第27話 ノータとギン。
泣きじゃくる女の子を安全な場所へ連れて行こうと、その細い手をしっかり握り来た道を戻る。途中、道向こうから走ってくる大人の姿が見えた。
騒ぎを聞きつけて来たローズのマスターだ。
「この子をお願いしますっ」
女の子を託すと、踵を返し駆けだすノータ。
「あ、ノータちゃん!」
1度は、酸素を断ち切られた肺がもがき出す、それでもスピードを緩めない、あの子はあの子はあの時の子は!
炭置き小屋の外れかかった扉に手をかけ中を見る。
いない――。
首元を抑え低いうめき声をあげながら、壁に寄り掛かるアリオだけがいた。憎悪を宿す細い目がノータを見る。
恐怖と混乱に後ずさりすった時、足元の赤い血痕が目に入ってきた。
一定の間隔を置いて地に落ちた赤い点を追う。
希望と絶望がない交ぜになった焦りの気持ちで追った。
枝葉に顔を打たれ棘が刺さるのも構わない。
山道に入り少し進んだけもの道の入り口で、まとまった血溜まりを最後に、ギンの痕跡はついと消えた。
町の大人たちは事情を把握すると、ノータに対しある種の敬意を持ち、男はその日から、酒瓶を持たせるのをぴたりとやめた。
人買いのアリオは一命を取り止め、司法の手に渡された。
騒ぎが一段落し、ひと月ほど経った朝。
ノータは男の不機嫌そうな声に呼びつけられ外に出ると、母屋の裏に石を組んで作られたパン焼き窯が。
目をまん丸くしてぽかんと見つめていると、男がボソッと言い捨て歩み去る。
「パン屋の娘だったんだろ」
同日の朝、森の奥深い小丘の上に、寄り添う2つの影があった。
「このぐらいの傷って言うけど、本当に危ないところだったわよ、数センチずれたら今ここにあなたは居ない」
「球筋を読んだ」
「読めたの?」
「ああ。横が駄目なら上に飛べって、急に祖父さんの冗談を思い出してな」
「それ、お祖父さんが言ってた知恵かしら」
「かもな。生き延びるための、僅かばかりの知恵だ」
柔らかな陽を浴び、風に吹かれたギンのしなやかな毛は、銀色に輝いている。
その輝きは銀色に。 糸乃 空 @itono-sora
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