過去の幻影は、現在の人に向かって語る
「どういう事だ……? シャルルが二人居るのか……?」
「うーん、間違いではないけど……、ちょっと違うかな?」
固まっていたカストルがやっと口を開きました。
「それと――名前は“シャルロット”。まぁ、どっちでも良いけどね……」
「……えーと、待って」
シャルル――シャルロットはちょっと機嫌を悪くしましたが、直ぐに笑顔に戻ります。
カストルは状況を整理しようとします。
「……ここに居るシャルルは“現在の彼女”で、あっちのシャルルはヘレネの記憶で再現された“過去の彼女”という事だな……?」
「そうだね、そんなところかな」
「……そうか。春の女王様……。では、最初のあの部屋はお前の部屋か?」
この世界に来てから引っ掛かっている事があった為、カストルは言葉の始めで少し口籠りました。
うん、とシャルロットは笑顔で頷きます。
しかしそれでも腑に落ちない点は幾つかあります。カストルは一番気になっている事をシャルロットに訊ねました。
「……だが、よく分からないな……。ヘレネの記憶なのに、春の女王の事がこんなにも明確なんて変じゃないか……? そしてヘレネは何処に居るんだ??」
「んと……、兎に角、此処がヘレネの記憶の世界であって、このタイミングで人が現れたという事は、仮にこの幻を見せている彼女が近くに居るという事じゃないかな……!」
「じゃあ、捜そう! ……って、大きな声を出しちゃったけど、大丈夫か?」
カストルが少し大きな声を出しても、テュンダレオスたちの方は何も聞こえなかったのか気付く事も無く、会話を只管続けていました。
「何も反応しなかったね……? 近くまで行っても問題ないのかな?」
「あ、おい!」
シャルロットは立ち上がって、何も躊躇う事無くテュンダレオスに堂々と近寄って行きます。
それでもテュンダレオスたちは全く何も反応したりせず、シャルロットがテュンダレオスの身体に触れてみようと手を伸ばしてみます――。
――すると彼の身体は、幻の様にすり抜けました。
「え?」
「……やっぱり、記憶で出来た人の影だから、大丈夫みたいだね?」
「そうか……」
カストルは辺りを二度、三度となく見回します。
しかし、ヘレネの姿は何処にも見当たらない様でした。
「……それにしても、居ないな。もう少し周ってみよう」
彼はそう決心すると、月の塔の反対側に向かって走って行きました。
「あぁ、待って!」
その場に残されたシャルロットは、彼の後を追い掛けようとしますが――
『……王様』
「……」
“過去”のシャルロットの声を耳にして、“現在”の彼女は立ち止まります。
『……何だ?』
シャルロットが振り返ってみると、テュンダレオスもその声に反応した様でした。
太陽の塔の上を見ていた“過去”の彼女は、テュンダレオスの方へ振り返ります。
『王様は、……この国の仕組みについてどう思っていますか?』
『……では、逆に聞こう。貴殿はどう思っている?』
テュンダレオスは真剣な目で、“過去”の彼女に聞き返します。
“過去”の彼女は、始めはゆっくりと答えを口にしました。
『私は……、……四つの季節なんて無くても良いんじゃないかなと思います』
『……』
“過去”の彼女は、気持ちで込み上げてくるものがあったのか、力強く答えました。
『だって……! こんな! ……こんな色んな天気があるよりも、
過ごしやすい環境である“春”、私一人がずっと太陽の塔で過ごせば、
国もずっと……!』
その様子は、この世界に旅立つ前のカストルと似ていました。
テュンダレオスはあの時と同じ、正義の英雄である様な眼差しで、王の威厳を発したかの様に“過去”の彼女の目を見ます。
『……何がそこまで、貴殿のその身を犠牲にする様な事を考えさせたのだ?』
『それは……』
『しかし春を過ごしやすいと考えるのは、偏り過ぎた見方だ』
テュンダレオスは“過去”の彼女を背後に少し動いて、太陽の塔の上を眺めながら、話を続けました。
『……季節の中でも天候が大方に安定している“春”だが、
そのままでも良い事は無い。草、花、木。
一括りして作物の成長は“止まったまま”になる。
育てる為には“夏”の様な暑い日差しも、一時の雨も必要だろう?
そして“秋”こそ実りの季節だ。この季節が無いと、何も得る物すら無い。
しかしそれで終わりではない。“冬”もだ。
“冬”はただ寒いだけじゃない。寒いのだって、理由がある。
寒ければ布団に包まったりして、身体を守るだろう?
つまり、そういう事だ。
身体は寒さを感じて、自然と守る様に動くのだ。今は休む時だと。
そしてその長い休みの時間を起こすのが、“春”の役割だ。
暖かくなれば、布団も要らなくなるだろう?
動きやすい環境になった、もう起きなければならない、と』
テュンダレオスは“過去”の彼女の方へ振り返り、更に答えました。
『結論として述べると。季節は巡らせないと、何も育ったりはしない。
……人間性もな』
『……』
“過去”の彼女はずっと俯いたままで居ました。
『何かの問題があって、シャルロット一人だけが国の運命を大きく
背負おうとしても、国はどうにもならないのだ。
四人の女王が居て、その均衡を支える私、そして国の民たちで、
国の全てが成り立っている訳なのだ』
『……はい』
テュンダレオスは、俯き続ける彼女にどんな言葉を掛ければ良いものかと少し悩みましたが、彼女への励ましの言葉のつもりなのか、次の様に答えました。
『……しかし悲観する事は無い。月の塔は太陽の塔と違って、
魔力に寄る大きな壁が無いのだからな。私も女王たちの全てを
拘束する権利など無い。女王でも一人の人間だ。
だから月の塔に住む期間だけは、何処かへ出歩いても構わない。
……ただ、国の大きな損害になる様な行動は慎んでくれればな』
『……』
“過去”の彼女が顔を上げると、テュンダレオスはにっこりと笑顔で言いました。
『貴殿が何に悩んでいるのかは分からない。
しかし大きく悩む事は無い。貴殿のその身は貴殿の為に、
尚且つ国の為に幸せな人生を過ごしてくれれば良い――』
「……王様。私は、これで良かったのでしょうか」
シャルロットはその場で俯いたまま、暫く立ち止まっていました。
※ ※ ※
シャルロットを残して一人、月の塔の反対側に回ったカストルは、誰かの声を耳にすると、また近くの家と家の隙間にある陰に隠れました。
『……もう、良いのですか?』
『えぇ、此処までで大丈夫。どうもありがとう』
初めに聞こえた声はカストルと同じ位の歳の青年、そして後に聞こえた声も同じ位の歳で今度は女性のものでした。
女性は夜の様な鮮やかな黒の長い髪と紅い眼をして、そして眼の色と同じドレスを身に纏っており、青年の方はカストルと容姿がよく似ていますが、くせっ毛のある少し長い髪型では無く、女性の様に鮮やかなストレートで少し違いがあります。
会話の流れから、青年が女性の大きな荷物を運ぶのを手伝っていて、目的地である塔まで運んで一段落したところの様です。
「……ポルクス、ヘレネ」
カストルの声がぽつりと零れ落ちました。
「って、つい隠れちゃったけど、隠れなくても良かったんだったな。まぁ、いいや……」
彼は二人の会話を聞こうと、暫くその場に立っていました。
『シレネッタとルナも居るから、また賑やかな生活が戻って来るわね……』
『三人での共同生活は嫌なのですか?』
月の塔の上を見上げていた女性は、青年の方へ振り返って答えます。
『そんな事は無いわ。太陽の塔で一人寂しく過ごすのは、苦だもの……。それに――』
『?』
『家事もあれこれ任せれますし、退屈凌ぎで作った新しい玩具も沢山試せれる
『……』
「……うわぁ」
カストルと青年は引きつった様な表情を浮かべました。
「……そういう人だったな、お前は。ほんとに、黙っていれば美人なのにな……」
もしかしなくても、青年の方も同じ心境を抱いていたのかもしれません。
カストルは独り言ながらも言いたい事言い切って、遠い目で二人の様子を眺め続けました。
『……さて、僕はそろそろ帝国に帰ります』
『そぅ……』
女性はとても寂しそうな表情を浮かべていました。既に彼女の顔に答えが出ていたものの、青年は彼女のほんとの思いを確かめる為なのか訊ねました。
『……寂しいのですか?』
『……本音を云えば、寂しいです。一緒に居られる時間が短過ぎるもの……』
『……仕方ありません』
青年は一呼吸置いて、話を続けました。
『……僕は。ジェミニ帝国の王子であり、国を治める事が仕事なのです。
兄弟が居るにしても、別の国に長く居座る訳にもいきません……。
カストル一人だけでは身が持たないのです。僕とカストル、二人で一つなので。
この国の“セントエルモの火”の様に“二つ”無ければ、
国は崩壊を招く恐れがあります。
そしてあなたも、この国の冬の女王様なのですから……。
あなたが此処を離れられると、この国に住む民たちは苦しむ事になるでしょう。
民の数が多ければ多い程、責任はとても重いのですよ?』
『……』
女性は遣る瀬無い表情をして俯きました。
青年も理屈に沿った事を語りましたが、女性と同様、この現状を良く思っていませんでした。
『……お互い貴族なのだから、これくらいの恋愛も許して欲しいわよね』
『それもそうですね……。しかし、時間は許してくれないのです』
『はぁ……。仕方のない事、ですわね……』
女性は願いが叶わない事に溜め息をつきました。
『あ、そうだ。……手を出して?』
『……?』
女性はふと思い出した様に、革で出来たスーツケースから何かを取り出そうとケースの中を弄り始めました。青年は首を傾げながら女性に云われるがままに、女性の前に手を差し延べます。
『……はい、これ。荷物運んでくれたお礼』
女性はケースからそれを見つけると、青年の手の上へ静かに落とします。
彼の手の上に載ったものは、可愛らしいラッピングで包まれたお菓子の小袋でした。
『バレンタインの時に作ったお菓子の材料が余ってたから、……作ってみたの』
『……』
女性の頬は少し赤く染まっており、もしかしなくても青年に好意を抱いている事が分かります。
青年は女性の顔を見て、口が少し開いていましたが、女性の意図を察したのか、笑う様に閉じます。
『……毒味させているのですか?』
『酷いわね。大丈夫よ! 自分でも一度食べてみたんだから。……好きな人にあげるのに、そんな酷い事する訳無いじゃない』
女性は顔を真っ赤にして声を大きくして怒るも、最後は顔がどんどん下へ下がると同時に声が小さくなっていきました。青年は照れ隠しのつもりで女性を茶化した様で、そんな女性の反応を見て笑います。
『そうでしたね……。しかし、バレンタインはもう終わってますけどね……』
『……なに? 受け取ってくれないの?』
女性はご機嫌斜めの様子でしたが、青年は表情を殆ど崩さずに答えます。
『受け取りますよ。折角作ってくれた物を粗末にする様なら、恋人ではありませんからね』
女性はその言葉を聴くと、隠そうとしても隠し切れなかったかの様に嬉しそうな反応を見せます。
『……ほんとに、今でも恋人?』
『もちろんです、……また次に会いに来れるかは、分かりませんが』
青年は笑顔で頷くも、直ぐに悲しい表情を浮かべました。
『じゃあ……手紙、送っても良い?』
『えぇ。いつでも受け取ってくれるのなら――』
青年が笑顔に戻って頷くと、二人は粒状の光と共にフェードアウトで消えていきました。
「消えた……。そうか、あの二人は付き合ってたんだな……。
……しかし告白の現場を盗み見してしまうとは、悪い事をしたな」
カストルが辺りを見回すと、彼の他に誰も居ない事に気付きます。
「……シャルルを置いて来てしまったか。さっきの場所へ戻ってみよう」
※ ※ ※
カストルが元の場所に戻ると、落ち込んでいる様子のシャルロットが立っていました。
カストルはその様子を見て、声を掛けて良いものか悩んでいましたが、その場に一人置き去りにして他の場所に行っていたので取敢えず、謝りを述べる事も含めて彼女に話し掛ける事にします。
「シャルル――じゃなかった、シャルロット……っ!?」
「わっ!? なになにっ!?」
再会する二人の前で当然大きな地震が起こり、シャルロットは、カストルに背後から声を掛けられた事もあったので大きく驚きます。勿論、カストルも地震が突然起こった事で大きく驚いています。
「な、何だ……!?」
「カストル! あの歪みって、もしかして……!」
シャルロットは月の塔のある方向へ指差します。
彼女の指差す方向を向くと、そこには旅立つ前に目にした、あの異空間へと引き寄せられそうな歪みが生じていました。
「……あぁ! 俺たちがこの世界に来た時のアレか! でも、未だ何も解決してないぞ……!?」
二人は背後を振り返ってみます。
その背後ではこの世界の終焉を告げているのか、街全体が砂の様に崩れかかっていました。
その様子を見て、二人は遣る瀬無い表情になります――。
「……行くしかないのかな?」
「……かもな。行ってみよう」
二人は歪みの方へある程度近付いて、立ち止まります。
それぞれ右手を伸ばすと、歪みからは粒状の光が現れ、二人を連れて行く様に伸び始めました。
光が二人の身体全身を包み込み、異空間の歪みに引き寄せられる様に消えて行きました。
――旅は未だ続く様です。
(To be continued......)
セントエルモの火(K.Edition) 三枝 四葉 @Sakuno
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