第2話
「みなさん、初めまして、俺の名は高橋直人です。21歳。ただいまバーナービーにあるサイモンフレーザー大学に通っています。日本ではレストランでバイトをしたことが有り、先月までは貴船さんとこでバイトしてました。配達ドライバーというのは初めてのため、ご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」
俺は、20人ほど並んだ日食貿易会社バンクーバー支社の皆の前で、そう、初めての挨拶をした。それを聞き、俺の横に立っていた、ここの支社長である、田中正春は続けた。155センチと、背が低いためか、声がずっしりと響く。
「去年の12月の忘年会で利用した貴船さんとこでバイトしていたのだけど、うちの仕事に興味を持ってね、それで学生だけど、バイトから始めてもらうことにしたんだ。まずは月曜日と金曜日の週2日となる。まぁ、彼、見た目ひょろひょろだけど、やる気はあるから、皆もよろしく頼むよ」
田中さんのひょろひょろというくだりで皆が笑ったのを見て、俺は少しむすっとした。が、サリーもクスクスを笑ったのを見て、機嫌を直した。
確かに、175センチなのに体重が60キロもない俺はかなりやせているほうだ。面接時にも実は田中さんと、倉庫のマネージャーであるサイモンに聞かれた。米は重いもので50ポンド、つまり約25キログラムと、かなりある。それを配達ドライバーは一人でトラックから配達先のお店まで運ばなければならない。手伝ってくれるアシスタントはいないのだ。それでもやりたいか?と聞かれ、俺は即答した。「ダメなら食べまくってできるようにします」と。苦笑する田中さんにサイモンは面白いねと答え、その場で面接の合格が決まった。だから、今はひょろひょろでも、筋肉・体力をつければガタイが良くなるはずだ。
それに、この後のことを考えると嬉しくなる。
「それじゃ、今日はサリーに事務手続きから社内のもろもろを教わってもらってね。サリーよろしくね。それじゃ、続いては営業部から発表で、今日は金曜日だから・・・・・・」
そう言って、田中さんは俺に列に戻るように指示すると、業務報告を開始した。日食貿易は、毎日全員集めて5分ほどの朝礼を行い、情報共有をすると田中さんに聞いた。これがそうなんだなと聞き流しながら、俺はちらっとサリーに目をやると、視線が合った。にっこりされて気分かなり良くなる。そうなのだ、受付担当のサリーは実は総務、さらに新人教育も担当しているのだ。バイトとはいえ、この会社にとっての新人である俺は、今日一日サリーについて、教わることになっている。これがすごく楽しみである。可能ならばお昼にも誘うかなとボーッと考えていたら、目の前にサリー顔が現れた。
「おおう」
思わず変なん声が出てしまった。
「くすくす、田中さんは早口だからね。聞いて混乱したでしょう」
「あ、いや、あはい」
「でも、大丈夫よ。すぐに慣れるわ」
まさか、あなたのことを考えて心ここにあらずと言えなく、俺はサリーの勘違いに乗ることにした。それにしても、いつの間にか朝礼が終わっていたらしい。周りを見回すと皆すでに散らばっていた。「付いて来て」そう言い、サリーは歩き始めた。俺はそれに付く。倉庫と事務所の境目にあるドアに向かうようだ。今日のサリーは髪を一つに束ねて後ろに伸ばし、桃の香水がかすかに漂ってくる。160センチぐらいの身長で、白いシャツとブルーのデニムというスラリとしたスタイルは、後ろから見て魅力的だった。特に、俺の目を奪ったのはそのお尻に沿うかのごとく、ヒップラインを強調したデニムであった。それが急に左に回転して見えなくなる。
「タカ、いいところに気が付くわね」
サリーが急に後ろに振り向いたためだった。俺がそのお尻をガン見していたのがばれたかと思ったが、違った。
「その視線の先にある赤い線、それがセキュリティラインと呼ばれるものよ。その先は事務所へのドア。で、このセキュリティカードを持っていれば、セキュリティラインを通るごとに記録がされるだけで、何もないけど。持ってないと、アラートが鳴って、ドアがロックされる仕組みになっているの。ほら、一歩踏み出してみて」
アラートが鳴るのに、俺に実践させようとするのってなんか……と思ったが、それを指示しているのはサリーだった。ここで突っ込んでもしょうがない。俺は言われるとおりに足を踏み入れると、小さなアラートが聞こえた。パシャっとフラッシュもたかれた。え?写真撮られるの?
「あ、私言い忘れたわね。カードがないと、フラッシュもたかれて、写真が撮られるのよ。だから、気を付けてね。ちなみに、一週間に3回撮られた人は罰金よ」
罰金と聞いて、俺の顔が苦くなったのを見て、くすくすと軽快な笑いでサリーは説明を続けた。。
「大丈夫、今のは私の指示だから、後で消してあげるわ。さぁ、次行くわよ。あ、ついでに説明しておくわね。さっきが倉庫で、毎朝は8時からそこで朝会が始まるのよ。で、こっちが事務所」
その後、事務所に入る。
事務所は10脚のデスクに8名入れるような会議室、10名入れるようなキッチン、シャワー付きトイレがそれぞれ一室ずつある。倉庫との境目にセキュリティードアがあり、事務所倉庫との行き来を監視している。そのドアの前には倉庫内で商品をピックアップするための、二枚で一セットの出荷指示書が印刷できるプリンターが置かれている。配達ドライバーは毎朝、そこから自分が担当する地域の出荷指示書を集め、商品をピックアップした後、お店やレストランへ配達する。その出荷指示書の一枚目はそのままお店やレストランへの納品書となり、もう一枚目は会社に持ち帰って証拠とする。
サリーはそう説明しながら、俺を会議室に連れて行った。
会議室では、サリーがホワイトボードに、この会社の様々な決まりを教えてくれた。紙にも印刷しているのだが、やはり口頭で説明したほうが分かりやすいでしょう?とサリーに確認をされ、俺は力強く頷いた。字もキレイだし、説明も丁寧だ。やはりこの人は仕事ができる。
会議室を締め切っているためか、そろそろ部屋の中に桃の香りが強くなってきた頃、サリーは説明は以上よと話を締めくくった。俺はちらっと時計を見ると、いつの間にか12時近くになっていた。よしよし、このタイミングでサリーをお昼に誘わなくちゃ。俺がそう考えて口を開きかけた時だった。
「まだ12時前だけど、ランチに行こうかしら。一緒でいいわよね」
「は、はい」
サリーに誘われた。おおお!一対一のランチ、願ってもないチャンスに俺は裏返った声で返事をしてしまった。
「ふふふ、よほどお腹がすいたのね。よし、タカは午後からが大変になるから体力が溜まるランチにしようかしら」
「え?大変って」
「詳しい説明は後ね。それじゃ、行きましょう」
そういって、サリーは俺を会社から歩いて5分のレストランに連れてきた。
体力が溜まるランチ、どうなのかと思ったら、ステーキハウスだった。
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