ノルンは大地に錨を降ろす 第1

  4月16日 21時35分______南門要塞



 四条夕凪は防御壁の屋上部分を、謎のMWと思われる機体に向かって進む。


 驚いた事に突然「―交渉しようぞ」なんて言う少女。

 その子は今まさに機体から降りようとしている。


(まさかこの少女があの機体を……)

 目線の先には、角ばった京都製のMWシリーズに比べて、滑らかなシルエットでありながら、腕部や脚部には、鋭利なナイフのような物が装備されている機体が鎮座していて。

 上空には海軍の戦艦のような船が浮かんでおり、南門要塞に強い光をあてている。


 夕凪には見た事も無ければ、聞いた事も無く。常識的に考えれば戦艦が空を浮いているだけで、

【信じられない】と言ってしまいそうだが、実際にそれは頭上に存在していた。


 しかしそれが空人と思えば全て解決する。


(半世紀以上……)


 夕凪は頭の中でバラバラになった歴史と言う生地を、パッチワークのように縫い合わす。


 宇宙に住む人類。人類であって地球人では無い。


 少女を見る限り見た目は、(私達と変わらない)けれども間違い無く地球の者ではないのだ。少なくても1960年に始まった生存戦争の間、

 夕凪の記憶する限り、一切接触をした事が無いはずで、その宇宙人が今この場所にいる。


 それは歴史的な事である、しかし接触の理由がわからない以上、慎重にいくべきであるが、状況がそれを許してくれていない。


「―十南となみ大佐、どう思いますか」


「―敵意は無さそうですが、用心を」


 敵意は無さそう、十南となみはそう言うが、右手にしっかりと握られている、対戦車ライフルの安全装着は外れたままで、いつでも撃てる状態であった。


 少女は地面に降り立つと、ゆっくりと味わうように深呼吸をしだす、そして少女の後から続くようにコックピットから、若い男が地上に降りてくる。


(あの男性がパイロット)

 夕凪はその男を見つめる。男は右手に持っている、コントローラーのような物をいじると、機体の顔部がこちらを向き。

 アイモニターと思われる部位が青く光る。その光景は夕凪に威圧感を与えた。


「―すまないが、こちらも警戒させてもらう」


 男は十南となみの持っている対戦車ライフルを指差す。遠隔操作で機体から夕凪と十南となみを狙っているという事であろう。


 十南となみは左腕で夕凪の歩みを止める。

「―大佐。よろしいのです」


 夕凪は十南となみの腕にスッと触れると、十南となみはゆっくりと腕を降ろす。


 すると白いワンピースを着た金髪の少女は、勝ち気で気の強そうな顔で、少し口角をあげるが、決して嫌味がある顔つきでは無く。むしろ明るく、そして何より可愛いという印象を受けた。


「―ラフ、だから言ったじゃろ______武器などいらんのじゃ」


「―そう言うな。______こっちの素性すら信じて貰えるかわからないだろう」


 可愛い声で愚痴っぽく呟く少女に対し、ラフと呼ばれる20歳くらいに見える、京都製のパイロットスーツに似たタイトな服装の上に、フード付きのコートを羽織った青年が、冷静に返答した。


(オッドアイ……)


 夕凪は遠目では気づかなかったが、青年の左右の瞳の色が薄い青と薄い緑のオッドアイである事に気付く。


 そして。

「―空人______呼称は正しいか判りませんが、宇宙から来た方々とお見受けいたします」


【こっちの素性もわかってもらえないかも】

 そう言った青年に対して、夕凪は思い切って答える。


(この状況を変えられるのは、この方々だけ)そう確信した。

 なんとか、味方につけて京都を救ってもらいたい、夕凪は本当なら、直ぐにでもそう伝えたいが、焦る気持ちを押さえつける。


「―そうじゃな、我等の呼び名は考えていなかったが、宇宙人と言うより空人のほうが良さそうじゃの」


 金髪の少女は、納得したように頷く。そして夕凪の顔を見上げると、確認するかのように質問する。

「―そなたが、この国の主人であろうか」


「―はい、京都公国の公主。四条夕凪と申します」


「―ふむふむ、わしはLCUから地球との交渉を任されておる、アリス・フォン・リドシュタイン・パブロ・エンリ・ハウプトじゃ」


「―それではアリス・フォン・リド……」


「―アリスで構わん……それと翻訳機の影響で、わしだけ変な言葉ずかいになっとるようじゃが、気にせんでくれ」


「―それではアリス様、先程から交渉と仰っていますが、その内容をお聞かせ頂けますでしょうか」


 アリス・ハウプトは、辺りを見渡すと不安げな顔の傷ついた兵士や、崩壊した壁を真剣な表情で見つめている。


「―我等としては、ゆっくりと対話したい所じゃが、急がねばならぬ様子じゃな。______担当直入に申すとしよう。我等にはこの国を救う用意がある」


 アリスは夕凪に向けて、そう言い放つ。


 この絶望の中で京都を救えると言うのである。地球上のどの国も助けにこない中、半世紀以上も離れて暮らしていた宇宙の人類がそんな事を言ってくれるのである、

 夕凪はその言葉に心が揺さぶられ、そのまま涙を流しそうになるが、うつむきながら抑える。




 ↓




 宇宙人類。それは半世紀以上の間、地球人類によって存在を忘れられた者であった。


 1940年代。世界の緊張状態を宇宙開発に目を向ける事により、世界大戦の危機を脱した人類は、月開発に乗り出した。

 そして50年代に入ると、人口爆発による数々の問題を解決する為に、火星移住計画を発表し、約2億人以上が開拓を名目に火星移住を開始する。


 しかし1960年に始まった、地球上での生存戦争の影響により、現コロンビア連邦を主導とした、

 新国際連合は安全保障、食料問題、水問題を一度に解決するべく地球封鎖を宣言した。それにより宇宙人類は地球人という枠から外れる事になった。


 四条夕凪はゆっくりと頭をあげると、アリス・ハウプトに一礼をする。

 辺りは未だ爆発音や硝煙、叫び声が響いていたが、アリス・ハウプトという少女もラフという青年も微動だにしない。


(この人達は……)

 夕凪は覚悟を決めると、一番気にしなくてはいけない、【対価】の話しを持ち出す。

 ただでこの国を救ってくれる。それはあり得なくて、だからと言ってこの崩壊寸前の京都公国を救う利益など、空人である彼女達には無いであろう。

 あるとすれば、地球上の足掛かりとすべく京都を隷属国家とするくらいだ。

 夕凪はそれでも構わない、四条が京都の公主でなくなるのも国民が救われるなら、それもいとわない覚悟だが、国民の生活と安全の保障だけは確保したい。

 そう考えていた。


「―私達には、ご覧の通りお渡しできる物はごく僅かです、何を交渉材料にすればよろしいでしょうか」


 アリスは少し考えた様子で、腕を組みアゴに指を当てていたが、「―ふむっ」と言い、夕凪の目を見る。

「―そうじゃな、まず家じゃな。わしらは当分地球におる事になりそうじゃからの、それとノルン……」


 アリスは指を上空の空中戦艦を指差す。

「―あれを停泊する場所が欲しいのぉ、それとまぁ我等の安全保障かのぉ」


 夕凪は心が違和感に包まれた気がした。

【交渉】そう呼ぶには、あまりにも欲がなく、等価交換とは思えない条件であった。

 夕凪としてみれば、あまりに常識とは思えない条件掲示に、返事をして良いのかさえ迷っていた。


 それは、夕凪の後ろで控えていた、泉樫寅も同じであったのか、声をあげる。


「―横から失礼ではあるが、一つ聞きたい______はっきり申す。そなたらは、我等四条を隷属したいのでは無いのか!」


 泉の言葉は夕凪にとっても、喉の奥に引っかかった小骨のように、気になっていた事である。


「―隷属……」


 アリスは何かを考える素振りを見せると、ラフに目線をチラッと向ける。目線に気づいたラフは、微動だにせず答える。


「―奴隷とかそう言う意味だろ」

「―あっ、あーなるほど」

 アリスは小さく頷く。


「―なんじゃ、そんな事を心配しておるとはな、あり得ん、あり得ん。わしらを舐めんでいただきたいのぉ」


「―いや。これはすまぬ」


 アリス・ハウプト少し不快を感じたような表情を浮かべると、樫寅は謝罪をし後ろにさがる。

 夕凪はこの少女が何かしらの強い意志を持って行動しているのである事に気付き、多少なりとも見た目で判断している部分が自身にあった事を恥じた。

 その夕凪の雰囲気をアリスは察したのか、溜息をつくと笑顔に戻る。


「―うむ、ならばもう一つ条件を加えよう。______三食付きでどうじゃ!」


「―おい、ホテル探しに来てんじゃないんだぞ」


 ラフはアリスにそう言うが、夕凪はその言葉を聞くとすぐ、頭を深々と下げる。

【信じよう】そう夕凪は思ったのだ。


 そして、アリスはパンっと手を叩く。


「―でわこれで決まりじゃ!!______聞いておるかエイル」


 アリスは声を上げると、上空の戦艦から声が響く。


「―はいアリス様。マレクの認証は済んでます、いつでも動けます」


 アリス・ハウプトはその声を聞くと頷き叫ぶ。


「―さぁ!我等の出番じゃ!」


 夕凪は戦艦を見上げると、舟底のハッチが開き、三機のMWのような機体が、何かしらの機械に繋がれ降ろされてきたと思うと、先程のラフが操縦していた黒い機体と同じような、青い炎を吹き出す。

 そして赤、紺、白の機体カラーの順番で一機ずつ戦域の空へ飛び出していく。


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空人エフェクト∞ 空輪 @nakape

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