第61話 そして未来は必ず来るのです。
朝のミーティングが始まった。初めて客室を担当する泉が、真剣な表情でメモを手にもっている。
「103号室、ハリネズミのミキちゃん、消化不良気味なので、湯たんぽお願いします」
「105号室、フェレットの八太郎くん、予防接種後、食欲が落ちてるので、食事の配合気をつけて下さいね」
「インコの、ヨウムのキラリちゃん、事務所に宿泊希望でお泊まりしていたんですが、言葉を覚えてしまって」
ファイルを確認しながら、俺は佐久間に視線を向ける。
「例えばどんな言葉を覚えた?」
「えっとですね、いつもありがとうございます。ご宿泊がご希望ですか。畏まりました。と言うような感じです」
ふっと、笑いだしそうになりながら応じる。
「それは確かにまずいな、エントンラス広場へ移動してみて」
「はあい」
ミーティングを終えると、ハヤトとチナツのフィールドを見に行っていた滑川さんが顔をしてくれた。
本格的に、クジャクカフェの始動を考えて下さると言う。
担当者は有野になった。お客様にコスプレをお願いする件は、却下になったらしい(ちぇっ)
本館業務へ向かう途中、さっと開いたオーナー室に連れ込まれる。
「な、なんすか刈谷崎さん」
「藤宮が、来月顔を見せにくると連絡があった」
「ホントですか!」
「ああ。今、動物たちの看取りを中心の施設に居るそうだ」
行き先も連絡先も告げずに、看取りの施設にいたのは藤宮さんらしいな、とも思えた。
「もしかしたら、仮出所する悟も一緒に来るかもしれん」
「スタッフにはなんと?」
「何ともしないさ。そのまま行く」
「わかりました」
ミーティングを終えて、玄関の開閉を確認しにいくと、黒い弾丸が笑顔全開で突進してくるのが見えた。
「ジョン!」
受けとめそこね地面に転がったところへ、浅野さんが慌て掛けてくる。
「うはは、ジョンやめろって、それ無しべろん無しだって、おいっ!」
ひとしきり転げ回ったところで、お互いにハアハア言いながら笑い合う。
「やったな、ハンカチ返せ! ヨダレまみれじゃねーかおい!」
変わってないなあ、全くなあって、そう思える空気感が気持ちいい。
「守野くん、なんだかたくましくなったわねえ」
「ホントですか、ありがとうございます!」
「守りたい人が、出来たのかな」
不意打ちの質問に、かぁっと頬が反応する。
「相変わらずわかり易いわね、守野くん。ジョンを1週間ほどお願いしたいの」
くすくす笑う浅野さんを、ジョンが不思議そうな顔をして見上げていた。
「晃、起きて」
「んん~?」
「刈谷崎さんからお知らせだよ」
「なんて?」
「藤宮さんと悟くん、近くまで来てるって」
「何?!」
美咲に起こされて飛び起きた俺は、早朝のイノウエへ向かった。
その隣には、力強く手を握る美咲がそばにいる。
駐車場へ着くと、スーツ姿の刈谷崎さんと、柔らかいウエーブのかかった髪を束ねた藤宮さんが談笑しているのが見えた。その横に、体躯のしっかりした青年の姿が見える。あれが悟くんか。
逆光でシルエットしか見えないが、俺は、早く泉に知らせてやりたいと思っていた。誰になんと言われようとも、真っ直ぐに待ち続けた泉に。
あと数時間もすれば、ホテルイノウエが業務を開始する。
いつもの通りいつもの場所でいつものメンバーと。いや今日は、新しいメンバーが2人入る予定だ。仮入社だから厳しい担当者をつけなければ。
本日は晴天なり。
ホテルイノウエは今日も、宇宙一を目指して営業を始めます。
皆様のご来店を、心よりお待ちしております。
ホテルイノウエ 糸乃 空 @itono-sora
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