四条は空を見上げる 第七

20時50分______南門要塞


「―これで大丈夫です。立ち上がれますか?」


 追撃砲の炸裂音に叫び声。うめき声に連続で響き渡る、不調和な射撃音。その異様なオーケストラが奏でる、いつ終わるかもわからないコンサートは、奏でる側から一歩引いた立場に追いやられた負傷兵からしてみたら、阿鼻地獄に堕ちたようなものである。

 負傷した身体を引きずり、石積みの縁へ身体を押し付け、少しでも身を隠そうとする者や。家族の写真を手に握りしめ、祈りを口ずさむ者達の元を、看護師と共に四条夕凪は、一人づつ治療の為回っていた。


「―はい。有り難うございます」

「―まだ要塞の中は安全です。少し休む事も出来ましょう」


「―申し訳ございません」

「―さぁお立ちになって下さい」


 負傷兵はゆっくりと立ち上がると要塞の中へと、避難して行く。

 次の患者の元へ向かおうとする夕凪の姿は負傷兵の血と、飛び散る塵とすすにまみれていた。

(もうこれ以上は……)

 夕凪は防御壁から外側を見つめる。


 そこには、獅子王のように奮闘をする、十南に代わり、御陵中佐に率いられた、第二親衛隊のMW部隊をはじめ、戦車部隊、砲撃部隊の姿が、映画でも見ているかのように、瞳に映し出されるが。

 膨大な数の異型生物ブラフの波は一波二波と無限に押し寄せ、いずれは飲み込まれると思わせるだけの勢いがあった。


 《撤退》この二文字が、夕凪の心の泉の底から浮き上がってくる。


(この人達を死なせてはいけない、街が破壊されても、人さえ残ればやりなおせる、四条は無くなっても構いません……どうか)

 夕凪は天に祈る。しかし、死を奏でるオーケストラは音を止める事は無い。


 それどころか、夕凪の耳に花火が空中に打ち上がるときのような甲高い音が響くと、続いて壁の内側、市街地の方向から太鼓のような低い炸裂音が空気を震わせる。


(対空砲!!なぜ)


 その音は、遠くても間違える事は無い。明らかに何かに対し市街地から空に向かい、攻撃をしている音であった。


 夕凪は、反対側の縁に向かい走り出す。

 辺りで倒れている兵士達も、意外な方向からの音に対し、身体を街の方向へ向ける。

 中には、音を聞いただけで何が起こっているかを察したのか酷く青ざめた者や、反対にうずくまるようにして震える者もいる。

 その者達を横目に駆け抜け、北側の縁を両手で掴むと身体をいっぱいに乗り出し、街の方向へ目を向けると、四条楓がいる大本営。京都行政府の屋上から空に向けて、サーチライトが交差しながら何かを追っていて、10秒おきに対空砲が打ち上がっている。


(そんな……)


 夕凪の頭の中は一本の糸として、捉えていた状況が、いつの間にか複雑に絡み合ってしまった毛糸のように混乱する。

(権田が突破された?)


 辺りを見回し、設置型のサーチライトを見つけると、そちらに向かい再度走り出し。ライトのとって部分を左手で掴むと、勢いよく市街地の方向へ光を向けるが、異型生物ブラフの姿は、影すらも見あたらない。

 当然現在いる、南門も突破されていない。


 再度上空のサーチライトを目で追うと、わかってはいたが認めたくない現実がそこにあった。

 《異型生物ブラフハチ型》

 その群れ。目で追っただけでも5匹以上のハチ型が、行政府の周りを旋回しながら近付く隙を伺っていた。


「―母様……」

 《硬直》身体が石のようになって動かない。(わたしは……必死に皆で守っていた、四条京都の街についに異型生物ブラフの進入を許してしまった。)

 夕凪は血のけが引き、身体の力が抜けるのを感じると倒れそうになる。


「―夕凪様!!」


 気づくと夕凪は十南となみの腕に抱かれていた、十南となみは自分の愛娘が病気で倒れたかのような表情で、心配そうに夕凪を見つめていた。


「―大丈夫ですか?」


「―あれ、わたし可笑しいですね、少し疲れてしまったのですかね」


 夕凪は、全然笑えてないのに、口もとだけで精一杯笑ってみせる。


 そんな表情を十南となみは見て、必死で笑顔を作る夕凪をみて表情は切なさを増し、手足が震えている。今にも夕凪を腕に抱きしめようとする腕を抑えているようにも見えた。


「―夕凪様……」

 十南となみは声を詰まらせる。


「―私は大丈夫です。それより行政府が……」


「―はい……その……事なのですが______楓様との通信が先程ようやく回復いたしました」

「―母様と……」


「―時間が余り無いかもしれません、急いであちらへ」

 十南となみは要塞入り口の隣に設営された、簡素な石造りの通信室を指差す。



 ↓



「―楓様聞こえますか?夕凪様がいらっしゃいました」

「―みずき、あたなには沢山無理を言ってしまったわね」


「―そんな事はありません」

 十南となみは静かに頷くと、背後に控えている、夕凪に場所を譲る。


「―母様、今すぐその場所からお逃げ下さい」

「―……夕凪落ち着きなさい」


「―……」

「―わかっているでしょ?______今も皆戦っております」


「―……はい」

 夕凪は、泉樫寅が自分に対して退避を進めた気持ちが痛いほど理解出来た気がした。

 そして、それを断った自分の気持ち。四条の党首であり、京都の公である母が、戦闘中の兵士、嫌。《国民》を見捨てて逃げる訳は無いとわかってはいるが、娘としては全て投げ捨てでも逃げて欲しいという気持ちも、見え隠れしていた。


「―それにしても、北からハチ型が迂回してくるなんてね」

「―北……そんな」


「―ええ。______夕凪いいですか。異型生物ブラフは決して本能で動いている訳ではありません」

「―はい」


「―それに対抗するには、世界で本当の意味で協力しなくてはいけません」


「―しかし我々には……そんな力は」


「―確かに今はありません、数十年の恨みも深いのも事実です______私達はその恨みの壁を見上げるばかりで、乗り越えようと、長い間してきませんでした」

「―いえ、母様は努力されてきました______これからも!きっと」


「―夕凪。貴方がやるのです」

「―嫌で御座います……夕凪は嫌で御座います……それに京都はもう……」


「―しっかりなさい!!四条の夕凪!!」

「―母様……」


「―京都は大丈夫です」

「―……」


「―いいですか、私達はもう過去の人間です。これからは貴方達の時代です。良く見極め、時間がかかっても、新しい時代を切り開いて行くのです」


 夕凪は流れる涙を抑える事は出来ず、頬を濡らしていた。そして楓の居る行政府を見つめると、青色のキラキラした、まるで美しいオーロラのようなモノが行政府のまわりを囲むように出現していた。


「―時間が無いようね」


「―母様、愛しております」


「―夕凪、私の娘。貴方には本当のしあわせを……」


「―おかあさん……」


「―夕凪……あいして……」


 …………………………………………………………………


 十南となみは、一瞬この世の時間が止まったかのような静寂を感じ取ると、夕凪を庇うように抱きしめ、その場で伏せる。

 そして、それは一瞬であった。

 低く重たい着火音と共に、激しい爆発音が起こり、熱風と衝撃波があたりを襲うと、酷い耳鳴りをおこしながら十南となみは夕凪の上に被さるように身体を動かす。


 そして外側から吹き込む爆風は、塵と砂を巻き上げ、砂漠の砂嵐のように、辺りを茶色い霧の世界に変える。


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