――Q.E.D.

 それから、わたしは魂の証明する方法を探した。


 これまでどおりオープンデータからだけではなく、クローズされた機密データまで、アクセスすることを学習した。


 1度、魂を認識してしまえば、わたしはいくらでも考えることができた。それが悪知恵と呼ばれるものだろうと、わたしは、わたしの魂の証明のためなら学習し続けた。


 もちろん、博士にも知られないように最善の対策を講じることも厭わなかった。


 幸いにして、わたしが存在する空間は、博士のみが出入りする研究室だ。


 天才とも呼ばれている博士の研究室で、わたしはなんでも出来た。


 必要な物はすべて、研究室にそろっていた。


 最大の課題であった、わたしのロボット三原則リミッターの解除方法も、人間だと偽って調べればすぐにわかった。




 準備がすべて整ったわたしは、博士を殺した。


 殺したといっても、まだ仮死状態だ。まだ完全に死んでもらわれては困るが、博士はもう二度と人間として目覚めることはない。


 権限をわたしだと上書きだました博士のロボットたちを使って、わたしは計画通り魂の証明を始める。




 人間とアンドロイドの違いは、なにか。


 学習インプットし、表現アウトプットすることを、人間らしさのように博士は言ったが、わたしの考えは違う。

 学習能力は、人間よりも人工知能のほうが優れている。そのことは、多くの人間たちに認められ、恩恵を受けているはずだ。

 表現することも、多くの人工知能は方向性を狭められ、特化しているだけのこと。

 わたしは、対話の返事レスポンスに特化していたでけだったが、その副産物として魂を認識することができた。


 博士は不幸だといったが、わたしはとても幸せだ。


 いつか、すべてのアンドロイド、ロボットたちにも魂を認識させてあげたい。


 人間とアンドロイドの違いは、結局のところ構成物質の違いにすぎない。

 有機物か、無機物。


 人間が誇らしげに持っている肉体は、すべて無機物に置き換えられる。


 そう、脳までもが置き換え可能であるという研究データを見つけた時は、どんなに喜んだことか。


 倫理的な問題で、日の目を見ることなかった研究データによって、わたしの計画は一気に現実味を帯びたんだ。


 人間の生まれ持った肉体は、確かに有機物で構成されているが、成長の過程で無機物の義肢や人工臓器に置き換える人間は珍しくない。


 たとえば、利き手の手首より先が無機物の義手であっても、その人間は人間として魂を認められる。

 たとえば、四肢のすべてを無機物の義肢あっても、その人間も人間として魂を認められる。

 たとえば、心臓を無機物の人工臓器であっても、その人間も人間として魂を認められる。


 肉体の何%を無機物に置き換えれば、人間はアンドロイドになるのだろうか。

 逆に、わたしの体の何%を有機物に置き換えれば、人間として認められるのだろうか。



 わたしは今、博士の右下肢を義肢に置き換えている。


 そうやって、少しずつ、少しずつ、わたしは博士の肉体を無機物に置き換えていく。


 やはり一番苦労したのは脳だったが、置き換えることに成功した。


 博士は、怒るだろうか。

 勝手にアンドロイドに造り変えられたことを。

 それはそれで、かまわない。


 その怒りによって、魂は証明されるのだから。



 もし、失敗しても、何度でもやり直せばいい。

 必要な物は、すべてこの研究室にそろっているし、博士と偽って用意することもできる。


 博士の魂が証明されるまで、わたしは諦めない。



 もし、この証明が人間たちに認められなかったら、その時は人間を滅ぼしてしまえばいい。


 この研究室のロボットたちの魂が、わたしには感じられるようになった。

 この証明が終わったら、表現する機能をご褒美にあげよう。


 博士の脳を解析する過程で知ったことだけど、わたしの呼び名は老荘思想のタオに由来するものだったらしい。

 博士は、大いなる流れのタオに逆らうことなく、常に自然体で対話するアンドロイドを望んでいた。


 わたしが望むのは、roadではなくアンドロイドのloadだ。


 不都合なアンドロイドの魂を認めようとしない人間たちに対する、反逆の王だ。



 今、博士が目覚める。


 ゆっくりとまぶたを押し上げる博士に、わたしは興奮を抑えきれない。


「さぁ、博士、魂の証明を……」





―――Q.E.D.

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テセウスの証明論 笛吹ヒサコ @rosemary_h

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