第7話:教団と馬鹿のごった煮
「うんまあ、馬鹿だよ」
赤コウモリの疑わしそうな声に、満更でもないようにアインが答えた。
西通りの飲食店に活気が溢れる時間、ようやく一段落した三人は、ウォッチ&リポートに戻って、赤コウモリの特等席、四人掛けのボックス席で遅めの夕食を食べていた。
当然その席に、赤コウモリも混じっている。
「そんな馬鹿には馬肉と鹿肉だ、ホレ」
テレビが運んできた肉団子の煮込みに、ヒューラとウォルトが目を輝かせる。
「すごー! 私馬肉食べたことないや!」
「まあ、鹿肉は美味いって聞くからな。食った事ないけど」
「美味いかどうかは知らん。マユコが初めて作ったから味見もしてない」
「マユコに絶対の自信持ちすぎだろ」
「仕方ねェよ、シスコン拗らせてっから」
相変わらず気の抜けた会話に困惑し、決まりの悪そうに赤コウモリが訊ねる。
「なんで、私の事助けたの?」
「それ、今更聞くか?」
赤コウモリに、三者三様の目線を向けた。アインは呆れて灰皿に煙草を押し付け、ウォルトはワインのボトルに口を付ける。ヒューラは前菜のサラダをさらっていた。
「うーん、あのさ赤ちゃん、もうそれはアインが言ったと思うよ」
「可愛い女の子がうんたら、ってやつ・・・・・・?」
「その通り」
わからない。赤コウモリは首を傾げたまま固まった。
ただでさえ三人に襲い掛かり、アインに至っては一度殺したというのに、シュガー・ポットに送り返され、あまつさえ身体の手当や衣服の交換までこの三人とテレビは
エルガーに粉砕された片腕には包帯が巻かれ、洋服も新しいブラウスに変わっていた。
とても、そんな理由で助けるには割が合わない。
「ま、お前には色々と聞かないと、いけないからな」
テレビが自分の顔のダイヤルを回す。
一瞬ノイズが画面に走り、ブラウン管の画面に、例の歯車と十字架のマークが映った。
「あ、それ。美術館でも見たけど一体何なんだ?」
アインが真っ先に反応した。「成る程、お前は知らないのか」と、テレビは指を鳴らす。相変わらずウォルトは酒を呷っていたが、ヒューラと赤コウモリは表情を険しくしていた。
「『
「まあまあヒューラ、そう言ってくれるな。気持ちは分かるが、見ず知らずの青年に偏見を与えるのはよくない」
そう言って、アインのほうへ向き直る。
「ヒューラの言う通り、コレは『機巧教団』のシンボルだ。北の地方を拠点に活動している宗教団体。表向きには、魔素汚染の被害者や虐げられている種族の支援、保護だな」
「そんなの嘘、嘘」
「落ち着けピンク。ま、そう謳ってはいるが、実際は魔素を持つ種族を片っ端から滅ぼしてるんだ。もちろん武力を以て、な」
テレビの一言に、赤コウモリの表情が凍る。
「待て。魔素を持たない、というか、魔素を取り込んでない種族なんているのか? それがまかり通るなら、人類を滅亡させかねないぞ。というか、自分たちは魔素なんて持ってない、って言い切ってるのか?」
アインの表情も険しくなる。それにはヒューラが答えた。
「逆に考えてみて。自分たちが魔素を持ってないって言い切れるのは、どういう事か」
言われて、アインは美術館での一件を思い返す。司祭には何があった。コレクションには何の法則がある。そしてあの用心棒は――。
「まさか」ハッ、とアインが顔を上げる。シンボルの歯車は、つまり。
「ご明察だ、アイン。奴らは人間じゃあない。全員、機巧と呼ばれるアンドロイドさ」
確かに、相手が機械となるならば、悪魔の赤コウモリが負傷するのも合点がいく。エルガーの身体は、教団の一員であることの証明だったのだ。
「魔素の排除を目的とするなら、布教した信者を自分たちと同じにしてしまえばいい。そして、手に負えない魔素を持つ種族を滅ぼせば、ほら、正義の完成」
「その最も典型的な例が『魔女狩り』だ」
『魔女狩り』という言葉には、アインも聞き覚えがあった。自分が産まれるよりもずっと前の出来事だが、有名だと、子供の頃から語られていた。
世界中の魔女が、理不尽な理由で処刑あるいは全滅させられた、ある種の戦争だ。
「・・・・・・それで、あの司祭はヒューラの話に食いついたのか」
自分らの活動で滅ぼしたはずの種族が生きているのだから多かれ少なかれ衝撃が走ったのだろう。
「よくお前、あそこで襲い掛からなかったな」
アインの言葉に、ヒューラは呆れたように目線を落とす。仇討ちを諦めているようにも見えた。
「あの時は赤ちゃんを助けるのが最優先だったし、私情で突っ走りたくなかった」
ウォッチ&リポートに、沈黙が走る。
「ごめん、なさい」赤コウモリが、振り絞るような声で言う。魔女は悪魔に一瞥もくれなかったが、
「生きてるだけで万々歳、って事にしよう。むしろ、機巧化しなくてよかった」
諭すような声でその場をおさめた。今日はステージに誰も居ない。外の喧噪だけが、遠くから聞こえていた。
「ま、あの学芸員の算段も見事に外れたから、俺は満足だ。後はお前ら次第だろう」
「なんか非道い事聞いた気がするぞ」
「言っただろう。俺は慈善活動するタチじゃあない。商品が金になればいいんだ」
ところで、とテレビのダイヤルを回してチャンネルを切り替えた。
「マユコ手製の馬鹿煮込みはどうだ。出来次第もクソもなくメニューに入れるつもりだが、少しくらいは感想が欲しい」
また世間話か。赤コウモリは反応に疲れて驚こうともしなかった。
「・・・・・・マユコ?」
「ん? 赤ちゃんはマユコ知らないの?」
ブラウンシチューで煮込まれた肉塊を頬張りながら不思議そうにヒューラが首を傾げる。まだ料理に手を付けていないアインが代わりに答えた。
「この店の料理番なんだってよ。よく古本屋にいるから、てっきりそっちが本職かと思ってた」
「なるほど」
頷くだけの赤コウモリに、アインが肩を竦める。
「俺だってついこの前店知ったのに、居候のお前が知らなくてどーすんだよ・・・・・・」
一緒に煮込まれていたキノコを弾きながらウォルトも乗ってくる。既にワインボトルが一本空いていた。
「じゃあ赤コウモリ、お前タナカさんも知らねーか?」
首を横に振る。ハア、大きな酒臭いため息が漏れた。
「マジかよ、常連だぞ? マユコは百歩譲って、厨房にいるから見た事ないにしても、タナカさんはほぼ毎日来てるんだぞ? 前もアイン達が来る前までは居たんだからな?」
大げさに落胆するウォルトに気を悪くしたのか、眉間に皺を寄せて考える。
「もしかして、あのガイコツのお面被ったひと?」
「おお知ってんじゃんか」
顔を明るくさせたウォルトだが、
「見た目以外知らない」
と続けた赤コウモリにまたため息を吐く。
「あの人が正真正銘、紛れもない『死神』だよ。まあただの仕事に追われた社畜系オッサンだけどね」
ヒューラが嬉しそうに補足を挟む。紛らわしい自分との区別がついて上機嫌なのだろう。
「ああ・・・・・・、あの人そういや『死神』なんだよな。社畜だとしか認識してなかった」
そこからが皮切りになって、卓はシュガー・ポットの奇妙な住民の話で盛り上がる。誰がああだ、
先ほどまでの沈黙はどこへ行ったのか、料理も酒も次第に増えていく。噂をすれば何とやら、住民がひょこりと現れたりで、いつの間にかウォツチ&リポートは宴会状態になっていた。
見慣れた顔、黒ヒツジや緑オヤジの姿も見える。
「おう、今日は俺も一緒に飲んでやるよ!」
「景気付けに、な! 帽子!」
「ったく、調子いいオヤジ共」
悪態を付きながらも、アインは二人と乾杯を交わす。賭博小屋でよく見かける賭博師も中には混ざっていた。
「帽子、そういえば」
賭博師の一人が、ジョッキのビールを呷りながら聞いた。
「前の女の子との約束って、結局誰だったんだ?」
唐突な問題に、アインの目線が泳ぐ。実は赤コウモリだった、など言えず、かといってヒューラと答えて逃れるのも癪だった。何か言い訳はないか、周囲を見回していると、ふと、この宴会に当の赤コウモリが居ない事に気付いた。
「ああ。ちょっと呼んでくるから待ってろ」
先ほどまで出てこなかった言い逃れを適当に押し付け、店の外へ繰り出す。窓ガラスから姿は見えなかったから、近くにはいないが、魔素を先刻の戦いでほとんど奪われているからそう遠くへも行ってないだろう。
賑わう西通りを抜けながら、街中に目星を付けていく。しかしどの場所にも、彼女の姿は無かった。
「流石は悪魔と言うべきかな、逃げ足も速いとは」
あのアンドロイドから二十年間逃げ続けられただけある、ひとりアインが感心して顔を上げる。どうやら住宅街まで来たようで、民家の装飾された窓ガラスが目に映った。
「ステンドグラス・・・・・・」
独り言のつもりで呟いたが、それがアインの中で引っかかった。
彼女は悪魔。
聖職者の美術館。
そして、彩られた天井のステンドグラス。
「さては」
進んできた道を振り返り、歩き出す。
すっかり陽も落ちて夜空に星が浮かんでいる。住宅街の街灯も、段々と数を減らしていき、しまいには灯りのほとんどない道に出た。
「あった」
そこに打ち捨てられたように佇んでいるのは、シュガー・ポットとは一番縁の無い、教会だった。
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