第7話

 なんつーか世の中は不平等ってか、何で神様ってのはこういう風に世界を作ってんのか疑問なとこが結構あって、なんか俺らは俺らの着地点が大体あの辺ってのが分かっちゃうわけで、それって多分ほかの外国、よく24時間テレビとかで出てくるような、目の辺りにハエがたかってる子供でも分かってて、その時点で何か俺たちはまぁぼんやりとした死刑囚なんだけど、にしちゃああまりにも待遇に差がありすぎの不平等感がありありで、好待遇な身分で言うのもなんだけど、例えるなら「どうせ死ぬから」ってことで冷暖房つきテレビつき、電話ひとつでオネェちゃんがやってくる死刑囚と、「どうせ死ぬから」ってことでもちろん前者の待遇は全く無くて、んでもって毎晩の飯が金物のボゥルに入れられた絞りたてのババアの母乳の死刑囚ってぐらいの差があって、だからといってそいつ等のために何かするだとか、人生をそっくりそのまま入れ替えるなんてことはもちろんなくて、ただ「ああむげぇなぁ」ってことを、俺らはオナニィより非頻繁に繰り返して、そのネタよりも高速で「ああむげぇなぁ」を頭ん中からデリートしちゃうんだけど、神様ってやつは実は1+1=2じゃない様に創ることも可能だったのに、なんでか1+1=8じゃなくて2なわけで、結果坊さんはバーベキュー、選ばれた民族はランプ油になっちゃってて、そこらへんが激しく釈然としないってことをこの間担任に言ったら、「給食を残さず食べなさい」なんて、お前脳みそ塩素プールで洗浄したがいいんじゃない?てくらいのトンチンかんなことを言ってくれて、しかもHRでわざわざ「今日梅原君からこんな話をされました。とても大事なことだと思います」なんてご報告してくれやがって、いやいやそんなんじゃないだろうって言いたかったんだけど、どうも俺が思うにその担任だって俺がそんなことを言いたいんじゃないってことを薄々分かってて、でもやっぱりそんなことにはうんざりしてっから、仕方ないんでそんなことを言ってんじゃないかなって思うと、この担任も実は昔は俺らみたいなやつだったんだけど、俺らみたいにやるのがいい加減飽き飽きしちゃったから、仕方なしにあんな大人をやってるんじゃないかなってことで同情してみてもやっぱり納得のいかないわけで、そこんとこをヤッスンに言ってみたら、ヤッスンは俺の肩を抱いて瞳を覗き込みながら「明日B’zの新作アルバムで語り明かそう」って真剣に慰めてくれて、いや何かもうお前、明後日過ぎて逆に正解だよ、そうだなB’zの存在こそ創造主の設計ミスだよな、毎回オリコンで1位になるもんな、もうすべて肯定してやるよ、外には天気雨が降ってるじゃないか、んでもって世界なんていずれメソメソと終わるんだ、じゃあ俺たちはゲラゲラ笑わねぇとな、分かるよヤッスン。



「何で棺桶開けないわけ」

 遠めに焼香の列を見ながら、隣でウンコ座りでしゃがんでいる牧野に聞いてみた。それに牧野は表情で「さぁ」とだけ返す。恋人でもないのに、こういったこいつの表情の機微が分かるという事に複雑なものを覚えながら、横目で牧野のタラコ色に染め上げられている髪を見た。葬式なんだからせめて黒く染め直せよとも言いたかったが、流石にオレ達が連絡を受けたのが昨日の今日ということもあって、そんな指摘も詮無きことだなと思い言うのは止めた。

「何で死んだの」

 この問いに関しても牧野は下唇をほんの少し、それこそほんの少しだけ突き出して応えた。これも「さぁ」の表情だ。そして俺はほんの少しだけ眉をあげる。「そう」の返事だ。牧野は見ていなかったが多分通じただろう。

 しかし、自分で訊いておきながら「何で死んだの」という言葉に違和感を覚える。「何で」、それは死因のことを指すのだろうか、それともあるとしたら動機の事を指すのだろうか。

「なぁ、覚えてる?」

 牧野の方はまったく見ていなかったが、「何を?」と返答したように感じたのでそのまま続けた。

「中学ん時さ、梅原の親父死んだじゃん。癌だったっけ。……あの葬式の日にさ、あいつのダチだけが学校早退して参加することになったろ。覚えてる?」

 これは一応牧野の方を見て返答を確認した。牧野は少し首を傾げていた。

「……まぁ次はその息子ってのがね、早ぇなってのがね。そもそも俺たちの認識ではさ、死ぬのは歳の順ってのがあるわけじゃない。それなのにこう早く死なれるとね、ああ、本当に人って死ぬのかってさ……」

 牧野は「ああ」という表情をしたが、本当はこんなことが言いたかったわけじゃあない。ただ、今の牧野にはこの程度の会話しか通じないだろうと思ったのだ。

 祭壇?に飾られている梅原の遺影は高校の卒業写真時のものだった。俺らの知っているあいつより少し大人びている。しかし、それでもあの遺影は今のアイツを代表するものではないのだと思うと、何だか宙に浮いている真綿を殴っているみたいでいらいらしてしまう。思えば中三の春、新入生が入学したての頃に、午前中で帰れる一年生を窓から眺めながら「いいよな一年生、もう帰れるんだぜ」と、俺がぼやくと「いいじゃん、俺たちだって一年の頃は早く帰れたんだから」ってアイツが返してきた時、もうオレはお前を見失いかけていたのかもしれない。でもさ、見失いかけたからといって、実際にこの世を去ってくれなくったっていいんじゃないのか?

 柄にもなくうだうだと考えていると、どっかの穴から何か出てきそうになったので、慌ててまたタラコ色に染め上げられている牧野の頭に目をやった。頭を染め上げてから数週間経っているのであろう牧野の頭は、根元の方が結構黒くなっている。せめて完全に染め上げろよ、とも言いたかったが、やはりこれも詮無き事だ。

 焼香の列のそばには、梅原の母親が泣き明かした様子で参拝者に頭を下げていた。少し老けたようにも見えたが、相変わらず「授業参観で人目を引く美人のお母さん」という雰囲気は健在で、これは数年前にも見た光景だ。そういえばアイツの父親の葬式のとき、なぜかあいつの父親の葬式なのに、俺たちと一緒に参列に来たクラスの女子が号泣してたな。どうしてある意味赤の他人の死で泣くのか意味が分からなかったが、今こうしてあの母親を見ていると、今度は必ず涙を見せないといけないような強迫観念にとらわれてしまう。しかし残念ながら、オレの穴から何かが出てきそうなだけであまり泣けそうにはなく、とはいえこのまま顔に表情を出さないのは気まずいと思ったので、梅原のCDを思い出すことにした。

「ホテッカウフォーニア!」

 ――ナナナナナ ナナナナナナ ナナナーナナ

 うん、何とかそれらしい顔ができそうだ。

 顔に悲しみを蓄えることに成功し、坊さんの鳴き声を聞きながら参列者を見ていると、梅原の高校や大学の友人だろう奴らも目に付いた。アイツは高校、大学ではどんな奴だったんだろうか。少なくともオレ達の見知っているアイツではなかったのだろう。あいつらは泣いている、もしくは泣きそうな顔をしている。そんなあいつらを見ていると、昔のアイツしか知らないオレにはなぜか無く権利が無いように思えてくる。いや、泣かないのは権利が無い、というのと同時に、意地を張っているというのもあるのかもしれない。アイツと俺との間の、思い出の為にも俺は泣いてはならないし、そして勿論あの棺にこれを入れてはならないんだ。

 外では丁度天気雨が降っていた。「狐の嫁入り」の時に葬式とは上出来だな、と口を軽く歪めながら、その棺桶に入れてはならない思い出を引き出した。

――溶けた金が降ってるみたいだな。いや、向日葵の油かなこれは

 ある日牧野が、勿論その時の髪はタラコ色じゃなかったのだけれど、教室から外のグラウンドを見ながら呟いた。

 外にはちょうど今日のように天気雨が降っていて、その光景があまりにも綺麗だったからだろう、オレ達は柄にも無く感傷に浸っていたのだ。

「もうやめよう」

 そしてあの時、やっぱり一緒にいた梅原は、突然何かが吐き出されるのを堪えるみたいにこの鑑賞会を終わらせようとしたっけ。ああそうだな、オレ達はこれ以上あれを見続けたら、何かもう終わらなきゃいけなかったんだ。その時のアイツの横顔が、しつこい金メッキみたいにオレの頭蓋の内側にこびりついて取れないんだよ。

「六冊かそこらの本をよく知っていたら、人はどんな学者にもなれる」て、あいつは言ってたけど、もっと言えば俺たちは、一つの瞬間で坊さんにもなれるのかもな


***

 

 母は俺を見ていたのだろうか。彼女が見ていたのは俺そのものじゃない、別の何かだったように思う。

 幼年期の頃の母との記憶で思い出されるのは、いつも母が神経質に早足で歩いていて、その後を俺がおぼつかない足つきで、置いていかれないように必死になって歩いている光景だ。もし俺が転ぼうものなら、彼女は自分の影のほうがまだ可愛げのある存在だと言わんばかりの眼差しを俺に向けてくるのだ。きっと彼女は父にもこんな眼差しを向けていたのではないだろうか、彼がとっととこの世から出て行ってしまった理由がそこにあるように思えて仕方ない。

 だから母が「アンタお父さんそっくりね」と俺に冗談交じりで言う時、その言葉はいつも俺に、俺の迎えるべき結末を連想させた。

 俺が加代子と一緒にいる理由で気持ち悪いくらい良くわかるのが、彼女が母親とは正反対の女だということだ。彼女は真っ直ぐ俺に微笑みかけ、「梅原洋人」という俺自身を好いてくれている。顔も良くないし、頭も良くない、彼女の真っ赤な髪が象徴するように、世渡りが決して上手いわけでもない。……こういうと、まるで彼女が駄目駄目みたいだな。俺は横で寝ている加代子の髪を「わりぃ」と謝りながら軽くなでた。

 俺は彼女に感謝している。彼女が俺に決心をさせてくれたのだ。俺の人生に必要なものと目的を、彼女はささやかながら教えてくれた。このことは絶対に彼女には言えないけれど、もし叶うならば俺の結末を、いつか彼女は理解して受け入れてくれないだろうか。俺はすべての肯定のための選択をしたのだから。


***

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