GOLDEN!!!

鳥海勇嗣

第1話

 夢の中で電話ボックスで電話をかけていた。周囲は電話ボックスが放っているうす緑色の光で照らされている箇所がかろうじて見えるだけで、本当の暗闇だった。暗闇の中に電話ボックスが浮いているのだ。受話器を握っているのだが、誰と話しているのかまったくわからない。そもそもこの夢は、受話器を握った形で始まったからだ。受話器を握ったままで外を眺めていると、中学時代の友人が暗闇の中から現れ電話ボックスを横切った。友人はこちらに気づかず、そのまま電話ボックスを通り過ぎる。外に出てそいつに話しかけようとするが、片手では上手く電話ボックスの扉が開かない。受話器を放せばいいのに、片手は受話器を離してはくれない。そうやってもたついていると、友人はそのまま暗闇の中に消えてしまった。



 俺のダチで安河内、あだ名でヤッスンって奴がいんだけど、何つーかそいつがかなりの馬鹿で、どれくらい馬鹿かっつーと基本馬鹿にそのまた輪をかけたぐらいの馬鹿で、もう制服着た性犯罪者って表現したほうが良いじゃねぇのってくらいの馬鹿で、でもそんな奴でも制服を着てるから許されるようなところがあって、そう考えると厨房ちゅーぼーの制服には何か不思議な力があるとしか思えないんだけど、まぁとにかくそいつと一日いたらアゴの間接が痛くなってくるくらいそいつの行動に関して突っ込まなけりゃいけなくて、でもなぜか俺とヤッスンはしょっちゅうつるんでて、そのせいで俺もクラスメイトからは性犯罪者の片割れに見られてて、つか本当は厨房なんざ制服を着た性犯罪者って言う表現のほうが似合ってるって俺は思うんだけど、とにかく週二で職員室に呼ばれるは好きな女子からはキモイ奴呼ばわりされるはキモイ女子からは告白されるは、それは関係ないんだけど、とにかく俺の毎日は退屈しない代わりにマジ面倒が多くて、その原因の7割ぐらいがやっぱりヤッスンがらみで、そしてそんなヤッスンがクラスの中心にいるもんだからうちの学校のトラブルの大半がうちのクラスがらみで、そのうちのクラスの大半のトラブルがヤッスンがらみで、そんなヤッスンはかなりの馬鹿でってこれは言ったか、んでどんなトラブルが日々絶えないかっつーとある日ヤッスンが「ヒロポン、俺、保健室の先生をレイプしたい」って俺に言うもんだから、俺は一応良識的に「あんな母親の作った弁当に入っているミートボールみたいな顔した奴のどこがいいんだよ」ていさめたんだけど、なんでかヤッスンは照れたように鼻の頭を人差し指で「へへへ」って感じで掻くもんだから、「そういや、こいつ馬鹿だったっけ」って思って、「そんなことやって、捕まっちまったらどうすんの」って確認したら、いつもの独特の口調で「大丈夫だって、心配すんなよ」って肩たたきながら説得してくるもんで、仕方ないからヤッスンの保健室の先生のレイプし?レイプり?を手伝うことになっていざ保健室に行ってみたら、保健室登校とか言うウザイ奴らが保健室を陣取ってたんで、ヤッスンが保健室の真ん中で『追い出しの歌』、性器をリズミカルに連呼し続けるだけなんだけど、それを歌い始めて、俺は俺で小学校から知ってる奴もいたんで「お前のあだ名って確かパンパース白石だったよなぁ、授業中にしょっちゅうトイレに行ってたから」ってな具合にそのときの事をネチネチと嫌みったらしく言ってたら、ものの10分と経たないうちにそいつらは居なくなってくれて、保健室の先生も先生で俺とヤッスンを叱ればいいのに保健室に来る子はみんな被害者だなんてバッカな思い込みがあるもんだから、俺とヤッスンを可哀想な子って感じで扱ってくれて、いや実際そうかもしれないんだけど、まぁとにかくヤッスンのお膳立ては済んだんで取り敢えず俺が「ごゆっくり」って感じで保健室から出たら、数秒後に「安河内君止めなさい!」って良い感じで悲鳴が聞こえてきたんでドアのガラス越しに中を見てみると、ヤッスンが保健室の先生の、もうメンドクサイから略してホセで良いや、ホセの白いブラウスのボタンの部分を引っつかんでいて、それをホセが無理に振りほどこうとするもんだから「プチプチ」って茹でたてのエビの身を剥いたみたいに新鮮な音を立ててそれが弾けて、それを見てた俺はひたすら外でゲラゲラ笑ってて、慌ててホセがブラウスを抑えながら保健室から逃げ出そうとすんだけど、もちろん俺が扉を足で開けないように抑えているわけで、それを知ったホセは「梅原君開けなさい!梅原君!!」ってロウバイすっから余計に俺は面白くてゲラゲラ笑いまくって、いやホント何か昔観た映画で言ってたけど「笑うときには世界と一緒」って台詞が似合うくらい自分たちが、もちろんホセも一緒に、世界の中心にいるみたいに錯覚しちまって、この笑い声が世界の皆に届いて世界中の奴が、それこそチベットとかで自分をバーベキューにしちまった坊さんとかも幸せにならねぇかなってぐらい力いっぱい笑ってたら、さすがに職員室にまで俺の笑い声が届いたらしくって、結局ヤッスンの計画は台無しになっちまったんだよな、これが。ごめんよヤッスン。


――誰かに呼ばれたような気がして我に返った。なるべくなら意識をとばしていたい通勤電車の中、周りを見渡したがやっぱり気のせいらしい。そりゃそうだ、中学のダチ以外で、俺のことを「ヤッスン」だなんて呼ぶ奴はいないわけだし。高校の頃は安河内を縮めて「ヤス」とはいわれていたけれど、さすがにそれだとヤーさんみたいになってしまうんで、その言われ方も高校を卒業したらされなくなってしまった。

 戻ってきた意識を紛らわせようと吊り広告を眺めると、そこには一昨年アキバで人を殺しまくった奴のことを特集した週刊誌の見出しが載っていた。どうも犯人はオレと同い年の奴らしい。オレが中学生だった頃には、同年代のやつが事件を起こせば、それが凶悪であればあるほど、大人たちなんかは「あんたは大丈夫なんだろうね」何てことを言ってたものだが、もうこの歳になったらさすがに同い年だからということでつべこべ言ってくるやつはいやしない。「二十歳過ぎればただの人」ということだろうか。悲しいもんだ。同じ車両内の優先席には、スーツが皺くちゃになっている酔っ払いっぽいおっさんが、シートに深々と座り込んで独り言(どうも会社の悪口らしい)を割とでかい声でぼやいてて、おっさんの周囲の席は空いているにもかかわらず誰も座ろうとしなかった。「大丈夫だって、みんな分かってるから気にすんなよ」と、整髪料や皮脂なんて構わずに頭を撫でてあげたくなってくるのは絶対にオレだけだろう。オレがEカップの美人なオネェチャンなら、マザーテレサみたいな慈しみをもって、この車両の疲れの全てを抱きしめて癒してあげるところだ。でもオレは単なる26歳(♂)なので決してそういうことはしない、絶対しない。もう完全に無視を決め込む。

 妄想も飽きて見るものも無くなり、仕方ないのでぼんやりと窓の外、というよりも窓そのものを眺める。窓は外が真っ暗なおかげで、会社での作り笑いと甲高い営業トークで神経だけが消耗したオレの顔をとてもよく反射してくれている。偽善を身につけ人を騙し、騙してないよと自分を騙し、騙された自分でまた人を騙す。世界はこんな偽善と欺瞞で満ち溢れているのだ、なぁんて憤る暇もなく自分の財布と将来の心配をするのが今のオレ、早く正社員にならないと。そっちの切羽詰った欲求の方がオレにとっては切実なのだ。スーツで靴下履いたまま寝れるような大人になったんだから、今更ナイーブぶっても仕方がないのである。

車窓の外の暗闇に、公園の電灯で照らされた桜がポッカリ浮かんでいる。そうか、もうそんな季節か。春、始まりの季節。20過ぎたら始まりなんてものももう意識しなくなってしまった。思わせぶりに咲いて、結局何もありませんでしたよと散っていくのだからあいつらは。

 地元の駅に着くと、まっすぐに帰らずにコンビニによって立ち読みをする。いつもの習慣だ。昨日は水曜だからマガジンとサンデー、今日は木曜だからヤングジャンプとモーニング、そしてチャンピオンが商品棚に並ぶ。気付けばオレは週刊誌で曜日を数えるようになっていて、それが俺の帰宅までのささやかな楽しみになっていて、かといってその週刊誌を買うようなことは決してない。そんなんだから、いい加減このコンビニの店員もオレのことを覚えちゃってて、雑誌を買わない代わりに申し訳程度の発泡酒とつまみを買ってくんで、「発泡酒」なんて渾名を付けられているのかもしれない。ドリンクコーナーに行くために通り過ぎる雑誌コーナーの成人雑誌は改めて自分の年齢を痛感させる。中学の頃はあんなにエロ本とやらにときめいたのに、今ではオレの何も反応しなくなってしまっていて、こいつらときたら商品棚を飾る肌色のお花畑にしか見えなくなってしまっている。いったい誰がオレの純情を奪ってくれたのやら。

 自宅に戻った後、疲れた体を少し休ませようと、すえた匂いが鼻をくすぐる自室の布団の上に体を投げ出した。年々体から疲れが取れるのが遅くなっている気がする。17からタバコを吸い始めて、ハタチ前には本格的に酒を飲むようになった。体の内部にべったりと張り付いたタールのような疲れ物質(そんなものが存在すればだが)が、一日寝たぐらいじゃあ取れなくなってきてしまっている。中学校の頃なんて昼休みにサッカーやって、体育でバスケやって、放課後は仲間と一緒に離れた町まで自転車で遊びに行ったものだが、今考えるとそんなことをしていた自分に寒気がする。AVでも観ようにもそんな気力も残ってやいやしない。性欲に睡眠欲が勝るようになってて、そんな若さと引き換えに手に入れたものといえば愛想笑いくらい。上司曰く、オレは愛想笑いがとても上手いらしく、清掃のおば様方数名にはオレのファンがいるとのことだった。うれしくねぇよ。オレはこのまま磨り減って、ゆっくりと先の見えない下り坂を下っていくだけなのか。それに抵抗したくとも、自分がどういう手段を持って坂を少しでも登っていいのか分からない。少しずつ、垢と同時に皮膚までも、ボロボロ崩れ落ちてだんだんと損なわれていく気分だ。

 高校を出てから何もやることが見つからず、「取りあえずリーマンにはなりたくねぇな」と啖呵を切ってアーティスト(笑)を目指し、イラストレーターの専門学校に通い、年間百万くらいを親に負担させた。にもかかわらず結局何一つ実りがなかったので、せめてもの罪滅ぼしにと実家にバイトで稼いだ金を入れていたらダラダラ時間ばかりが過ぎて現在に至り……、リーマンにはなりたくねぇなどころじゃなくて、リーマンにすらなれない現状だ。まぁ、その専門学校に行った最大の収穫というのが、自分には才能が無いという事が分かったという一言に尽きるだろう。何だかんだいって、このサイズがオレには一番見合っているんだろうな。「どんな最低な娼婦でも一つの経験になりうる」、中学の頃のダチの言葉だが、多分何かの引用だろう。そういやその中学時代、理科だか社会だか、要するに目立たない教科の教師が授業の合間に「君たちは河原の石のようなものだ、転がっていくことで角が取れ、洗練された存在になっていく」とか何とか言ってたっけな。あの教師の言っていたとおりに角は取れたけれども、果たしてこれが洗練かどうかは……、どちらかというと去勢されたという表現のほうが適切のような気がする。何とはなしに顔を上げ部屋の真ん中にあるコタツ台兼ちゃぶ台に目をやると、どこかの宗教団体のパンフレットが置いてあるのに気づいた、まったく。そのパンフレットを丸めて掴み、廊下を出てすぐのばあちゃんの部屋に怒鳴り込む。

「おばあちゃん、オレの部屋に勝手に入んないでって言ってるでしょ。しかも何でこんなパンフレット毎回置いてくの?なんか意味あんの?もう、おばあちゃん騙されてっから。返してきなよ」

 襖を勢いよく開け部屋に入り、NHKのニュースを見ていたのだろうばあちゃんにそのパンフレットをつき返すと、ばあちゃんは「ごめんよ、ごめんよ」と、とりあえずオレが怒っているので何だか意味も分からなかったにも関わらず平謝りをした。一体ばあちゃんは俺に何を伝えたいのだろうか。たまにオレの部屋に入っては意味の分からない物をちゃぶ台の上に置いていくのだ。以前置かれていたのは、開運のブレスレットを紹介したチラシで、しかもその後、業者が捕まってるようなやつだった。けれど、今日ばあちゃんを責めた所で、どうせ明日にはまた違うものがちゃぶ台の上にのるんだろうな。頼むからばあちゃん、オレ、プーとかじゃないから、契約社員ていっても一応生産性のあることしてますから、恥ずかしい孫を持った何て思わないでよ。いまどき宗教だのにすがって何とかしてるほうが問題だからさ。地下鉄にいろいろ撒かないだけでも感謝してよ、もう。

 うんざりしながら部屋に戻ると、布団の上の携帯のランプが点滅しているのに気づいた。着信履歴を見るとディスプレイに『梅原』と表示されている。オレにやたら格言を伝授してくれた、「最低の娼婦」の中学校時代のダチからだ。成人式で顔を合わせた時に電話番号を交換し、それ以来はまったく連絡がなかったのだが。40秒前に着信があったようなので、コールバックをしてみる。

 『おかけになった電話番号は現在電波……』

 留守電になる前に電話を切った。用事があればまたかけてくるだろう。

 しかし、面白いもんだ。よりによってあいつのことを思い出した途端に、あいつから連絡がくるとは……。

 梅原洋人、通称・ヒロポン、誰が呼ぶでもなくそうあだ名がづいていた、オレの中学時代の悪友。

 正確にはオレが付けたあだ名だが。


***


 「人生で最後の晩餐は何にするか」という類の質問がよくあるけれど、それならと、人生の最後に電話をするなら誰になるかという質問もあってもいいようなものなのだが、不謹慎だと思われるのだろうか、こういう質問はあまり耳にはしない。ハイジャックされた飛行機の乗客のように切羽詰った状況なら、家族に連絡を入れる人間がほとんどなのだろうけど、じゃあぼんやりと終わっていく人間は、最後誰と話そうとするのだろうか。


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