四条は空を見上げる 第六

1

 


20時10分___南門要塞


 夕凪は背筋を伸ばすと、約5m先で風になびいている、金の刺繍がほどこされた四条の軍旗のすぐ上を浮遊している、ハチ型異型生物ブラフを睨む。

 時折訪れる恐怖による悪寒で、腰のあたりから、ふっと力が抜けそうになるが、夕凪はその度こらえようと、足に力をいれる。

 この勝負に夕凪の勝ち目なんて無い、そもそも勝負になんてなる訳もなく。ただ凶悪な力になぎ払われるだけであろう。


 しかし、夕凪には引くことは出来ない。


 ただ睨む事でしか夕凪は戦えないが、この小さな意地にも似た行為こそ夕凪の小さな誇りであった、当然、意思疎通のできない異型生物ブラフにとっては、どうでもよい事だ。

 けれど、夕凪は異型生物ブラフを怯ませる為に、ちっぽけな誇りを張っているのでは無い。

 命をかけて四条京都を守ろうして、倒れていった兵士の為にも、殺されようが心は絶対に引かない。その為の意地だ。


 しかし不思議なことに、南から吹き荒む風と、MWのホバリング時に生じるような、地面に叩きつける風が夕凪を襲うばかりで、ハチ型は夕凪をただ観察するかのように、浮遊していて動こうとはしない。


 彼女は不自然さに気づいていたが、ハチ型の存在そのものが恐怖であって、その動きの意味を理解しようと考える程の余裕なんて無かった。しかし彼女の耳は何かを微かに捉えていた。

 それは、大雨を降らす雨雲の先に、わずかなきれめを見つけたくらいの、ほんの微かな希望であった。

 勿論本能的に感じただけであって、確実なものでは無いが、風音の中に微かにMW人型機動兵器の独特の、機械を高速回転させるような跳躍音がわずかに夕凪の耳に聞こえていた。

 そして、その跳躍音が近づいてきているような気がした。


 ハチ型もその音を感じたのか、身体を少し南東に向けると、その真っ黒で格子状の目は夕凪からターゲットを外したように見えた。

 ハチ型が動いた事によって、風向きがかわり、少しバランスを崩しそうになりつつも、体勢をたて直すが、巻き上がった砂が目に入る。

 夕凪は目を細め、右手で顏を覆うが、目線はハチ型が向いている方向から逸らさない。


(何かが起こる)


 夕凪は確信した。

 すると、どんどん近くなる跳躍音のような音は近くで、再点火したような爆発音に変わる。

 そして防御壁の下から、深緑色の肩に剣と蛇の紋章が入った、MW人型機動兵器が飛び上がってきた。

 背部のダクトからは青い炎があがり、機体のバランスを調整している様子が見てとれた。


 そして、機体に装着されたスピーカーから、怒りに満ちた女性の怒号が稲妻を落ちたように激しく荒ぶる。


「―この虫ケラがぁぁぁぁ___そこをどけぇぇぇぇ」


 その声は、夕凪や周囲の兵士の腹にまで響いた。夕凪はその機体の操縦士が、十南となみみずき大佐である事に気づく、声は勿論であるが、目の前のMW人型機動兵器こそ土雷型MW人型機動兵器ヤトノ。十南となみの専用機であった。


 そして、ヤトノに握られた、80㎜アサルトライフルをくも型に向け連射すると、はち型の身体をまさに、ハチの巣状態にしていく。

 軍旗の真上で浮遊していた、ハチ型は甲高い軋むような声をあげると、地面に向かい落ちていく。

 硝煙の立ち込めるなか、夕凪は視線をハチ型に向けると、四条の軍旗の先端。槍のように尖っている部分に、その身体が勢いよく突き刺さると、また声を上げ、脚を微かに痙攣させながら絶命する。


 夕凪はその光景を見て、気づくと座りこんでいた。

 そして、十南となみは多少強引ではあるが、要塞の上にヤトノを着陸させると、コックピットブロックを開放し、本来であれば使用する、ゲートケーブルすら使用せず、うまく飛び降りながら、降り立つとすぐさま夕凪の元へ駆け寄ってきた。


 背中まで伸びた金髪と、男勝りではあるが、綺麗な顔立ちをしていて、姉のような存在である十南となみが駆けつけてくれた事に、夕凪の瞳には、微かに涙が溜まっていたが、流れ落ちるのを堪えながら、立ち上がる。

「―夕凪様!遅くなり申し訳御座いません」


 十南となみは、そんな事をいう。夕凪にとって、駆けつけてきてくれただけでも、言葉につまるくらいなのに、命まで救ってくれて、更に謝られては。


 夕凪は言葉で十南となみに何かを伝える事は出来ず、うつむきながら只々十南となみの両手を握る。

 十南となみは目をつむると、何かを考えているようだったが、目を開くと夕凪を抱きしめ、呟く。


「―生きていてくれて、良かった」


 強化ラバーの表面はひどく冷たかったが、その言葉から伝わる温かさを夕凪は感じていて、そして素直に「―……はい」ーーと答えた。



 2



 21時30分___新盛山防衛ライン


 新上若菜は目を覚ます、コックピットルームは真っ暗でここがどこかを理解するのにも時間を必要とした。

 自分が生きているのか、死んでいるのかも一瞬わからなくなったが、酷く肩が痛む。


(私……死んでないんだ……)


 右脚に手を当ててみると、感覚はある。

 そして、全身を恐るおそる動かしてみると、身体は動くようだ。

 手探りで暗がりの中、管制パネルを見つけると、指先で触れてみる。すると、非常電源に切り替わり辺りに赤い光がともり、起動音が聞こえる。


 計器は生きているようであった。


 しかし、240度モニターには何も映らない、くも型にMW人型機動兵器のアイモニターは頭部ごと破壊されてしまったのだ。

(麻里……)

 少しずつ状況を整理できて、麻里の事が頭をよぎる。


(探さないと)


 上手く逃げていてくれれば、山頂の部隊と合流できているはずで、山頂までは、ここが何処かはわからないけど、戦闘していた場所を考えれば、頂上まではそれほど遠くはないはず。


(もし全滅していたら)

 嫌なイメージが湧き上がる。

 レーダーを確認するが、周囲には味方の反応も異型生物ブラフの反応も無い、ただ画面に赤文字で表示されている、予備電力の残量を示す値は5パーセントを切っており、これが切れれば、コックピットに閉じ込められることを示していて、痛む肩を押さえながら、ゆっくりと身体を起こす。

 身体に対して、重力のかかり方から判断すると、機体は仰向けに倒れている事に気付いた。

 そして、シートと一体型になっている管制パネルを足場にすると、緊急脱出用のレバーに手を伸ばす。


 レバーを引くと、パチンっと軽く火花がちり、同時にハッチが空中に向かい弾け飛び、何処か土の上に落ちたような低い音がする。


 コックピットルームの開閉式のフレームを開くと、中に収納されている、25式サブマシンガンを取り出し、右肩からたすき掛けにする。


(こんな物でもないよりかは……)


 当然、異型生物ブラフに出くわしたら、よほどの名手であれば役に立つかもしれないが、それがクモ型であったなら、無意味なものになるだろう、つまり若菜にとって御守りくらいの物であるが、丸腰で前線に出るほどの勇気は持てなかった。



 ↓



 コックピットルームから右手と身体をうまく使い、這い上がると空は暗く、うっそうと茂る杉の匂いにまじり、微かに火薬の匂いがする。若菜は懐中電灯で辺りを照らすが、異型生物ブラフの姿は見当たらない。


 仰向けに倒れた状態の機体にあかりを向けると、腕部、頭部、右脚部を破壊されており、一目見て大破しているのがわかった。

 そして何本かの杉の木が機体のしたじきになっているようで、それ以外でも倒されている木を懐中電灯で追うと、100mほど斜面を転げ落ちた事がわかり、その先は開けているようだった。


(私あそこから落ちたんだ、麻里は……)


 若菜は右足で、斜面の安定を確かめると、ゆっくりと登っていく。

 10分程登った所で、懐中電灯の光が何か黒い物体を捉えた。


異型生物ブラフ!!)


 とっさに姿勢を低くし、銃口を向ける。

 辺りは静かで何も動いておらず、早くなった鼓動だけが、身体を通してきこえてくるが、うつ伏せで腹を地面につけたまま、アリ型は動かない、よく見ると全身から青い血が流れ出ていて、死んでいるようだった。


 ゆっくりとその場を離れる。そして斜面を登れば登るほど、アリ型の死骸は増えていく。

 山道まであと少しの場所まで移動すると、身体を低くして、ほふく前進をするように山道の縁まで進み、道に沿わせるようにライトを照らす。


(くも型はいないはず)

 レーダーにも反応は無かったが、若菜の心はくも型に対する恐怖で満ちており、必要以上に慎重になっていた。

 光の先には当然くも型の姿は無く、代わりに辺りには10匹以上のアリ型の死骸が散乱している光景が広がっていた。

 そして、道には倒された樹木や、MW人型機動兵器による銃撃の後であろう、穴があちこちに空いており、その雰囲気は機内にいる時には感じることは無かったが、生身の状態で見ると生々しく酷く憂鬱にさせる光景であった。


 更に山頂に目を向けると、どうやら火災がおきているようで、火の粉が舞い上がっていた。


(急がないと)

 山道にでると、改めて辺りを照らす。

 すると、アリ型の死骸に半分埋もれている、人工的に造られたであろうなにが、ライトの光を反射した。


(麻里!!)


 心臓が強く鼓動する感覚が襲いかかってくる、そして、その人工物に向かい走りだす。

(麻里、麻里)


 近ずくにつれ、それはMW人型機動兵器であり、大破どころか機体の頭部から胸部にあるコックピットにむけて溶解していた。

 溶ける、それはクモ型の酸性の糸を浴びた時以外には考えられない事であった。


 若菜は機体を照らしながら何かを探している。

 そして横向きに倒れたMW人型機動兵器の潰れかけた右肩部にライトを照らすと、数秒立ちつくし、そのまま地面に崩れるように座りこんだ。


 《雷149》


 MW人型機動兵器の右肩部にそう書かれた文字は、丸山麻里の機体を表す数字であった。


 若菜は何も考えられない。


 言葉も出ない。


 感情すら消えてしまったようだ。


 しかし、強化ラバー製のパイロットスーツ越しの太腿に何か雫のような物が跳ねてる感じだけは感じとれた。

(雨)

 若菜は何の感情も湧かないまま頭上を見上げると、そこには押し潰され、溶解されたコックピット。もはやその形は原型を留めておらず、潰された空き缶のようになっている。

 そのコックピットの残骸の隙間から人間の腕のような物が見えていて、そこから血が滴り落ちていた。


 若菜のまだ幼さの残る顔に血が跳ねる、そして頬をつたっていく。


 瞬間、心の中で何かが弾けた音がした。


「―あっ、かっ、あっ、___くっ」

 若菜は、自身の肩まである黒髪を、両手でむしり取りそうなくらいのチカラで掴み、必死に自分から飛び出しそうになる、声をおさえる。

 頭の中は何も考える事はできず、その眼球は焦点が完全に合っていない。ただ自分の髪を掻きむしる事でしか自身の感情の解放が出来ない。


 そして、狂乱したかのように地面に向けて、うずくまると、微かに声を出しながら唸り出し、地面に頭を何度も擦り付ける。


 そして、上半身を起こすと、たすき掛けされていた25式マシンガンを外すと、勢いよく安全装着を解除し、迷わず自分のこめかみにその銃口を押し付ける。


 その顔はこの世の全てを諦め悲観して、そんな自分の人生を笑ってやるように、口角が少し上がっていた。


 若菜の悲観に満ちた目は頂上を向いていた、それは何かを見ていたのでは無く、ただその方向を向いていただけだが、その先には炎が見える、火の粉が見える、そしてゆっくりと長い脚で立ち上がるクモ型の姿が、視界に飛び込んでくる。その姿は頂上に立つ樹木より高く、空中に向かい前の二本の脚を突き上げ、空中に向かい糸を撒き散らしている。


(許さない……)


 若菜の中で、くも型を見た事により、怒りがこみ上げた。


(死ぬのなんてもう怖くない、ただ一矢むくわないまま、死ねない)

 そういう気持ちが怒りと共に湧き上がると、自身のこめかみに向けたマシンガンを400m以上離れている、山頂のクモ型に向ける。


「―このぉぉぉぉぉ___」


 若菜は溜め込んだ感情をすべて、叫び声に込める。銃口からは青白い光が連続で放たれると、クモ型に向けて閃光が走る。


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