幕間:02

 初めてその宝石を見た時は、彼女が言葉をよく覚えていない頃だった。

「きれい」

 義母ははおやに手を引かれ、ガラスケースの中厳重に保管された姿を、ぼんやりとした自我で見ていた。

 義母の言葉がすべてだったし、与えられたものが世界のすべてだった。義母が〝綺麗〟と言えば〝綺麗〟なのだとも思った。けれど〝きれい〟という言葉は、確かに、彼女自身の言葉だった。

 まっすぐで、混じり気のない赤色。

 照明の光を吸い込んで展示台を赤く照らしていた。触れていた彼女の手も、赤く照らされている。

 ガラスケースに手を付け、離れようともしない彼女を見て義母はかすかに笑う。

「綺麗でしょう」

「この宝石は、心を縛り付ける。所詮、貴女も縛り付けられたのよ」

 手を引かれ、彼女は宝石から遠ざかった。

 義母の言葉は難解でよく分からなかったが、またこの宝石を見に来れる事だけは分かった。

 それが嬉しくて、ほんの少しだけ、笑った。


 だからこそ、その言葉を理解した時、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、分からなかった。






 ウォッチ&リポートを抜けて街を駆ける。しかしもう、どこに逃げようとも、義母は悠然と立ち塞がっていた。

 少しばかり雑多な街で、ただひとつ、迷う事無く彼女の前へと現れる。

 それでも彼女は、何かの意思に引かれるように逃げる。人目も気にせず、翼を広げて紺碧の空へ逃げようとした。

(これは〝命令〟。一刻も早く逃げないと)

 しかし、義母の放ったエメラルドグリーンの歯車がそれを許さなかった。

 瞬く間に身体を拘束され、アスファルトに倒れ伏す。

 必死の思いで義母を赤い瞳で睨むが、エメラルドグリーンの瞳とぶつかった時、張り詰めていた糸がふと、緩んだ。



「帰っておいで、愛しの我が子。貴女は所詮、宝石に縛られた可哀想な悪魔なのよ」




 ああそうか。


 私は――『悪魔』。

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