第3話
ステーキハウスのドア開けると、肉の匂いが顔にぶつかってきた。とたんに俺の腹が豪快に鳴る。むう、これは恥ずかしい。
「う、すみません」
「ふふふ、若いって良いわね。私なんて、何年もこんなにお腹が鳴ったことがなかったわ」
「え!そうなんですか?」
「そうわよ。女性はいつもお菓子をデスクに隠しているからね、あんまりお腹を空かせることが少ないのよ」
「え!でも、今日はステーキハウスに来ちゃったんですけど、大丈夫なんですか?」
「ああ。大丈夫わよ。今日はタカの初めての日だから特別よ。心配しなくても良いわ」
店員の誘導に沿って席に向かいながら、サリーはくすくす笑った。焼かれている肉の匂いに混じって甘い匂いが俺の鼻に届く。目の前を歩いているサリーからかも。
「本当は支店長の田中さんや、倉庫マネージャーのサイモンも一緒にランチを取る予定だったんだけど、急に決まった日本本社との会議に向けて資料作成があるから来れないんですって。残念ね」
席につきながらサリーはそう言った。俺はというと、逆にサリーと一対一のこの状況が良いんだが。
それにしても、朝の入社時から今のランチまで、何回サリーに『若い』って言われたことか。俺は21歳の大学生でバイトなのだが、この会社では20歳で高卒の社員がいるので、俺が一番年下ではない。にも関わらず、俺を若いと呼ぶサリー。何故だ?
真っ正面でメニューを見ているサリーに視線を向けると、ちょうど俺に話しかけようとしたらしく、目が合って二人して笑った。
「もう、待てないわよね。それならね、私のお奨めはこのステーキコンボAだわ。肉厚で量も大きい、男の子向けのものよ」
俺は指されたメニューにある写真を見た。確かにかなりの量がありそう。
「じゃ、俺はそれにします。サリーさんは?」
「私は、このレディースセットBにするわ。量が小さいけど、デザートがおいしいの」
そのコンボの肉は俺の1/4しかサイズがなかったが、チーズケーキがデザートとして付いてくる。思わず口に出してしまう。
「チーズケーキって、かなりカロリーが高いんじゃ?」
「そう?私は好きよ。ほぼ毎日食べてるわ」
「ええ!そうなんですか?」
驚くのあまり、サリーの身体をじろじろ見てしまった。
「いやだわ、そんなにじろじろ見て」
「あ、すみません。でも、ステレオタイプかもしれませんが、チーズケーキを毎日食べる人なんて、セーブオンフーズとかのスーパーでレジをしているおばちゃんしか知らないですよ、俺。なんで、サリーさんはそんなに痩せているのですか?」
「ふふふ、そんなことないよ。でも、小さいころから痩せていたからね」
話の流れ的に、俺はまだじろじろ見ていたが、サリーは気にした感じがなく、違う話題を振ってきた。
「そういえば、タカは、サイモン・フレーザー大学に通っているって言ったわね。留学じゃないの?」
「あ、俺は留学じゃないですよ」
「ということは、移民の子?」
「……そうです」
「へぇ、日本人にしては珍しいわね。でも、どうして?」
体を座席のソファに深く座らせて、サリーは聞いてきた。態度は特に変わらないため、俺の中の好感度が高まった。今まで、特に、レストランとかでワーホリーで来ている女は、『カナディアン』、つまりカナダ国籍を持っている男性がいると、速攻で
「いや、実はですね。俺が高校3年生の大学受験の真っ最中に、うちの両親がカナダに移民を決めたんです。もともと埼玉県の田舎に住んでいて、サラリーマンをしていたのですけど、早期退職してしまって、暇なのでこっちに来た感じです。それで、俺は国立大学に受かったのですが、一人じゃ生活ができないため、こっちに来たんです」
「で、今は大学の取得単位は何パーセント?」
「え?サリーさん、今の何パーセントってなんですか?」
「ほら、卒業まで学科によって必要単位が違うでしょう。なので、その単位をどれぐらい取っているのかなって思ってね」
「そうなんですね。うーん、たぶん、80%は超えていると思いますよ」
「結構取っているわね」
サリーはそういうと、テーブルに運ばれてきたサラダを俺の方に寄せた。
「これ、あげるわ」
「え?いいんですか?」
「今日のドレッシングはシーザーですって。私、その味嫌いなのよ」
「あはは、それじゃ俺もらっちゃいますね」
顔をしかめながら、サリーは手を振った。よほど嫌いらしい。俺はサラダにフォークを指して、続きを話した。
配達野郎タカ 高峰輝雄 @teruotakamine
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