スプリング・モノクローム
どんなに暗い闇が続いても、その奥ではやがて小さな光が射します。
異空間のトンネルの果てに見えた光は、闇を消し払う様に拡がって行き、カストルとシャルルは光の眩しさに耐え切れずに目を細めました。やがて目は完全に閉じてしまい――
……
「……ん」
カストルが次に目を開いた時、何処かの部屋の天井が見えました。
自分自身が倒れている事に気付いて、ゆっくりと起き上がります。
「……此処は?」
――そこは、昔の白黒写真の中でも入ったかの様な部屋でした。
カストルの目の前には誰も載っていないベッドがあり、右隣にはシャルルが倒れていました。
カストルは倒れている彼に気付くと、直ぐに声を掛けて起こします。
「おい、大丈夫か……?」
「……ん。……あれ? 此処って……」
シャルルは目を覚ますと、キョロキョロと辺りを見回しました。
「分からない。……知ってる場所なのか?」
「ぇ……あ」
カストルがシャルルの顔をジッと見つめている事に気付くと、シャルルは慌てて目を逸らします。
「ご、ゴメンなさい、知りません……」
カストルはシャルルから目を離しませんでした。
シャルルは視線だけ動かし、カストルの顔色を窺おうとします。
「あ、あの……な、何でしょうか?」
「“ウソ”だな」
「えぇっ!?」
唐突に云われた為、シャルルは大きく驚きました。
カストルはあまり間を置かずに淡々と答えます。
「顔を見れば分かる」
「ぅ……」
シャルルがその場で蹲ると、カストルは溜め息をつきます。
「……今は余計な詮索は止めておこう。だが、元の世界に戻った時に全てを聞かせて貰うぞ」
「……」
シャルルは黙ったまま俯いています。困ったカストルは部屋の周囲を見渡しました。
ベッドから右斜め先に部屋で唯一の扉があって、その近くに書棚が一つ、ベッドから反時計周りに見るとタンス、クローゼット、化粧台と順に置かれており、部屋の中心にはテーブルと幾つかの椅子が並べられています。全ての家具は白黒に統一されているので、とてもシンプルな色合いに見えます。
テーブル上にある細い花瓶には、白百合の花が生けられており、部屋全体を見れば、これだけ色が付いている様に感じます。
そして部屋で唯一の窓の近くには、グランドピアノが置かれていました。改めて見ると、部屋は中々の広さです。
「……さて置き、この部屋には俺たち二人以外に誰も居ない様だ」
「……そうですか」
「お前の素性を探るのは止めると言ったが、これだけは聞いておきたいな。……此処が何処なのか、教えてくれないか?」
「……」
やっとシャルルが口を開いたかと思えば、二人の間に暫く沈黙が続きました。
カストルは仕方なく窓の方へ近付いて、向こうの景色を見ようとします。すると目を少し見開いた表情で一歩後退りしました。
「な……、此処は――」
「……知らない筈が無いですよね?」
シャルルの落ち着いた声がすると、カストルは彼の居る方へ振り返ります。
シャルルは言葉を続けました。
「“ディオスクロイ王国”。……旅立った場所です。“太陽の塔の上”ですよ」
※ ※ ※
二人が旅立った時の太陽の塔の部屋は“薄暗い赤”と“光沢の弱い黄色”に囲まれていたので、全然違う部屋に居る筈が、今は同じ部屋に居るみたいです。色も違っていれば、家具の配置も明らかに違っています。
しかし先程まで驚いていたカストルは、それ以上に大きく驚く事はありませんでした。寧ろ納得した様な表情をしています。
「……そうか。同じ場所であるのなら、日付と季節も当然違うな……。冬では無くて……なら。春の女王様か、秋の女王様の何方かの部屋か」
「……え?」
「部屋の模様替えはよくある事だろう。女性ならでは以ての外だ。しかし女王様は色の好みで分かりやすいからな……」
太陽の塔で女王様がそれぞれ一定の期間を過ごす――
本来であれば、その場所は凄く地味な煉瓦造りで出来ており、貴族にとっては牢屋の様な、素朴な部屋になっています。部屋の奥に窓が一つあり、家具も全く無く、あるのは硬そうなベッドのみです。
女王様たちはそれぞれ、革で出来たスーツケースを持っており、それを開くと部屋は女王の願望に応じた空間に変える事が出来ます。ケースの魔法に寄って、部屋を模様替えする事が出来る様になっているのです。
「夏の女王様と冬の女王様は知っている。幼馴染みだからな。昔、
「……そう、ですか」
シャルルは残念そうな表情で俯きました。
カストルは言葉を続けながら、部屋にあるものを幾つか手に取って何か調べ始めています。
「……カストル様は、春の女王様とは面識が無いのですか?」
「あぁ、王国に一時住んでたと言っても、そんなに長く住んでいた訳では無かったし……。暫く母国の統制で忙しかったからな。“新しく変わった”春の女王様の顔を見た事が無いんだ……」
カストルは遠くを見つめる様な表情をしていました。
シャルルは取敢えず何か言葉を探し出して、浮かんだ事を話します。
「……二人一緒にディオスクロイに来られた事は無かったんですね」
「そうだな。……いや」
カストルは手を一度止めると、額を押さえて考え込み、過去を思い出そうとします。
「……未だ
「……」
シャルルはまた俯きますが、カストルは話を続けながら再び手を動かしました。
「ポルクス――ポリュデウケスなら知っていたかもしれないな。春と秋は、彼が暫くディオスクロイを何回か訪れていたから、春の女王様をどんな人か知っているし……」
再び動き始めた筈のカストルの手は止まりました。
それに気付いたシャルルは首を傾げます。
「……どうしました?」
「不味いな……。調べないといけないけど、調べている場合じゃなかったな」
「え……どういう事です?」
「此処が“太陽の塔”なら、セントエルモの火が見えない期間だと、塔の魔力に寄って此処から“出られない”んじゃなかったか……?」
「……そうでした」
シャルルは更に落ち込みました。
カストルは部屋を一周と見回して、書棚の近くの壁に時計が掛かっている事に気付きます。
時計は、短い針が十一と十二の間を、長い針は六の数字を指していました。
「外は明るいから、あと三十分程で正午か……。時計はあったが、日付が分かるものは無いな。そしてどの季節の女王様の部屋なのかも未だに分からない……」
今度はカストルが落ち込みました。他に手懸りが掴めないからでしょう。
シャルルはおずおずと彼に訊ねます。
「……これからどうするおつもりなんですか?」
「そうだな、日付が分かれば……。分からなくても一度、外に出てみよう。もしセントエルモの火が見える時期であれば、運良く此処から出られる。もしそうでないのなら、此処から出られない。……その場合は前途多難だな」
「では、立ち止まってる場合ではありませんよね。早速行きましょう!」
シャルルは立ち上がると、真っ先に部屋を出て行きました。
カストルはその様子を見て唖然としていましたが、部屋に一人だけ取り残されている事に気付くと、慌ててシャルルの後を追い掛けます。
「立ち直るのが早いし、直ぐに行動を起こすのは良いけど……! その前に、あの部屋はどの季節の女王様の模様替えなのか、教えて欲しかったな……!」
※ ※ ※
長い螺旋階段を下り終えた二人は、塔の出入口の大きな扉を開けようとします。
「……おや?」
扉は特に何の問題も無く、無事に開きました。
「出られた??」
「という事は、セントエルモの火が見える時期なのか……」
「次はどうするの?」
シャルルはカストルの方へ振り返り、首を傾げて訊ねました。
「街の人に尋ねてみよう。直接ヘレネを探しても良い」
「国は広いし、二手に分かれて捜さない?」
「……いや、一緒に動こう。何が起きるのか分からない」
先程まで率先して動いた筈のシャルルに代わって、今度はカストルが先に動こうとします。
シャルルは彼の後を歩きながら、またおずおずと彼に訊ねました。
「あの……」
「……何だ?」
「カストル様は王様の前と違って、私の前では口調が変わってますね……。少しぶっきらぼうな話し方で、『私』じゃなくて『俺』になってますし」
カストルはテュンダレオスの前で熱くなってしまっても丁寧な口調で話す様に努めていましたが、この世界に着いてからはほぼぶっきらぼうな話し方でシャルルと接しています。
「まぁ、平凡な騎士の前だからだな。って、お前も気を付けている方だが出ているぞ。……いや、しかし――」
カストルはこの世界に着いてから今までの事を振り返りました。
「あそこを太陽の塔だという事を気付いていた様子からすると、おまえは女王様の一人になるんだよな……って、うわ。いつもの素の喋りが出ちゃってた……」
「無理しなくても良いですよ? 私も気を付けますし……」
落ち込むカストルをシャルルは励まします。
「……そうか? ……お前も、俺の名前を呼び捨てにしたり、敬語も使わなくても良いぞ。何か堅苦しくなって来たし」
「じゃあ、早速。……カストルって呼び捨てで呼んじゃうよ?」
シャルルは今までの態度と違い、嬉しそうな顔をしつつ、その様子にカストルは呆れていました。
「……ちょっと、タメ口は恥ずかしいですね」
「……それでシャルル、お前はどの季節の女王様なんだい?」
シャルルはカストルを背後にして振り返ると、イタズラっぽく微笑みました。
「さぁ? もしそうであるとしら、どの季節の女王様でしょう?」
「……意地悪しないで教えて欲しいな、ほんとに」
カストルは溜め息をつくと、先を行くシャルルを追い掛ける様に、街中の先へ先へと進んで行きます。
二人は何度か会話をしながら、国の街中を歩き続けました。
街中は太陽の塔の部屋と同じく、そこからずっと白黒の景色が延々と続いています。
そんな中、シャルルはある事に気付きました。
「……それにしても、不自然だね」
「あぁ」
カストルもその事に気付いていた様です。
「“人が誰一人見つからない”とは」
塔を出てからずっと、二人の前には人の姿を誰一人見る事が無かったのです。
街中の家を幾つか尋ねてみても返事も無く、それどころかどの家の扉も鍵が掛かって、窓も全て閉まっている為に留守の様で、入って確かめる事も出来ませんでした。
「日付も完全に分かった訳じゃないし、調べておきたいな……。人が誰も居ない理由が分かるかもしれないし」
「街中に誰も居なくて、他に人が集まりそうな場所……あ、そうだ。お城へ向かってみましょう?」
二人はお互い顔を見合わせて頷くと、お城へ向かい始めました。
※ ※ ※
「……お城も誰も居ないね」
「どういう事なんだ……?」
お城は門も開いており、門番も誰も居らず、そのまま入る事が出来ました。
そしてお城の隅々まで探索し終えた二人は、状況整理と休憩も兼ねて、城内の書斎で立ち止まっていました。
「あとは――“月の塔”だけか」
「うん。……何か順番が前後しちゃってる気がするけど」
「お城が一番、人が集まる場所と考えるだろ? しかし、誰一人居ない……」
シャルルはカストルがずっと口にしていた疑問点を訊ねました。
「……日付はどうだった? 分かった?」
「……あぁ」
二人が旅立つ前の場所の日付は、二×一七年二月二十七日でした。
カストルは一度目にした、書棚の傍に掛かっているカレンダーにもう一度目を向けます。
「“キュプリア歴二×一四年二月二十二日”だ」
「二×一四年……。これって三年前の日付だね」
「そして三月まであと一週間。……さっき塔から出られた通り、セントエルモの火が“見える”期間であるのは間違いないな」
「それ以外は特に、何か特別な日では無かったのかな?」
「いやいや、俺に振られてもそれ以外は分からないぞ……。別の国から来たと云う割に、何か知ってそうなお前は分からないのか?」
シャルルは首を横に振ります。
「うぅん、お手上げー」
「……そうか」
二人は書斎から動かず、考え込みました。
カストルが知りたかった日付の情報以外に、手懸りは未だ何も掴めていません。
「……人に全く誰も出逢わない上に、手懸りも何一つ掴めないとなると、何の手の施しようが無いな……。先ずはメモリアについてのそもそもの根本から振り返ってみた方が良いか?」
ここで二人は、メモリアについて振り返ってみます。
「えぇっと……、メモリアは確か“記憶そのもの”と呼ばれていて、……そうだ! 人の記憶の中であって、その人の過去の世界だから、誰とも会わない事は理屈的におかしくなかったんじゃないかな……?」
「いやいや、この時点で“異常”だろ。誰とも会わないという事は“その人が誰とも会っていない”。誰とも関わりも無いなんて――」
「当たり前じゃないの?」
「え?」
シャルルがこの“異常”について、肯定の言葉を挟んだ為、カストルはきょとんとします。
「だって、“太陽の塔に居る間”はずっと外に出られないんだから……“孤独”なのは当たり前じゃない?」
「……いやいや、待て。俺はさっき、日付はいつと言った? セントエルモの火が出ている間は、女王様は太陽の塔から外に出られるだろう?」
「あ、そっか。……でも、こうは考えられるんじゃないかな? ヘレネが“その時間帯に、その場所には居なかった”。彼女が居た場所、それ以外の場所に誰が居たかなんて分からないでしょ?」
「それは頷けるな。魔法で知る事は出来るが、特に使う事なんて無いしな……。それにしても、“ヘレネの記憶で世界なのに”、太陽の塔の部屋が、違う女王様の部屋になってるのは妙だぞ。あれは彼女の部屋では無いし、彼女は太陽の塔の外に居る筈なのだから、別の女王様の部屋をあんなにくっきりと覚えているものなのか……?」
「それもそうだね……、それにあの部屋は――あ、そうだ。この時、カストルは何処に居たの?」
「……母国だな。確かポルクスが――」
シャルルが思い付いた様に話すと、カストルは真実を聞けなかった様な気がして肩を落とします。
シャルルと顔を合わせ、仕方なく答えようとしたら――
「シャルル! 後ろっ!」
「え……?」
カストルの言葉の直後、シャルルは背後を振り返ります。そこには――
(To be continued......)
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