四条は空を見上げる 完
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京都行政府を完全に崩したほどの爆発は、激しい爆風を生み、数秒にわたり辺りかまわず叩きつけたがその勢いにかげりを見せ、舞い上がった塵や砂がサーチライトの光に照らされて、キラキラと輝いて見えた。
呼吸をすると、舞い散る砂埃が粘液を傷つけているようで喉や鼻がチクチクと痛む。
大きな爆発音は、鼓膜を刺激し、甲高い耳鳴りがなり響く。
辺りの壁は崩れたり、地面の陥没や防御壁に穴が開いていたりと、一面ひどく破壊されていた。
夕凪の顔には、涙に砂埃が張り付いて酷く汚れている。その顔を拭いもせずに只々力無く倒れこんでいる。
それは起き上がれないのでは無く、絶望により立ち上がる力すら沸かなかった。
そんな中、十南はゆっくり立ち上がると、倒れている夕凪に手を触れる。
「―夕凪様……」
その微かな声は届いていたが、夕凪は反応ができない。
(もう、このまま死んだほうが)
この絶体絶命の戦いが始まって、初めて心が折れたようなきがした。
努力なんて大きな力の前に、なんの役にも立たない。夕凪は倒れながらも拳を握りしめる。
(こんな事って、こんな事って)
「―こんな事……」
弱肉強食、この自然の法則に対して、夕凪の心は悲鳴を上げ、心の幕を突き破り声に出る。そしてこの無情に耐えらなくなり、さらなる涙と共に、夕凪は全身を震えさせる。
「―悔しいっ……」
僅かに呟く夕凪の声が、風に消えていく。
「―夕凪様」
十南は、耐えられず夕凪を抱き起こし、そのまま抱きしめる。
「―夕凪様、まだ終わってはいません!」
「―うっ……うっ……」
咽び泣きながら、十南の腕を強く握って離さない。
やがて、今まで耳の奥で、鳴り響いていた耳鳴りが消えてくると、辺りからは喧騒が聴こえてくる。
それは未だ、家族の為、自身の為、未来の為、国の為。それぞれの気持ちで諦めず兵士達が異型生物と戦っている壮絶な音であった。
(みんなまだ……もう死んでしまうのに)
ハチ型がいる以上、この場所で気化爆発が起これば、それで全てが終わる。それを止めるだけの力なんて無くて、それなのに何故。
夕凪は灰色の塵や灰が舞う中、よろめきながら立ち上がる。
そして四条の軍旗を見上げると、あちこち破れボロボロになりながらも、未だ風になびいていた。
【軍旗】幼い頃それは四条の威光を示す物だとずっと思っていた。だから夕凪は嫌いであった。
それは京都公国を人類の盾などと言い、戦わせ続け自らは、後方で正義の旗を振りかざし自らの都合の良い事だけを並べる国々を表す象徴の一つが軍旗であったからだ。
しかし四条楓はそんな風に考える夕凪に、四条の軍旗の意味を説明してくれた。
それは、二つの盾は国民を守る為にあり、剣の代わりに太陽の光で国民を照らす。これが京都公国を作った、四条宗治の理念であって。軍旗は威光を表すのでは無く。国民を守るという四条の決意を表している。
それを聞いてから、四条の誇りを、軍旗を見る度に感じてきた。そして夕凪は四条の想いのこもった軍旗が好きになり、それを見る度に自身の役目を心に刻んでいた。
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夕凪は京都の中心部を見つめる。
25階建の京都行政府は崩れ落ち、辺りの建物にも火の手が上がっている。
空一面は未だ塵と埃が舞い上がっていて、その上にはハチ型が次の攻撃の為、体内で爆発を引き起こす霧状の液体を生成しているであろう事は、容易に想像出来た。
そして、夕凪の正面にはボロボロの四条の軍旗が、楓の意思を表すかのように、真っ直ぐに風を受けていた。
(やっぱり母様は……)
それでも、行政府の様子を直視した事により、心は悲しみに包まれるが、母から聞いた、四条の軍旗の意味を思い出す。
(最後まで……私も)
夕凪は決意する、それは死ぬ事では無く生かす事であった。
そして、十南の方を振り向くと、十南の手を強く握る。これが最後、もう迷うのは最後、泣くのも最後……そう力強く握った手に想いを込める。
「―夕凪様……」
「―十南大佐」
顔を上げた夕凪の瞳は、どこか悲しげであったが、先程のように死んだ目はしていない。
「―京都を放棄します」
十南は夕凪の突然の言葉に驚くが、夕凪の目は本気だった。
「―権田、鶴岡、新盛山の部隊には旧名古屋まで撤退。その後の部隊の指揮は十南大佐にお願い致します」
「―夕凪様は如何するおつもりですか?」
十南は夕凪に厳しい目を向ける。その目は夕凪自身が命を粗末に扱うのでは無いかという、疑いの目であった。その目に夕凪は気付き、心配するなというように微笑み。
「―大丈夫です、私は国民と共に地下に潜ります、ですので十南大佐。東都の千石公を説得して戻ってきて下さい」
東都の千石家、それは旧東京周辺を抑えている都市国家の公主であり、京都とは国交もあるが、利権絡みで対立している相手であった。
「―いけませぬぞ!夕凪様」
夕凪は声のする方向に目を向けると、コート一枚を肩に羽織るようにして、腕を白い三角巾で吊るしていた、泉樫寅の姿があった。
「―夕凪様、千石などを頼れば四条が無くなりかねないとお分かりであろう」
夕凪は樫寅に軽く一礼をしてみせた、それは自身を庇ってくれた事、そして今、四条を庇おうとしてくれた事、これだけの忠臣に恵まれていた事を、今更ながら感謝した。
樫寅は、夕凪の行動に驚いた様子であったが、次の夕凪の言動にさらに驚いた。
「―今は四条の存亡を語る時ではありません、一人でも多くの国民を救う為に動くべきです」
「―しかし!!」
樫寅は、悔しさを絞り出すかのように悲痛な声をあげる。
それを静かに見ていた、十南が同じく悔しさが滲み出た表情で叫ぶ。
「―くどいですぞ少将!!______御当主様が決意された以上、その願いを叶えるのが我らであろう!!」
【御当主】十南はあえてそう言ったのであろうか、夕凪の事を京都公国の当主と言い、それに従うと宣言したのだ。
樫寅は数秒固まっているかのように、その場に立ちすくしたが、夕凪の顔をしばらく見つめると、その場に片膝をついて敬意を表す。
そして、そのやり取りを見ていた、士官、一般兵士、看護師、身分に関わらず、周囲の者達も樫寅と同じようにひざまずく。
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「―さぁ迅速に行動して下さい!______動けない者を優先で地下へ避難させて下さい」
夕凪の声と共に看護師達が一斉に動きだす。
周囲には未だ塵と砂が舞っていたが、視界が良くなるまで待つ事は出来ない。なぜなら行政府を破壊したハチ型の驚異は隣り合わせだからだ。
(気化爆発が起こる前に皆を地下へ)
防御壁の下では、MW部隊が必死に迎撃していたが、流石の山猫でも目に見えて後手に回っていた。
そしてそれは一瞬のうちに起こった、西側の空で光が見えたと同時に、再度気化爆発が起こった。夕凪は爆風で、ふき飛ばされると身体を地面に打ち付ける。
(うっ!)
すぐ身体を起こそうとするが、あちこちが痛む、それでも無理矢理身体を起こすと、爆心地の方向へ目をやる。
(近い。西側の岸沿い)
その場所には十南を救った、岸田少将が率いる戦車隊がいた場所であった。
(撤退すら出来ない……)
夕凪の心に再度、悔しさと怒りがこみ上げ、周囲を見渡すと、倒れた兵士の傍に対戦車砲を見つけ手に取る。
その姿は傷つき飛べない鳥のような切なさをかもしだしていたが、目だけはまだ死んでなく。それがさらに痛々しさを倍増させていた。
「―絶対に私はやられない!!四条の意地を踏みにじらせない!!」
夕凪の怒号が響く。その声は辺りの兵士達にも、夕凪をさがしていた十南にも聞こえた。
そして、その声はハチ型にも何かしらの影響を与えたのか。夕凪を目掛けて急降下してくる。
「―危ない!!」
十南は夕凪に向かい飛びかかると同時にハチ型は二人の身体スレスレを飛行し、東の空に消える。
必ずもう一度私達を襲いに来る。
夕凪はそう思い、対戦車砲を掴もうとするが、十南が夕凪の手を掴む。
十南の顔を見ると彼女は首を振っていた。
「―これは私の役目です」
そう言うと十南は伏せるようにして、身体を固定すると標準機を覗きこむ。
夕凪も東の空を睨みつける。
絶対にこの危機を乗り越えてみせる。
何の根拠もないが、ここにいる皆を逃す為であれば、使用した事もない武器ですら、使ってみせるくらいの覚悟はあった。
しかし、こんな状況でも一緒にいてくれる、十南の姿を見て。
(皆が守ってくれたから、今自分はここにいる)
そう感じられ、敵に対する怒りは味方に対する祈りに変わっていく。
「―大丈夫です、京都は終わりません」
そう、純粋に心に浮かんだワードを十南に伝える。
十南は何かを思い出し、少し笑う。
「―大佐、どうしたのですか?」
「―いえ、先程楓様も同じ事を言っていたなと思いまして」
夕凪も、その事を思い出すとなんだか笑えてきた。
「―そういえばそうですね」
「―まったく、四条の前向きには頭があがりませんね」
「―何を言いますか十南大佐、貴方も四条でしょう」
「―そうでしたね」
十南は標準機の端に微かにハチ型の姿を捉えると、安全装着をパチンと音をたてて外す。
風は南から北に強く吹き抜けており、夕凪の塵と埃で汚れた金髪も風に煽られていて、衣服も所々ほつれ、スカートからみえる脚も血が滲んでいた。その姿はまさに、満身創痍であったが、不思議な美しさを持っていた。
「―さぁ、やりましょう」
十南は撃鉄に指をかけると、ゆっくりと標準を合わせ、ハチ型の接近を待つ。
闇夜の中を大きく旋回した、ハチ型はその格子状の目を二人に向けると羽根を鳴らして、スピードを上げたように見えた。
夕凪は肉眼でハチ型が接近するのを確認すると、その黒と赤の身体にしっかりと、目線を合わす。
すると、目線の先に何かの飛行物体が目に飛び込んで来る。それは青い光の塊のようであった。
「―なんだ」
十南も何かに気づいたらしい。
夕凪は鼓動はなぜか早くなるのを感じた。
目線の先の物体は動きを停止すると、その場を動かない。
そして青い塊の存在は辺りにいる、負傷兵や看護師達からも見えているようで、騒ついている。
「―十南大佐あれはいったいなんでしょうか?」
3倍の倍率で見える標準機を覗いている、十南なら何かわかるのではと思ったのだ。
「―そんな……MW」
十南の驚きを隠せない声と同時に、青い塊から何かが連射されると、一瞬でハチ型は砕け散り地表に落ちていく。
青い塊の存在を認識している人々は、何が起きたかわからず一瞬静まり返るが、一人の傷ついた兵士が、精一杯の声で雄叫びを上げると___続々と周囲の人間も歓声を上げる。
そして、青い塊は再度ライフルのような物で、近くにいたのであろう、ハチ型に対して攻撃をすると、巻き上がった塵と灰の中から川に向かって落下する。
(いったい何が)
夕凪の頭の中では、色々な考えが錯綜する。
【コロンビア連邦】か【東都公国】この二か国であれば援軍に来てくれるのか。それはありえない、寧ろ京都公国が滅びたほうが利権を得られる。
【バーゼル共和国】の可能性。それもあり得ない。京都公国と同じ戦線国家である以上、極東に派兵する程の余裕はない。
【シオビア連邦】に【ソ連】この二つも殆ど国交が無い以上援軍も……
(いったい誰が)
もし母、楓がどこかに秘密で援軍を頼んだとしたら。どこに頼むのか。夕凪にも見当もつかず、わかる事は光の塊がMWだとすれば、対空装備を備えた、従来のMWシリーズを凌駕した機体である事だけだ。
夕凪の周囲では、二匹目のハチ型。あの南門要塞を苦しめつづけたハチ型が短期間で二匹も撃破した事により、喜び歓声が上がり続けていたが、夕凪には手放しには喜べない。何故なら依然南門では、山猫をはじめとした部隊が戦闘中で、援軍と決まったわけでは無いからだ。
夕凪は考える、どこの、誰が、何の為に。
その時であった。東の空を見上げていた夕凪の背後から地面を黒い影が覆いだした。
「―夕凪様……あれを」
十南が背後を指差し、夕凪も振り向くと。
今まで南門要塞を街灯のようにボンヤリと照らしていた月の姿は消え、何か巨大な物が上空に現れた。
(いったいあれは)
夕凪は言葉を失った。
今まで歓声を上げていた兵士も静まりかえり、上級士官の持つ携帯型の通信機からは、上空にあわられた何かの答えを求めた、南門のMW部隊や、戦車隊からの問い合わせが繰り返し流れていた。
そして東側からは、先程の青い固まり。
いや背後と前方のダクトから青い火を放つ。
黒い鋭利なナイフのような物を装備した、MWと思われる機体が近づいてくる。
「―月が消える時、それは現る」
数日前に、行政府で会った。山元慎吾に貰った紙の存在を思い出した。
夕凪はポケットの中にある、紙の感覚を確かめる、それは確かにそこにあり、夢では無い。
そして空中の何かから、一斉にライトが照射される。一瞬眩しさに眩むが目を開くと。
黒色の機体は、要塞の上にゆっくりと着陸する。
その着陸を見るだけでも、京都のMW部隊とは比べ物にならないほどの技術を持っていると感じさせられた。なぜなら京都製のMWであれば、空中からこんなにスムーズな着陸は出来ない。
(行かないと……)
着陸してくるという事は、我々と何かしらの接触を試みていると夕凪は考えた。
「―十南大佐」
「―わかっています」
十南に声をかけると、対戦車バズーカ右手で持ったまま、夕凪の前を黒い機体に向かい歩き出す。
黒い機体は静かに着陸すると、コックピットのハッチが開く。
そして、ゆっくりと中から人が現れる。
夕凪は息を飲む。
中から現れたのは、夕凪と同じく金髪の、まだ若い。京都士官学校で言えば、中等部くらいの少女であった……。
少女はコックピットブロックの縁に両手を腰に当てて叫ぶ。
「―我が名はアリス・ハウプトLCUから派遣された大使じゃ!!時間もあまりあるまい。さぁ!交渉しようぞ!」
夕凪は咄嗟に理解した、この少女は空人だと。
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