第2話

 どこかのおめでたい厨房が、制服を着る意味がわかんねぇからって私服で登校してるらしいんだけど、そんな奴でもぜったいオナニーはしているわけで、なのにオナニーの意味なんて全然考えてねぇだろうし、意味なんて分かんなくたって毎晩やることはやるわけで、ついでに飯だって意味がわかんねぇのに食ってるんだけど、そんな奴に限って「意味分かんない」ってことで受験勉強にはやっぱり悩じゃうわけで、しかもそんな奴は探せばどんなクラスに一人はいるもんで、ウチのクラスにも宮川っていう、私はあんたたちとは違うのよって空気を出してる生理が人一倍早く来たような典型的な女がいて、そいつも例に漏れず私服で登校してて、加えてわざわざ授業中に「二次関数なんてやって人生のなんに役に立つんですかっ」て教師に聞いてくれるんだけど、俺はそいつにじゃあオナニーしててなんかしてて何の意味になるんですかって叫んで欲しいなって思ってたら、代わりにヤッスンが「ヒロポン、俺、今日からオナニーしないよ」って宣言してきてくれて、多分俺がこの間オナニーし過ぎて死んだ厨房の話をしたのがどうも影響しているらしくて、でもそれは一日数十回もやってたからそうなったわけであって、そのことを教えてやったらヤッスンの奴は頬っぺたを桜色に染めてなんだか初恋が始まったような顔をしたから、まさかヤッスンって呆れちまったんだけど、とはいえそもそもそんなこと思ってりゃいいじゃん何で宣言するわけっ、て突っ込んだら「俺の意思が揺るがないように、お前にも知ってて欲しいんだ」って、窓から見える逆に吸い込まれて落っこちそうなくらいに澄みまくった青空を背景に、逆光がかって神々しく俺を見つめやがって、オナ禁宣言じゃあなかったら絶対かっこいいんだけど、ここら辺が改めてヤッスンで、必ず本質的には馬鹿で、でも俺は二次関数なんてとか言ったり制服着たがらない馬鹿よりも、オナ死したりする奴だとかヤッスンみたいな馬鹿を大事にしたくて、そんなことでも宣言しちゃうこいつってすげぇよなって感じで尊敬してたら、数日後にはもう「すげぇよ、レイプってあんなに簡単にできるんだ!」ってクラスで回し貸ししてるAVの話してて、お前あの宣言なんだったんだよってのもさることながら、いやそんな簡単にレイプなんかできねぇからあれ演技だからって注意してやったら、赤い実弾けちゃったって具合にまたほんのり頬っぺたを桜色に染めて、何でかすごく温かい笑顔を俺に向けてきて例のごとく「へへへのへ」って鼻の頭を人差し指でかくもんだから、ああこいつそういや馬鹿なんだっけって思って笑っちまったんだけど、そんなヤッスンの後ろで宮川がヤッスンを不潔なものみたいに見てやがったから、「ああ、でも宮川なら簡単にやらせてくれるかもなぁ、あの髪型なんてもうやられちまった後みたいじゃん」って宮川に聞こえる感じでヤッスンにアドバイスしたら、宮川の奴、次の日から数日間学校休みやがった。ヤッスン、俺のせいか?



 オレがヤッスンだった中学時代、大きな事件もなければこれぞ青春だと誇れるようなイベントもなかった。そんな中で、オレの中学時代を他と違うものにしていたのがヒロポンだった。いや覚せい剤をやっていたわけではなくて。運動神経が抜群だとか、すげぇ頭が良いだとかではなく、それなのにあいつはオレ達と何か立ち位置が違っていたような気がする。オレ達は俺達の着地点がなんとはなく見えている。それは同じクラスの奴らだって同じで、あいつらはあいつら自身の着地点はなんとなく見えるし、オレの着地点も何とはなしに見えている。けれどそんな中、オレはヒロポン、梅原の着地点だけは見えなかった。いや違うな、あいつは突然、何というか着地「点」ではなく、また別のどこかに行き着くんじゃないだろうかという予感、それはオレに何かしらを期待させてくれることもあったし、不安にさせることもあるものだった。

 あいつはオレたちがドラゴンボールとかスラムダンクとかで騒いぐ一方で、他と違う漫画を見ててそれを俺に教えてくれたりしていた。たまに本の時もあったけど、さすがにそれは退屈されると思ったんだろう、オレに教えてくれるようなことはなかった。それだけじゃないな、音楽、映画、食い物とかも好みが違っていたような気がする。だけど梅原とオレは話が合わないわけではなく、やっぱりゲームの話なんかも人並みにするし、オレが当時の安室奈美恵とやりてぇとか言ったら、「音楽プロデューサーになったら?」とまじめに相談に乗ってくれるような奴だった。

 あれから梅原からの連絡はない。でも梅原と話をして、一体何を言えばいいのだろうか。たぶん同窓会の誘いだろうが、その前後をカバーする会話がまったく思い浮かばない。オレたちの別々の時間は多分もう長すぎる。


「舛添さんって、中学時代どんなでした?」

「どんなって?」

「……いや、どんな中学生だったのかなぁって思って」

 オレの「一応の」勤め先であるカード会社の昼休み、職場の先輩「主食は研修生」の舛添さんに、一緒に昼飯を食いながら聞いてみた。

「普通だよ。良くも悪くもない」

「といいますと?」

「不良じゃなかったし、優等生でもなかったね」

「……なるほど」

 舛添さんはアンパンとオレンジジュース、ツナマヨネーズのおにぎりという、食い合わせの悪い昼飯だった。

「つぅか、ほとんど覚えてないな。高校はまだちょっと覚えてんだけどね。基本大学生のときのほうがやっぱり記憶には残ってるよ」

 そう言うと、舛添さんはおにぎりをオレンジジュースで流し込み、オレはそれを見て少し気分を悪くした。

「じゃあ、中学校の頃の友人とはもうあまり付き合いは無いんすか?」

「そうだね。……なんで?」

「いえ……」

「お前こそどうよ、安河内?厨房のときはどんなだったの?」

 オレは片手でスティックパン(105円)を握ったまま考えた。

「どんな……、変わった友人がいましたね」

「まぁ、変わった友人は誰しも持つけどね、人生の中で。どんな奴だったの」

 どんな?改めて説明すると難しくなってしまう。着地点が違うというと変な顔をされるだけだし。

「変わった友人、で、安河内は逆に普通だったわけだ」

「同じですよ、舛添さんと。良くもなく悪くもなく」

「不良じゃなく?」

「はい、オレらの時代にはもう流行ってなかったっすね」

「部活は?」

「帰宅部です」

「で、そのお前と対比してそいつは?」

「……変わった奴でした」

 はぁ?と舛添さんは呆れた顔になってしまった。まぁ、仕方ない。

「いませんでした?なんか理由はないけど、違って見えるやつって。頭良いでも運動できるでも、顔が良いってわけでもなく……」

 舛添さんは「分かるかも」と思案はしてくれたが、あまりピンと来なかったようだ。

「なんで?」

「はい?」

「なんで急に中学時代のことが気になったわけ?」

「いえ、それが……」

 着信履歴のことを話すと、舛添さんはおにぎりを食べたばかりの口に、次はアンパンを放り始めた。

「ふうん、間違え電話とかじゃない?」

「ああ、そうか。それも有り得ますね。コールバックしても出ないわけだ」

「……つうか、お前またそれ食ってんのね、貧乏パン。飽きない?」

「やめてくださいよ、そんな言い方。この子にもチョコチップスティックって名前があるんですから」

 舛添さんはニヤニヤ笑い、オレも笑い返した。そんなに面白くもなかったが。

「バランス良いもん食っとけよ、すぐにおっ死んじまうぞ」

「大丈夫ですよ、心配せんといて下さい」


「電話よ」

 自宅に帰って2chのジョジョスレを閲覧をしながらニヤニヤていると、お袋がノックもせずに部屋に入ってきた。アダルトサイトを観てなくてよかった。

「誰から?」

「梅原君のお母さん。ほら、あなたの中学校の頃の友達の……」

 同窓会の誘いだろうか?お袋から受話器を受け取り、どうせ聞かれても問題のない話だろうと、ドアを開けたまま受け答えをした。

「もしもし代わりました、安河内啓介です……」

「どうも、ご無沙汰しております。梅原洋人の母です……」


 梅原のお袋さんと話した後オレはしばらく放心状態になり、いい感じでノックアウトされたボクサーみたく、綺麗に布団の上にダウンした。自分でも分かるくらい嫌な溜め息を出すと、ゆっくり体を起こして押入れから中学校の卒業アルバムが入っているダンボール箱を引っ張り出した。何も考えずぶっきらぼうに引き出したせいで、ダンボール箱の上に置いていた扇風機が打楽器みたいに派手な音を立てて床に転げ落ちる。

 埃がこびりついた卒業アルバムの自分のクラスのページを開き、梅原の写真を眺めた。まだニキビの跡が残っている、よく日焼けしたありきたりの中学生の顔だ。数列離れたオレの顔も同じ顔をして笑っている。

「まじか……」

 梅原の顔を眺めながら結構大きめにつぶやく。

 突然の悲報だ、梅原が死んだ。

 やっぱり体にうまく力が入らず、ぞんざいな感じで他に中学時代のモンがないかと押入れを探ると、昔梅原から借りた本が押入れの底に落ちていたのを発見した。ブックカバーをしてあって、めくると『ドン・キ・ホーテ』と書いてあった。一度だけ梅原に本を貸してくれと頼んだときがあって、そのときに借りたもんだ、確か。借りっぱなしになってたんだな。普段は梅原から本を借りたりはしなかったんだが、あの時は何となく『ドン・キ・ホーテ』という言葉を知ってて、これくらいならオレでも読めるんじゃないかって借りてみたんだ。今思うと、本当はどこか怖かったのかもしれない。何か梅原がすげぇスピードで、オレの知らないようなどっかに行っちゃうんじゃないかって。だから少しでもあいつの何かに触れようと、本のひとつでも借りようと前々から思ってたのかもな。でもやっぱり借りたこの本は、ジジイが出てきてひたすら殴られてるだけの、おじいちゃん子だったオレにはなかなか耐え切れないし、理解できない内容だったから、すぐに読むのをリタイアしちまったんだ。本をよく見ると折り目がしてある箇所が所々ある。そこを開くと、「あの時代を我々が黄金時代と呼ぶのは、決してあの時代に今は手に入りづらい黄金が容易に手に入ったからではない。それはあの時代には未だ『俺のもの お前のもの』という言葉が我々に存在しなかったことに起因する。」と書いてあった。アイツらしいな、意味は分からないけど。

 携帯を手に取ると、梅原と同じく、長いこと連絡を入れていない当時の友人に連絡を入れた。こいつは確か高校の頃引っ越したから、卒業アルバムからじゃあ連絡先が分からないはずだ。梅原の母親は連絡を入れていないかもしれない。携帯電話を手に取り、メモリから同級生の名前を探った。 

ママママ……、牧野。

 この牧野ってぇ奴はオレたちの中でも、特に不良グループと仲のいい奴だった。とはいっても不良なんてもう流行らないなんてことはうすうす分かってたから、付かず離れずといった感じで、牧野は独特の立場を保っていた。女にはそこそこ持てる奴で、一度他のクラスの女子から「どうやったら牧野君と友達になれるの?」と聞かれて俺が困ってしまうこともあったぐらいだ。

 ワンコール、ツーコール、スリーコール……、こりゃあ出ねぇかな。

『こちらは留守番センターです、おかけになった電話番号は現在……』

「……もしもし?」

 不機嫌そうな感じで加藤が電話に出た。

「ああ、牧野?今大丈夫?」

「ええっと……、誰?」

「……安河内だけど」

 こいつ……、俺の連絡先登録してなかったな。

 牧野に梅原の件を話すと、あいつは絶句したのだろうか、しばらく黙っていた。

「牧野?」

「ああ、で、いつよ」

「通夜?」

「そ、」

 相変わらずこいつの台詞は短すぎてややこしい。

「明後日だよ」

「明後日……か。ヤッスンは行くの?」

「オレはな、都合つけるよ。お前は?」

「俺もそうする。それよりこれから会えない?」

「ああ、いいけど?」

理由は聞かなかった、なんとなくオレも同じ気持ちだったからだ。

 オレ達の同窓会。こんな始まり方はねぇよ、梅原。

 ふと視線を床にやると、中学の修学旅行のときの写真が落ちているのに気づいた。卒業アルバムに挟んでいたやつが、出し方が乱暴だったんで落ちたんだろう。写真には学校指定のダッサイ赤ジャージを着て、胸にはデカデカと名前の入ったゼッケンつき、ムッサイ中学男子が、脂ぎって赤茶けたニキビ面を何の遠慮もせずにすり合わせて仲良く写ってる。ミスチルの影響で、もっさりとしたサラサラヘアーのオレ、その当時は地元で流行ってた「はずの」ツーブロックの牧野、そしてスポーツ刈りがちょっと伸びた程度の梅原。この頃は未来も何もなかったオレたちは、横並びで笑いあってる。


***


「東京オリンピックの頃まではさ……」

「なに?」

 座椅子代わりのつもりなのだろう、胡坐をかいている俺にもたれ掛っている加代子が、俺の顔を見上げて覗き込みながら人の言葉を遮った。

「東京オリンピックって?」

「1964年にやったオリンピックだよ」

 父親が子供に教えるように、俺は軽く彼女の頭を撫でながら東京オリンピックの説明をする。最近の子は東京オリンピックというと、今誘致中のやつを思い浮かべるようだ。

「へぇ、東京でオリンピックとかやってたんだ……」

「うん……。で、その頃まではさ、金メダリスト何てのは、あくまでそのオリンピック上での一番だったんだ……」

「今とどう違うの?」

 つくづく加代子は人の話を遮るのが好きらしい。とはいえ、それは人の話に本当に興味を示しているということの表れでもあるので、そこまで俺は不快には思わない。

「今はさ、100m走で金メダルを取ること、イコール世界で一番足の速い奴ってことじゃない。でもさ、その頃はまだ世界に『外部』があったわけ」

 『外部』という言葉に違和感を感じたのだろう。今度は俺の言葉を遮る代わりに、加代子はほんの少し困ったようの顔をした。

「つまりね、その当時の人達の認識としては、確かに今舞台ではどこそこの国の金メダリストが表彰されているけど、本当はまだ世界のどこか、例えばアフリカの奥地なんかにはまだこいつよりも早い奴がいるんだっていう、何ていうのかな……自分たちが知っている世界ってのは世界のすべてじゃないっていう発想があったんだ。世界地図にはまだ載っていない、未踏の小島なんてのもまだあるって考えられていたんだ」

 加代子は俺を見上げるのをやめた。退屈なのだろうか、はたまた首が疲れたか。

「『外部』っていうのはそのまま『可能性』ってのにも置き換えられるかもしれない。……ロックフェラーだったかな、この世には人間が消費し切れないほどの資源と土地に溢れてるって言ったのは。今じゃあリリカルな幻想だけどね」

 『可能性』という言葉に反応したのだろう。加代子はまた俺の顔を見上げた。その加代子の顔を覗き返し俺は微笑む。

 社会の成長と個人のそれは、この点においてよく似ている。俺たち自身も未成熟だったあの時代には、此処ではない何処かを常に期待できたのだ。でも、だからといってあの黄金時代に人類は後戻りできないし、俺たちの自意識もあの時代に戻ることはできない。ユナボマーっていうテロリストが、「人類は文明レベルを産業革命以前に戻すべきだ」と犯行声明を出してそこんとこを無理に戻そうとしたらしい。気持ちは分かるが殊勝なことだ。

「……退屈?」

 そう言った俺に対して加代子は俺の腕を取り、シートベルトみたいに自分の体に軽く巻きつけた。小学生並みに体躯の小さい彼女には、俺の腕は簡単に回ってしまう。

「何かぶっ飛んでて良い」

 目をさすくらいに髪の毛が真っ赤な加代子に、「ぶっ飛んでる」って言われることが妙に可笑しかった。

「で、今はその『外』が無いって言いたいの?」

 興味が無かったと思いきや、核心をいきなり付いてくる。こういうところが加代子の魅力なのだろう。しかしオブラートに包みながら話そうと思っていたのに、結論から迫られてしまったので、言葉に困窮してしまった。それを見てとったのか、彼女は俺の巻きつけた腕を更にきつく自分に巻きつけて「の話もの話もいいよ……洋人。」と呟いた。

 確かに、過ぎ去ったことをとやかく言っても、まだ訪れていないものを心配してもしょうがないな。

 

***

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