第7話 これが春の嵐ってやつか
うぅ、苦しい。腹部に圧力を感じる、両の手もピクリともしない。少し甘いフルーツ系の香りがする。さらに時折耳に生暖かい風が吹きつけられ、その度に肩に柔らかいものがかすった。
僕は眠っていたはずだ、と言うか今も夢の中のはず。これが
暗い暗い闇の中で僕は思った、まず目を開けようと。そうすれば全ての答えにたどり着けると…。
「お兄!朝だよー!!」
金縛りの正体は
「おはよう、早速で悪いんだが僕のお腹から
「お兄さぁ、耳元で言ってるのに全く起きないよね、なんで?」
夢葉は僕の腹やら脚やらを遠慮なく踏み、ベッドから降りる。
「ぅぐっ!さ、さぁな?」
「ていうかさー、毎日欠かさずこうして可愛い妹が目覚まし時計の代わりをしてあげてるんだよ〜?そんな夢葉になにかご褒美があっても罰はあたらないと思うな〜」
人差し指をくるくる回してから僕を指差す。朝起きて早々何を言いだすんだこいつは。妹とか全く可愛くない。おまけにこいつは頭も良くて、本当にやってらんないぜ。
「なぁ、僕の目覚まし時計を買って間も無く壊したのは夢葉だし、それで『毎日夢葉が起こしにくるから!』って言ったのも夢葉なんだがそれについては?」
「え、なに今の?声真似?聞くに耐えないからやめてくれる?」
ほら出た、話のすり替え。まさか圧倒的不利の状況で僕をdisってくるなんて、最早、大物だな。
「ねぇ、実の兄に対し
寝ぼけ眼をこすりながら、渋々、妹の頼みを聞く方を選んだ。拒否って駄々こねられても朝から
「さっすがお兄!話が早いねぇ、朝ごはんできてるから降りて来て!朝ごはん食べながら話すよ」
そう言うと夢葉はにっこり笑顔を浮かべ鼻歌交じりに階段を降りてった。
「………あー面倒くさい…」
部屋を出て左に進む、夢葉の部屋も通り過ぎてその先の階段を降りる。そこから右に曲がるとリビングのドアがある。そこを開けると庭に続く窓からこれでもかってくらい日光が直射する。テーブルにはご飯とみそ汁があって、そこから湯気が立っていて、その湯気とともにみそ汁の優しい匂いがほんのりと漂ってくる。キッチンの方から目玉焼きを持ってくる少女が目に入る。最高の焼き加減なのだろうか、やけに上機嫌だった。
「ぼーっと入り口に突っ立ってどしたの?お兄」
「いや、ちょっと1日の始まりにモノローグをだな…」
「よくわかんないけど、とりあえず座って、ご飯食べよ」
食卓の準備が整うと夢葉はテレビのスイッチをつけた。うちは食事中でもテレビはつける派だ。
「いただきまーす」
「召し上がれ!」
「おお!生じゃないけど固すぎず、1番いい状態じゃないか」
「ふっふーん!今日のは会心の出来だったよ!」
「ああ、そうだ。ご褒美ってのはなにがいいんだ?こつこつ貯めてあるからある程度なら高いものでもいいぞ」
「お金じゃないんだよ、そういうのは、今日1日夢葉に付き合ってくれれば」
わかってないな、お兄は。というようなため息混じりにちょっと呆れた表情で言った。
「買い物の手伝いか、なんだ、それくらいならお安い御用だ。もっとえぐい注文が来るかと思ってた」
「夢葉をなんだと思ってるのお兄…」
今の発言で夢葉の呆れ顔に拍車がかかった。
なんだと思ってるだって?ずる賢い
「んじゃ、そろそろ行こっか、お兄」
つま先をトントンとやりながら履きづらそうに靴を履いている。
「夢葉、その靴もう小さいなら捨てなよ」
「だってこれ、お兄が買ってくれたお気にのやつだから…」
こういう時だけ妹っぽい顔しやがって…。
「はぁ、ならまた新しいの買ってあげるから、ね」
「いいの?やったー!」
「……なぁ、まさか、それも狙いだったのか」
「いやいや?違うよ?でもお兄が買ってくれるんでしょ?」
「あぁ、兄ちゃんに二言はねぇ、よし行くか」
外に出ると風が強かった強風は僕たち兄妹の前髪をさらった。
「これが春の嵐ってやつか」
「はるのあらし?」
「ん、ああこういう強風が春に吹くことを春の嵐って言うんだよ」
「またお兄の小説語録?」
読書は結構家でもする。たまに集中しすぎて、夕ご 飯も忘れ夢葉に呼ばれる時まである。それを知ってる夢葉だからこその、この呆れ顔である。
「悪いかよ?」
「別に?いいんじゃない」
着いた。その名もジャンボデパート。ここはその名の通りすごくでかい。その中にはスーパーやレストラン、服屋、果てはバッテイングセンターまで、我が家では全ての買い物をここで済ませているほどだ。
「やっぱり春物いっぱい入荷してる〜!これ可愛い!あったのもいいなぁ」
服屋に入ると赤くなってツノが生えたかのような速さ、大体通常の3倍くらいの速さで服屋を動き回った。
ピロンッ
LINEの通知音、夢葉からだ。
『ちょっぱやで店内の更衣室の前来て!』
ちょっぱやって今日び聞かないな。そんなことを思いつつ小走りで向かう、すぐに着いて返信した。
『もう着いた』
「お兄?」
LINEの通知を見たのか、更衣室の中から声が聞こえてくる。
「いるぞ」
僕が声を発して間も無く、更衣室のカーテンが開いた。
「ジャーン!どお?」
「おおー可愛いぞ、世界一可愛い」
「世界一どうでもいい感想をありがと…」
そう言われても、自分の妹に万が一にもキュンとくるなんてないのだから、仕方がない。
「お兄の感想は最初から期待してないけどね」
はぁーとため息をつきながら夢葉は答える。だったら最初から聞くなよ。
「それで、買うものは決まったのか?」
「そこの箱のやつ全部」
そう言って指差したその先には積まれた箱があって、僕はてっきりこれから店に出すために店員が一時的に置いたものだと思っていたので、驚いた。
「これ全部か!?そんなに買うの?」
「これでもお財布と相談して少なくしたの!女の子なら普通だよ」
「そうなのか、これで本当に全部?」
「そだよ」
確認をしてから近くの店員に声を掛ける。
「ちょっとすみません、これ全部買います」
「あ、はいわかりましたレジカウンターまでお持ちします」
「お願いします」
春物の洋服が入った箱を持って店員さんがレジの方へ歩いて行く。
「ちょっとお兄!私が出すよ?付いてきてくれるだけでいいって言ったじゃん」
「この場面で妹に財布出させる兄貴は古今東西どこを探してもいないよ」
いくら、調子がよくて小生意気な妹でもそれは流石にできない。
「ありがとう…じゃあお言葉に甘えるね」
予想外のことだったからか、急にしおらしい態度になった。
「いつもそうやって素直なら多少は可愛いんだけどな」
皮肉まじりに僕は言う。それを聞いてほんのちょっとだけ夢葉はムッとする。全国模試上位者でもそういうとこはまだ子供なんだな。
服屋を出たあと、靴屋に向かった。そこで夢葉が悩みに悩んだ結果、気に入った靴があったのでそれを購入した。
「まだ11時半か、昼飯でも食べてくか?」
「うん!じゃあね、最近できたオススメのとこがあるんだよね」
「ん、じゃあそこ行くか」
新生活の準備かその日はとても人が多く、夢葉を見失わないよう、注意して夢葉の後を追った。そしてあの日、僕が今日のように注意深く話を聞いていればと、後悔するんだ。この時の僕はまだ何も知らないけど…
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