深海

武市真広

深海

 

 深海

 

 海は不思議と暖かかった。

 地上にはなかった温もりが少女の身体を包む。

 親に捨てられ、友もおらず、ただ孤独だった彼女は一人海に身を投げた。

 そうすれば楽になれると思ったから。

 雲一つない青天は水平線の彼方にまで広がっていた。身を投げる直前、少女は遠くの船を眺めたり、空を飛ぶ海鳥を見ていた。生まれ変わったらああやって自由に生きられる。

 自ら命を絶つということに躊躇いはなかった。揺るがない意志とでも言うべき確固たる思いだけが少女にあった。いやもう行く先もないという何ら希望のないことから起こる投げやりな気持ちも大いに影響していただろう。行き場もない、希望もない少女は今生きているこの世界から早く抜け出したかった。死ねば生まれ変われると頑なに信じて。

 

 海に落ちて、少女はまず地上にはなかった暖かさに包まれたことに戸惑いを覚えた。

 不思議と息は苦しくなく、まるで自分が魚になったかのように感じた。

 だが身体は魚のように海中を自由に泳ぐことはできなかった。

 波に流されて、沖に出た。 

 少女は明確な意識を持ちつつ、身体の重さでただただ深い海に沈んでいく。

 

 水中から見上げる空は澄んだ海の青と重なって、言葉にならないほどの美しさだった。少女は今まで生きていて、そして逃げ出したくて仕方なかったこの世界の美しい姿に深い感慨を覚えた。

 

 海は青い。海の中から見上げる空もまた青い。この世界は青いのだなと思った。

 時折魚が少女の近くを通り過ぎていく。少女を不審そうに一瞥すると魚たちはどこかへ泳いでいく。

 

 ついに地上の光も届かなくなってきた。

 身を投げてすぐの時は日の光が少女の身体を明るく照らしていたが、沈んでいくにつれて、海は暗くなっていく。

 

 深海へと沈んでいく。

 

 とうとう光もなくなった。少女は途端に恐ろしくなってきた。いよいよ周りも見えなくなり、ただ自分が海の中を沈んでいるという感覚だけがあった。

 時折岩肌に体を擦らせるが、それでも沈み続ける。果てしない底を目指して。少女は底などないのではないのかと考えるようになった。永遠に自分はこの何も見えない真っ暗闇の中を沈み続けるだけなのではないかと。そう思うと少女はこれからどうなるのかという不安に駆られた。死のうと思い海に飛び込んだが、現実は今こうして死なないで沈み続けている。どうすればいいのだろうかと少女はわからなくなった。

 

 沈み続けてもうどれほど経つかわからなくなり、変わらない暗闇にも嫌気が差してきた。

 

 そしてついに深海の底に辿り着いた。だが、底に着いたからと言って何かが変わったという訳ではない。沈むことが終わっただけで暗闇と平安だけが広がっている。もとより海の中で音らしい音を聞いてこなかった少女にとっては海ほどの静寂はなかったことだろう。地上とは違う静けさ。

 

 少女は死ぬと言うことはこういう果てしない闇と音のない世界、そして何もない世界なのだと悟った。

 

 少女は目を閉じた。

 

 

 

 

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深海 武市真広 @MiyazawaMahiro

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