エピローグ

ep.1 求めたエンディング

「いってくるな、シロ」

「にゃお」


 彼が出かける時は、いつも見送りをするのが日課になっていた。私が歩くとチリンと鈴の音がする。


「それがあるとすぐにわかっていいな」

「みゃお」

「気に入ったか?」

「みー」


 凌太りょうたは私を抱きかかえて、顔を擦りつける。私も頭を左右に振って、グリグリし返す。

 私の首には、彼からのプレゼントが光っていた。

 あの時――私が人間になった直後、学校に戻ったはずの凌太がいたのが気になっていた。彼の話によると――。



            ★☆



「あの時、お前に逢えなくなるからウチの猫になるか? って言おうと思ったんだよ。だから……ほら」


 キレイな首輪を付けてくれながら、説明をしてくれた。


「これでずっと一緒だろ?」

「にゃお」


 私は嬉しくて、彼に飛びついた。


「くすぐったいって」


 頬を舐めると、凌太が笑う。つられるように私も笑う。


「これでずっと一緒だ、シロ」

「みーっ!」



           ★☆



「今日は帰りが遅いから」

「にゃお……」


 今日は大学で遅くなるの?


「帰りにいい物買ってくるよ」

「ふーっ!」


 それよりも早く帰ってきて!


「わかったわかった」

「みゃおん」


 本当?

 こんな毎日が続いている。

 凌太にはもう、私の声は届かない。でも、彼はいつも私に話しかけてくれた。伝わらないってわかっていても、私は返事をする。



 だって、凌太ならわかってくれるって思っちゃうから――。



「早く帰ってくるよ」


 彼の顔が近付いてきて、私は唇を優しく舐めた。



 今日も無事に帰ってきますように――。



 そんな想いを込めて。


「いってきます」


 凌太は私を静かに玄関に下ろして、出かけて行った。その背中を途中まで追いかけるのも、また日課の一つ。


「ククッ、ご苦労なことだなぁ」

「クロウ」


 塀に登って凌太を見送っていると、一羽のカラスが隣にとまる。

 相変わらず、憎たらしいくらいに艶のある黒い羽を輝かせて、これ見よがしに見せてくる。


「自由を捨てて飼い猫になるなんてなぁ」

「あんたにはこの幸せがわかんないのよ」

「カーカカカッ! カラスは自由気ままがモットーなんだよ。お前さんみたいな猫とは違うんだ」

「そうね……あ、ここの家のゴミをあさったりしないでよ?」

「お前さん、俺様をそんじょそこらのカラスと一緒にするな」

「まあ、あんたはそんなことしないってわかってるからいいけど」


 私の言葉に、クロウは目を大きく開いた。


「なんでそんなことが言える?」

「だって、あんたは他のカラスとは違うでしょ?」

「まぁな」

「それに、いいところがあるみたいだから」

「あぁ?」


 眉間にしわを寄せて、怪訝そうな表情を浮かべる。


「お前さん、俺様のどこを見ていいところがあるって言うんだぁ?」

「んー……何となく?」

「カーカカカッ! これだから飼い猫は、お気楽なもんだなぁ」

「でも、あの時」

「あぁ?」

「一瞬だけど人間にしてくれた。凌太との最後のお別れを言う時間をくれたじゃない」

「あれは……気まぐれだ」

「あっそ。じゃあ、その気まぐれに感謝しておいてあげる」

「ククッ、それで? ニンゲンは動物の医者を目指して勉強か?」

「うん、やりたいことが見付かったんだって」

「カーカカカッ! お前さんに命を救われたのに、今度は救う立場にってか?」

「うん」


 やりたいことも目標もなかった凌太が、私と一緒に暮らすようになって変わった。

 あの事故の後、マジメに勉強を始めた。じゅうい、っていうのを目指して、帰ってきてからもずっと机に向かっていた。

 そんな彼を私は応援し続けて、また春を迎えた。


「シロちゃーん」

「みゃお!」


 凌太のお母さんに呼ばれて、私は塀の上から飛び降りる。


「朝ご飯の時間よ」

「みー」

「ククッ、ニンゲンがニンゲンなら、猫も猫だな」


 クロウが翼を広げて飛び立とうとした、その瞬間。


「ねえ!」

「あぁ?」


 私は塀にまた登って、クロウを下から見上げる。


「あんたってもしかして……私のこと好きだったの?」

「……寝言は寝て言うから、寝言って言うんだぜ」


 腕を上下に動かして、身体を浮かせる。その直後、足で私の鼻を蹴った。


「みっ!」


 腕から力が抜けて、私はそのまま地面に落ちていく。とっさに身体を丸めて着地したからいいものをアイツ……次逢ったらただじゃおかないから!



「ククッ、俺様がお前さん……猫を好きだぁ? 面白いことを言ってくれる」


 那須なす家が見える高い木の枝にとまって、羽をクチバシで整える。


「違うな……俺様は退屈が一番嫌いなんだ。だからお前さんもただの暇つぶしだ」


 母親からエサをもらい、微笑むアイツを見つめる。


「中々、面白いもんが見れたが……まだまだ足りねーな」


 クチバシを鳴らして、空を仰ぐ。

 青いキャンバスに白い雲が飾られていて、胸くそ悪い。何も出来ないで、流されるままの雲だったアイツが、最後の最後で動かしやがった。


「まぁ、そういうこともあるから面白いんだけどなぁ」


 翼を羽ばたかせて、高く舞い上がる。



「俺様はハッピーエンドなんて望んでねーんだよ」

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白の片想い~現の体験~ 黒猫千鶴 @kuroneko9696

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