time 〜僕と私の物語〜

夜ノ帳

一章 忘却

第1話 それはまるで…

 夢人ゆめと


 はぁ。僕は僕の人生がひどくつまらなく退屈であることに不満を持っている。別にイジメを受けている訳ではないし、トイレの個室でぼっち飯に及んでいる訳でもない。むしろそっちの方が…いや、でも少なくとも退屈はしなかったのかもしれない。

 僕の友好関係はそれなりに広く、勉強も上位30%に入るくらいにはできる。スポーツだって競技にも寄るけどそれなりに活躍できる。いて嫌な事をあげるならイケメンともブサメンとも言いがたい、特徴のない事がのこの顔つきぐらいだ。

 僕の世界はそれなりに満たされていて、いや 満たされていなくて、と言った方が正しいのだろう。そんな世界にとても退屈している。

「うぅー寒! 予報では今日から暖かくなるって言ってるけど本当かな」

 まだ少し厳しい寒さに身を凍えさせながら学校に向かった。



 ガララッ

 教室のドアを開ける。「それでね! そこの雑貨屋さんの〜…」「えぇー、私も行きたいなー…」

「おいおい、それは嘘だろ!」「いやこれがまじなの!! 昨日屋上から飛んだ生徒がいるらしいんだって!! 確か、じゅうろくや? みたいな名前でさ…」「なんだよ、それ…」

 今日も今日とて騒がしい日常。数名の友人からおはようと声をかけられる。それにこたえながら席に着く。いつものそこそこにしか楽しくないと言える1日が始まる。



「キーンコーンカーンコーン♪」

 くあぁっ。放課を告げるチャイムとともに勢いよく伸びをした。これからの時間、部活所属の者は校庭へ、帰宅部は帰宅という部活を始める時間だ。

 その中で僕だけ違う行動をとる。B棟の二階の端から2番目の空き教室。そこで1人静かに小説を読むのだ。小説は好きだ。絵がない分自分の頭にいろんな映像を流しながら読める。さらに騒がしい教室と違いここなら集中8割増しで小説にのめり込む事もできて、本を読むのに最適なのである。さて、昨日の続きは…



 パタムッ

 ふう、とても良かった。ラストシーンでヒロインが主人公の涙で悪魔に戻ってしまい自分の最大のかたきと知った主人公が葛藤かっとうする所なんて必涙モノだった。

 物語は読むといつかは終わってしまう。そんな当たり前のこと、何を言っているんだと、そう思うかもしれない。しかし、それはその物語の主人公やヒロイン、脇役などのキャラクターとの別れを意味するのだ。どんなに長い物語も読み終わってしまえば、もうその中のキャラクターは喋らない。喪失感そうしつかんいな虚無感きょむかん? これも違くて。このキャラにはもう会えない。というなんとも言えないもの寂しさみたいなものを感じるのである。


「ああ〜どこかに小説みたいにスリリングで可笑しい人生送ってる人いないかなー」

 そんな人と友人になればこの退屈も消えるのかもしれない。などと思いつつ、ふと時計を見る。5時か。そろそろ帰らないと、そう思い窓を閉めようと立ち上がる。


 ブアアァッ

カーテンが春一番の風になびいたその瞬間とき、長く綺麗な色の黒髪をなびかせながらロープにつかまり空き教室にその人は飛び込んできた。それはまるで映画のワンシーンの様な光景で思わず息を飲んだ。


 事実は小説より奇なり、と誰かが言った。そんなの有り得ないって思ってた。でも、それは小説級の、そんなんじゃない。小説の出会いだった。




 スタッと華麗に着地したその人は自慢げに、誇らしげに顔を上げた。ふと目が合う。その人はこの教室に人が居るのを知らなかったらしい。赤らめた頰がそれを物語っていた。

「えっと、あなたは? 何してるんですか」

 表情から赤が消え、何か、考えている風だった。

「クックックッ、弥生やよいの十日あまり六つの今日! いにしえより定められし運命の歯車フォーチュン・ギアは今壊れた! それは我と汝の運命さだめをも超越せし邂逅かいこう所為せいだ。汝、我……十六夜 月と契約せよ。そして再びこの地に天地開闢てんちかいびゃくをもたらさん!」

 あまりの唐突さに何も考えることはできずに僕の思考回路はショートしていた。そうして少しの間ほうけていると、あまりの恥ずかしさにか、さっきとは比べものにならないくらい頰が真っ赤っ赤になっていた。それはまるで熟れたイチゴの様だった。

「私がそういう痛い人って訳じゃないの! ただ」

「ただ?」

「昨日やってたアニメにこんなシーンがあってどうなるのかやってみたの! 作中ではやはりお前が…!! って感じになってたんだけど、流石にならないか」

 ふふっと笑いながら言った。思わずこっちまで赤くなる。それを隠そうと言葉も決まらず喋る。

「あの、なんでそんな事を?」

 そりゃそうだ。窓から飛び込んできたりいきなり変な台詞を吐いたり、聞きたくもなる。

「うーんとね、テレビとかでやってたかっこいいと思う事をどんどん実践してるんだ」

「窓から入ってくるのも?なんでそんな事を?」

「そうだよ。スパイアクションの映画だったの。あとなんでって言われてもやってみたかったからってだけだよ?さらに君、質問が多い。女の子に質問責めは感心しないなー」

「うーん、まぁそれもそうですね。」

 納得こそしてないが、思わず話を合わせてしまった。

「あ! じゃあ逆に質問。名前を教えて? 私は月。十六夜いざよい あかり! 君の名前は?」

 へぇ、珍しい名前だ。と思いながら、答える。

「夢人。よろしく……!! お願いします」

 なんかカタコトになってしまったのは、十六夜だったからだ。彼女の履いている靴には青のラインがはいっていた。それは一個上の先輩という意味を表している。

「夢人くんね。黄色のラインから察するに後輩君かな? よろしく♪」

 あの、と話しかけようとしたところでタイミングよく鐘がなる。

「あ!! 完全下校のチャイムだ! 早く行かないと正門しまっちゃう〜。あ、えと…じゃーね!」

 そう言い残し、十六夜先輩は教室から出た。あ、と気がつき早々に僕も教室を後にした。

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