配達野郎タカ
高峰輝雄
倉庫野郎のデビュー
第1話
「サリーよ、よろしくね」
そう言って、俺の前に立っている女性は耳元の髪をかき上げて、にっこりとほほ笑んだ。
これだ、この顔を見たくてこの会社にバイトに来たんだ。
それまで、俺はバンクーバー西区にある日本食レストラン、貴船でウェイターをしていた。家族と一緒にカナダに移民してきたが、俺を連れてきた両親は俺一人をバンクーバーのアパートに残して、カナダの東およびアメリカ一周旅行に行ってしまった。母親の昔からの夢である、キャンピングカーでアメリカ横断旅行なるものだ。それが3年前の話。その後、たまに俺の様子を見に、両親はバンクーバーに戻ってくるが、基本的には俺はここで一人暮らしをしていた。お金に困っていることはなく、かといって、学校の同級生達と遊ぶほど社交的ではなかった俺は、父親の紹介で、この貴船でバイトをすることになった。それが半年前。
2か月前のある日、その貴船が商品を購入している日系企業、日食貿易会社バンクーバー支社が忘年会を貴船で行った。ちょうど、日食貿易の10周年記念も兼ねてのイベントになり、日食貿易の社員20名に関係者を付け加えた総勢50名という豪勢な忘年会になった。サリーはその時の幹事であった。俺は貴船を代表して当日の注文をとりまとめていたので、数日前からサリーと電話でやり取りしていたが、しゃべり方で、仕事ができるばりばりのキャリアウーマンというイメージを持っていた。ただ、忘年会の当日にサリーに会ったら、思い切りイメージと違っていた。
赤いニット帽子を被り、胸まである茶色の髪を後ろで束ね、卵顔に小さな鼻と唇のサリーは、俺がまだ日本にいた頃に、コマーシャルで流行った、『きれいなお姉さんは好きですか?』の女優にそっくりだった。その時点で、俺の中で何かがおかしいと感じていた。ドギマギしながらサリーに挨拶したら、透明感のある高い声で返答されたのキーとなったようだ。その瞬間に一目惚れしてしまった。
その日は気づいてなかったが、どうやら、忘年会の間、俺はずっとサリーを目で追っていたらしい。貴船のオーナー、武田さんが呆れて俺に何度も注意したぐらい。でも、俺の返答は「はぁ~」だった。今思うと、なぜ注文された刺身船をテーブルに運んだのが、ウェイターの俺でなく、オーナーの武田さんだったのかが理解できる。俺が仕事をしていなかったためだ。が、その時にはまったく気を停めていなかった。
彼女がその会社のメンバー内で最後にうちの店を出た瞬間、俺は店長を捕まえて根掘り葉掘り聞こうと思った。が、店長は苦笑しながらも、その会社名と、サリーがそこで受付をしているバイトであることしか分らなかったと言った。
さて、困った。
俺がこの貴船でバイトをしてから半年しか経っていないが、その間にサリーを見かけたのはその一回だけだった。その会社の社員のうち、貴船に来るのは営業の男と配達の男だけである。つまり、バイトで受付のサリーがうちに来ることは多分ないだろう。そうすると、彼女と会えるのは……、その会社にバイトしに行くしかない。俺はまだ学生だ、社員として勤めるには学歴が足らないからだ。
そう決めたら俺は早かった。
その日、武田さんから当日のチップ、100ドル以上だった、をもらいながら、俺は相談をした。どうやったら、日食貿易会社にバイトに行けるのかと。爆笑しながら、武田さんは聞いてあげると言ってくれた。実際、翌日には営業マンを俺に紹介してくれた。武士の情けで、俺が日食貿易でバイトをしたいのかの本当の理由は伏せてくれた。ありがたかった。
一週間後、その営業マンから配達ドライバーに空きがあることを聞いた俺は、速攻で運転免許証の取得コースに申し込み、一ヶ月で取った。これで、配達ドライバーの資格があることになる。
その後、その営業マンの口利きで、日食貿易会社バンクーバー支社の配達ドライバーにバイトとして面接を通り、今日俺はここにいる。
「高橋直人です。タカと呼んでください!」
俺は勢いよくサリーに手を差し出して頭を下げた。
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