現れた黒い影

「な、何……?」

「何なんだ、これは……?」


シャルルが振り返ると、その背後には黒い影が立っていました。

彼は直ぐにカストルの傍へ跳び移り、二人は突然現れた黒い影に警戒します。


黒い影は、透明の何かの様に揺らめいて、その場に立っていました。

そんな黒い影の様子を眺めていると、影の手には刀の様なものが形成され始め――



「くっ!?」


カストルたちに向かって刃を突いて来ました。

二人は何とかその攻撃をかわします。


「あいつ、俺たちに攻撃する意思があるな……!」

「なら……! 戦うしかない!」


カストルとシャルルは、それぞれ背中に背負っている剣を抜きました。


二人は剣を構えると、黒い影の動きを様子見します。

影は一瞬立ち止まっていましたが、二人が攻撃態勢に入った事で次々と攻撃を仕掛け始めます。


二人は影の攻撃を次々と防いだり、かわしたり、一刀入れてみたりします。

その風圧に寄って、万年筆や幾つかの本や書類などが軽く吹き飛びました。

書斎にあるものがあれこれ散乱していき、戦場とするには二人にとって厳しくなってきました。


「此処では戦いにくい! 広い場所へ引きつけるぞ!」

「OK! じゃあ、城の外に出よう!」


シャルルが先導して書斎の外に出ます。

カストルも影の攻撃を防ぎつつ、間合いをとったところで書斎から出て行きました。


そして影も、二人の後を追う為に飛び出して行きます。



二人は書斎のある東の洋館から、南の洋館にある、お城のエントランスホールまで全力で走って来ました。

エントランスに辿り着くと、先程の様な黒い影の姿がそれぞれ、ホールの四方八方にある出入口から現れます。


「複数居るのか!?」

「一応、戦えそうな広い場所ではあるし、此処で倒そう!」


影もそれぞれ武器を構えて突きに来ます。

二人もそれぞれ改めて剣を握り直し、滑る様なダッシュで影へ突きに掛かります――。




「てやぁぁぁぁっ!!」

「うぉぉぉぉぉっ!!」


刃と刃が激しくぶつかり、それに寄って大きな悲鳴が上がります。

そこから何回も何回も武器を振り下ろせば、金属音を立てて、鍔競り合いがずっと続きます。


ホールの二階にある手摺を背後にしたシャルルは、手摺の方へ振り返り、その上へ飛び上がります。


シャルルはシャンデリアに捕まり、大きく揺らし始めます。

大回転を起こすシャンデリアは少しずつ速度を上げて行き、影の方は躊躇しているのか立ち止まってしまいます。

そこから更に跳んで、剣を正面に伸ばし、影へ突っ込んで行きます。


「えいっっ!!」


一体の黒い影が断末魔を上げて消えていきました。


その様子を見たカストルは呆れつつも、他の影たちと激戦を繰り広げています。


「おいおい……、凄く危なかしい、なっっ!!」


カストルは言葉と同時に剣を大きく振り回す事で、影は大きくノックバックします。

そこから剣を床上で滑らせながらダッシュで近付いて行き、手摺を踏み台にする事はありませんでしたが彼も大きく跳び上がり、数体の影に迫ります。


「終わりだ」


また声と同時に、残りの影も断末魔を上げて、風と一体化する様に消えていきました――。



「……あの“黒い影”は一体、何なんだ?」

「……分からない。敵である事は間違いないんじゃないかな?」


影たちを倒しても、二人は安堵する事はありませんでした。

周囲を見回して敵らしき影が見えない事を確認すると、二人は右手に持っている剣を取敢えず背後に収めます。


「だろうな。俺たちに襲い掛かって来る以上、対処しない訳にもいかない」

「そうだね……」




※ ※ ※



影たちを倒した二人は、月の塔に向かって走っていました。

太陽の塔、お城と周れば、残るは月の塔だけになる為、他の宛は分かりません。

気付けば、ついさっきまでお昼時だった筈の空の色は、次第に橙へ染まりつつあります。



月の塔の近くに辿り着くと、人の声が少しずつ聞こえて来ました。

この世界に来てやっと人と遭遇する事になるのですが――


「人が居るみたいだ……」

「あれ? ……あっ、不味い。隠れよう!」

「え!?」


シャルルはカストルの袖を引っ張ると、二人は反射的に、家と家の隙間にある陰へ隠れました。



『今年も春が来るな……』


この声はテュンダレオスのものでした。



『……今年も太陽の塔へ向かう時が来ましたのね』


テュンダレオスの近くから女性の声も聞こえてきます。


『シレネッタとルナは月の塔から未だ出て来ていないか。未だ時期じゃないとは云え、一度顔を合わせてみたかったが……。そういえば、ヘレネは何処へ行ったやら……』

『……分かりません。しかしセントエルモの火は、今年も二つの灯りを見せた様ですね。大きく心配する事は無いかと思います』

『ふむ……』


女性の自信溢れる言葉が出ても、テュンダレオスはそれでも彼女たちが気懸りで少し俯きます。




「……やっと人を見つけたと思ったら、何で隠れるんだ?」

「シッ」


シャルルはカストルを前へ飛び出さない様に左手を伸ばし、唇に人差し指を当てて、大きな声を出さない様に注意を促します。

それから二人はその場から動かず、テュンダレオスと女性の様子を眺めながら、小声で会話を交わしていました。


「……王様の傍に居る、あの女性は誰だ?」

「……僕も分かりません」

「それも“ウソ”だな?」


やはり見透かされた様で、シャルルは溜め息をつきます。


「……ふぅ」

「よくウソをつくよなぁ……。もう国と大きく関係している様な話をしてた上に……」

「季節の関係かもしれませんね」

「もうどんな理由だよ。信じられない……。そういえば、あの女性、誰かと似てる様な……」


シャルルは少し笑ってみせた様ですが、カストルはシャルルの云う事がほんとに信じられなくて僻んでいる状態です。


「……もう、正直に話しましょう」

「ん?」


シャルルは一度深呼吸して、空気を静かに震わせる様に話します。


「あの女性は僕で、……“春の女王様”です」

「なにっ!?」


カストルは驚いた表情のままで固まってしまいます。

それでもシャルルは言葉を続けました。


「そして、僕の本当の名前は――」


その間、カストルだけ時間が止まった様で、シャルルと過去の人達の立っている所だけ場面は変わって行きました。



『――“シャルロット”。……暫く退屈な日々が続くが、今年も宜しく頼んだぞ』


はい、と頷いて答える春の女王様シャルロットは、カストルの隣に居る“彼女”と同じ表情を浮かべて太陽の塔のある方へ向いて、夕暮れを背景にした塔の上を見上げました。



(To be continued......)

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