第3話:カスミソウの花束

彼は食事の時に私達家族に対して挨拶をした。


彼の名前は神崎融。

「カンザキトヲルです。宜しくお願いします。」とたどたどしい日本語かと思いきや、流暢な話し方で言った。

向こうでは、トールと呼ばれていたらしい。

北欧神話の何かの神様の名前を報復させた。

母から、「トヲルに着付けといけばなを教えて欲しい」と頼まれた。

これ以上面倒ごとには関わりたくない。それが私の答えだった。

週2回教えるだけで、いいから。母の言葉に私は折れた。

家族のピンチに何もできないのは忍びない。

私が出来る事ならば何かを手伝わなければいけないのかも知れない。


茶室に入って、いけばなを教える。

私はいけばなをする時間が好きだ。

花と向き合う事で、自分の心が整理されたり、研ぎ澄まされたりする感覚がある。

その時ばかりは何もかも忘れられるのだ。

その時間にトヲルもいるようになるのは少し残念に思えた。


レッスンが終わって、片付けをしていると、トヲルが言った。

「千花って千歳を愛しているんだね。」

私は咄嗟の事で上手くそれに対処出来なかった。

走り去る様に自分の部屋に入った。

私の態度は会ったばかりの人間に分かる程。そんなに見え透いたものであったのだろうか?

両親や千歳はその事に気が付いているのか?

私は恥ずかしいのと悲しいので、布団の中に入って声を押し殺して泣いた。

絶対に気が付かれてはいけない事なのに……。

その日から私はトヲルに冷たく当たる様になっていた。

あからさまに無視をしたり、ぶっきらぼうに答えたり、あまり関わりたくない態度で牽制していた。


そんな私の気持ちを知ってか知らないのか、トヲルが私に何かを渡そうとしていた。

呼び止められて振り向くと、何やら花束を持っていた。

その花束にはぎっしりとカスミソウだけが入っていた。

「私なんて、カスミソウみたいな地味な引き立て役って言いたいんでしょ。どうせ私はダメなの。綺麗な花にはなれないのよ。」と吐き捨て、バタンと音を立てて部屋の扉を閉めた。

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千の花 @simameko2628160

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