、退避する。


 それを見ていた、嶋中れい子中尉が十南と代わるように、前衛に出る。


 十南や五稜ごりょうといった、いわゆる名パイロットと呼ばれる者達と同じ部隊になると、自身の腕を過信してしまう者が現れるのは、よくある事で、嶋中れい子もその一人であった。


「―私が前衛に出ます!!


「―前に出すぎるな!!」

 十南は叫んだ。


「―私だって」

 嶋中れい子は、十南の声が聞こえながらも、ペダルを踏み込むと、長刀を抜刀し、目の前の蟻型に対して、刃を突き刺さす。

 そして、突き指した蟻型を乗り越えてこようとする次の固体を撃破する為に、長刀を引き抜こうとする。

 しかし、深く刺しすぎた長刀はうまく抜けず、乱戦状態の時にもっとも、注意せねばならない、隙を作ってしまう。

 こうなってしまうと、元は昆虫であったであろうと思われる、蟻型の動きの前にどうする事も出来ない。


 れい子はモニター越しに、自機に向かい振り降ろされる、蟻型の爪が目に飛び込んできた事に動揺し、咄嗟に両腕をクロスして、身体を守ろうとするが、そんな事は当然無駄で。無常にも異型生物ブラフの爪は、MWのコックピットブロックごとれい子を貫く。


 そして貫かれた機体は数秒、火花を散らすと爆発を引き起こす。



 れい子の叫び声が通信機越しに響くが、十南は見ている事しか出来なかった。


「―だから言った!!」

 十南の表情には、怒りと悔しさが滲み出る。


 そして、コックピットブロックを形成する、鉄の壁に、握りしめた拳を叩きつける。

 拳の痛みは、身体を伝わるが、十南の感情を和らげる事は無い。


 そして、MWの鉄の腕部に握りしめた、ライフルの弾倉を装着する為に、素早くパネルを操作すると、嶋中れい子の機体の残骸に群がる異型生物ブラフに向けて発砲する。


 数匹の蟻型が砕け散り、地面に青い血が飛び散る。更に十南は長刀を抜刀すると、前方の集団に対して、突貫の構えを見せる。



 しかし十南機の左舷100mの場所で、弾けた爆発音が響き出す。それは明らかに誰かが異型生物ブラフ群に向かい攻撃を加える音であった。



 十南の左耳に装着されている、外音収集装置は、その爆発音をクリアに捉えていた。そして十南は左舷を確認すると、更に130mm砲と思われる、絨毯爆撃が起こり、爆心地周辺の異型生物ブラフは砕け散った。


 そして、何かしらのジャミング効果を起こしている異型生物ブラフが減った事で、対岸の戦車部隊との通信が可能になった。



「―こちら第三戦車大隊!十南大佐、無事か?」


 その声を十南は聞くと、直ぐに援軍を期待していた岸田元太郎少将だときずく。


「―岸田少将、十南であります。援護痛み入ります」

「―たくっ!相変わらず無茶をしやがるな」


 【無茶】それは十南にとっても一種の賭けに近いものであったが、岸田の存在を予測できた時点で無謀な賭けではなかった。


「―少将であれば、我等に気付いて頂けると踏んでの行動です」

「―はっ!相変わらず口が、減らねぇな」

「―恐れいります」


「―まぁ、いい。それより十南、南門があぶねぇ、進路は俺らが開ける!行ってくれ」

「―南門!___夕凪様は無事なのですか!?」


「―今はまだ大丈夫だ、だが援軍は必要だ!___悔しいが俺ら戦車屋じゃ、脚が遅すぎるからな」


 十南は、岸田が喋り終わる前に、叫ぶ。

「―座標210、212、215への集中爆撃を!!」


「―おっと、お前のそう言う所、悪く無いぜ、頼んだぜ!!」



 通信が終わると、指定座標。南門に向かう北東の旧街道に対して、爆撃が加えられる。


 それは、異型生物ブラフ群、全ての排除には繋がらないが、十南の進路をこじ開けるには充分な砲撃であった。十南は燃え上がる、異型生物ブラフを睨むと、MWの前進用ペダルを踏み込む。そして各機に司令を出すと、一気にスピードを上げた。

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