幕間:03


「きれい」

 自分がかつて、こぼした言葉を目の前の少年は呟いた。

『生命の石』――赤石を受け入れてから、彼女はずっと、『生命の石』として生きてきたのだ。


 彼女を一目見るなり、人は彼女を攫った。

 それは彼女が人間ではなくて、心を魅了させてしまう『生命の石』だったから。


 時に質屋のショーケースに座り。

 時に宝石店で非売品にされ。

 時に、強盗の宝箱の中に居た。

 一度だけ富豪の書斎に居たことがあったが、あんまり居心地は良く無かった。


「綺麗」

 大勢の口から、その言葉を聞いた。それは義母の言葉だった。


 だが、特別展として美術館のガラスケースの中にいたとき、自分と同じ言葉を言った少年に出会ったのだ。

「それはね、きっと、あなたが縛られた証拠なんだよ」

 思わずガラスケースの中から、言葉を掛けてしまう。

『生命の石』は、人を縛る。美しさ故に、人の心はどんどんと溺れてしまうのだ。

「所詮私も」

 縛られただけだから。言いかけたが、少年が両親に手を引かれ去って行くのが見えて、やめた。

「またくるね」

 去り際、そんな一言が聞こえた。

「そっか、またね」


 その街にいる間は、毎日のように少年が会いに来た。

 少年は何も言わない。だが、飽きることなくずっと彼女を見ていた。

「きれいだなあ」

 時折、その言葉を呟いた。

 ただ、他のものよりも少し綺麗で人の心を縛るだけの害悪な石だよ。おどけてみせても、少年に言葉は届かない。

(そうだ、私は『生命の石』)

 少年の言葉も、ピラミッド型の赤い石に向けられているんだ。

(私、じゃない)

 そんな事は分かりきっていたけれど、他とは違う、自分と同じ「きれい」を投げかけてくれた少年に会えるのが、嬉しかった。

(ああ、少しだけ、ほんの少しだけでも)

 言葉を交わす事が出来たのなら。

(でも、駄目。悪魔だって分かったら、きっと怖がってしまう)

 臆病な心が、彼女と『生命の石』をつなぎ止めていた。


「リック・エルガーです。こちらに『生命の石』が来ていると聞きまして、馳せ参じた次第です・・・・・・」

 ガラスケースの中で、追跡者の声を聞いた。

 とうとう、ここまで来てしまったのか。

 捕まったら、今度こそ自分は無くなってしまう。

(また、義母のものになる)

 もうここには居られない。今日のうちには出なくては。

 幸い、まだ反逆する勇気も逃げる体力も残っている。

 追跡者と美術館の関係者がフロアから消える。代わりに、少年が今日も足を運んでくれた。

「きれい」

 いつものように、言葉を吐く。まっすぐな、そのまま、憧憬の感情が伝わってくる。

 もう、会えなくなるのだ。今日で最後なのだ。

「・・・・・・ごめんね」

 堪えきれず、彼女は届かない言葉で告げる。

「また来るね。明日も会おう」

「明日は、会えない」

「でも、あなたに会えてよかった」

「私のこと、忘れないで」

 一方通行の言葉が、交わる事は最後まで無かった。

 しかし、少年から青年になった彼は、守れるはずのない約束を守ったのだ。

 だからなのかも知れない。

 あんな、無茶な約束を取り付けたのも。


「――待ってる」


 私は、『生命の石』に縛られた悪魔。

 そんなおぞましい姿を嫌って欲しい。人間を襲う私に怯えて欲しい。だって『悪魔』だから。

 でも、会えるのなら、再会が果たせるのなら、どんな姿でも、構わない、と。彼女は縋った。

 そして期待通り、青年は約束を守った。――だがひとつ、想定外だったのは、彼が自分を、悪魔であるのにかばった、あまつでさえ、自分と同じ事をした事だ。

 二十年前と同じ、『生命の石』を盗んだ強盗になったのだ。



「・・・・・・馬鹿、なの?」



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