第4話

 俺らの時代は丁度『不良』もしくは『ヤンキー』というものが絶滅危惧種に指定されたばかりで、俺らは溜まった何か、多分破壊衝動に置き換えられた性欲をうまく消化できないでいて、『不良』と一緒に食物連鎖を形成していた『熱血』も同時に絶滅の危機に追いやられていたから、部活も同様に衝動のはけ口にはなってくれず、とはいえ『時計仕掛けのオレンジ』みたくウルトラバイオレンスとやらに身を投じる程俺らは無神経でも溜まっているわけでもなかったし、かといってガリ勉君になって高学歴を目指すにはバブルがはじけてエヴァンゲリオンが流行過ぎていたし、だからって盗んだバイクで走り出すのだってファッションぐらいにしかならなかったし、反抗するには教師たちは去勢されすぎていて驚くほど俺らには何にもなく、同い年の奴が子供の首を切って校門の前に飾ってテレビとかで『十四歳』だの何だの騒いで世間が俺らを奇異な目で見たところで、母親の「あんたにはできないでしょ、根性ないし。」という言葉が一番的を射ていたし、隣の隣のそのまた隣ずっと隣の県の厨房と一緒くたにされても困るわけで、「今中学生が危ない」なんてテレビや新聞で言ってくれてたって、その「中学生」って一体どこのどいつよって苦笑いだし、どっちかっつうと俺たちの話の種になってたのは犯人が同い年ってよりも、あれだけ散々テレビで犯人探しの推理ゲームやってたにもかかわらず全然外れてることのほうで、犯人は40代の中国語マスターした人間だとかいってた大学の教授とかもう仕事辞めろよって笑ってたんだけど、ヤッスンがさっきトイレから帰ってきた時妙に艶々してっから、「どうしたんだよ」って聞いたら、「百瀬の奴、今日ブラが制服から透けて見えてんだよ、色が濃いいから。辛抱たまんなくってさ、だからさっきトイレで……」ってすっげぇ嬉しそうに肩組んで興奮しながら言いやがった。前言撤回、今中学生は危ないです。もちろん手は洗ったよな、ヤッスン?その手についてる白いクズは何だ?気にすんなだって?気にしないわけねぇだろ。



「まさかこういう形で同窓会とはね」

 牧野は何も答えないが、こいつは昔からこういう役回りだ。

「成人式のとき以来か」

「多分」

 オレ達は「多分」というのが多い。一番多用してたのが牧野だったから、仲間に伝染したんだろう。

「牧野さぁ、成人式のとき梅原に会った?」

「ああ」

「どんなだった?」

「……お前会わなかったの?」

「いや、オレも会ったんだけど、お前の目からあいつがどう見えかってのがさ」

牧野は「ああ、なるほどね」と表情で伝えて、「別に、少し太ったかなってくらいだよ」と言った。

「そうか」

 そうだ、あの成人式のとき、もうあの時にはオレ達の時間は別々の方向に進みすぎていたのかもしれない。取りあえずの地元公立だったオレ、何とはなく地元の私立に行ってその後中退した牧野、そして県内でも屈指の進学校に進んだ梅原、お互いの何かの変化に気づくには、もうオレ達自体が変わりすぎていたんだろう。それはオレ達だけじゃなくて、周囲もそうだった。結婚して子供を抱いている奴(しかも同じ小学校の学区内の相手と)や、自分探しが終わらずなぜか全国区のテレビ番組に出演していた宮川、しかもそこで自分が中・高学時代に制服を着なかったことを自慢げに話していた。で、高校中退だけど大検受けて司法試験を目指すのだという、まったく何の影響なのか。保険医の飯塚は、旦那もちだったにもかかわらず、男子生徒とやることをやっちまったらしく、裁判沙汰になっていたということだった。そんなことするのなら、オレにも一発……いやなんでもない。つまり他人の人生はジェットコースターみたいに早くて、それって裏を返せば他人から見るオレの人生も早いわけで、オレたちは分岐点を選んでから、ものすごい勢いで離れ離れになったってことなんだろう。

 ――タバコ吸うんだ

 市民会館での式が終わって、そこに付設した体育館での懇談会、テレビなんかでは「荒れる成人式」みたいなのが報じられていたが、オレの地元では大事もなく、どこにでもいる振袖姿の女とスーツ姿の男、紋きり袴の貸衣装にドレッドを決めている一部の目立ちたがりがいるだけだった。

「ああ、梅原は吸わないの?」

「体に悪いよ」

「そいつぁどうも」

 オレはそんな健康第一な梅原を少しおちょくろうと思ったが、あいつの親父が中三のころ癌か何かで死んだことを思い出して口を噤んだ。

「ヤッスンさ、最近どうよ」

「最近?取り立てて」

「何やってんの?」

 少し梅原の言葉にイラつきが見えた。

「専門」

 大学行ってる昔のダチに「専門」か……。

「何の?」

「絵」

「いいじゃん」

「どうも」

 人の気も知らないで梅原は満足そうな顔をしていた。オレはもうその頃には自分に見切りをつけていたときだったから、そんなところでオレに期待する梅原についムカついてしまった。親だってオレに期待してないんだ、頼むから赤の他人のお前がそんな顔しないでくれ。

「大学はどうよ?」

「……きいてたんだ」

 梅原はあまり聞いて欲しくないものに触れられたような顔をした。相変わらずオレに対しては簡単に読まれる顔をする。

「梅原が大学入ってすぐにね。大騒ぎだったぜ、S大だろ。ここら辺でそんなところ行くっつたらそりゃあね」

「まぁ、うちの高校でも数年なかったらしいからな」

「たいしたもんだぜ」

「でも一浪だぜ」

「オレは十浪しても無理だね」

 オレはいつからこんな皮肉交じりにダチに投げかけるようになったのか。ふと見た梅原の表情は少し翳っていた。オレは誤魔化すように、紙コップの味の染み込んだ温いビールを流し込む。オレたちの向こう側では、元不良グループが一気飲みをしながら馬鹿笑いをしていた。どうも間が悪い。

「何勉強してんの?」

「ああ、社会学を専攻してる。あとフランス語やってたら面白くってさ、そのままフランス文学とかもかじってんだけど……」

「で、なにやってんの?」

「え?」

「将来どうすんのってこと」

 何イラついてんだろうな、オレは。中学時代はあんなに話の合った梅原がわけの分からない世界の話をしているのにか、自分なんかがぜんぜん手が届かないところに行ってるからか、今の自分が報われないからか、自分で分かるくらい嫌な奴になってて、それが自分でも止められない。

「ああ。もっと勉強したくてさ、大学院に行こうと思うんだ」

「ふぅん」

「その後、うまくいったら大学で教えたいなって……」

 梅原には悪いが、やっぱりオレには関係ない世界だ。余り興味を持って聞くことができない。

「……でも、なんだかんだいってあの頃が一番楽しかったよな。俺とお前と牧野で馬鹿やって……」

「そうか、あんまり覚えてないな」

 梅原は言葉にならないくらい小さく「そうか」とささやくと、もう何も言わなくなっていた。

「梅原くーん」

 中学で同じクラスだった女子が梅原を呼んでいる。まぁいってみりゃあオレらの中学の英雄さんだからな、お話でもしたいんだろう。

「呼んでるな、……ちょっと行ってくる」

「じゃあな」

 オレは何であの時、今生の別れみたく「じゃあな」なんて言ったんだろう、何で手を振ったんだろう。あの時振った右手でオレはジョッキの取っ手を握り締めた。


***


「……小説はトルストイやフローベールを読むね。小説じゃないけどT・S・エリオットも結構好きだよ。音楽はIggy Popとデヴィッド・ボウイ、ヨーコと出会う前のレノンの楽曲とかをよく聴くね。邦楽で聴くのはBLANKEY JET CITYと一昔前のボニーピンクぐらいかな(笑)。勿論クラシックも聴くよ。日本ではカラヤンが人気かもしれないけど、僕はあくまで個人的にだけどバーンスタインの方が好きなんだ。カラヤンを知っていてもバーンスタインを知っている人が少ないから残念だよ……。梅原君だっけ、君はどんな音楽聴いてるの?」

「B'z」

 こいつは本気で殴ったらどんな悲鳴を上げるんだろうか。この教室にいるのは教授を含めて20名弱、やっぱり全部殴り終わる頃には拳は傷むんだろうな。息切れの肺胞の痛み、拳のそれ。無くしたのはいつごろだっただろうか。


***

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