ep.5 私が選んだ五回目の最後

「凌太ぁぁぁ――っ!」

「ククッ、そうくるか……面白い」


 黒羽の身体が、カラスの羽に包まれて本来の姿に戻るのが目の端で見えた。

 私は腕を大きく振って、前に進む。

 風が吹いて、黒い羽に包まれた。銀色の髪が伸びてきて、私の身体を覆う。白いワンピースが脚に巻き付いてきた。凌太の手を掴もうとした手は、次第に短くなっていき、いつの間にか地面につく。両手でまた地面を押し上げて、どんどん速度を上げた。


「にゃあぁぁぁんっ!」

「……シロ?」


 凌太が私の方を見る。彼の瞳に映る私は、白い猫の姿をしていた。



 甲高いブレーキ音が響き渡り、私は道路に落ちる。



 受け身も取れないまま、肩から真っ逆さま。衝撃のせいか動けなくて、薄らと目を開くと、道路に横たわっているのがわかった。


「白!」


 彼が私の名前を呼んでいるってことは、凌太は無事なんだね。


(良かった……)

「おい、白!」


 今はどっちの私を呼んでくれているの? 人間の白? それとも猫のシロ?

 ううん、どっちも私なんだ。

 あなたに恋をしたから、人間になりたいって思った。

 あなたを助けたいって思ったから、猫に戻った。


「白! 目を開けてくれ!」


 重いまぶたをもう少しだけ開けてみる。視界がハッキリしてくると、凌太が涙を流していた。


(どうして泣くの? どこか痛いの?)


 腕を伸ばして、そっと彼の頬に触れる。


「白!」


 凌太は私の手を掴んで、大粒の涙を零した。


「あれ……? どうして……」



 私に手があるの?



 肉球がなくて、五本の指がある。凌太がしっかりと握り締めてくれている。


「私……」

「ククッ、間に合うとはな……」


 声のした方に視線を動かすと、クロウの姿があった。


「まぁ、がんばったご褒美だ。短い時間を楽しむんだな」

「クロウ……」

「白、お前……シロだったんだな」


 凌太の震える声がして、視線を戻す。彼は目元を赤くして、鼻をすすっていた。


「うん、そうだよ……気付くの遅いよ……」

「ごめん……ごめんな……」

「ううん、私の方こそごめんなさい」



 あなたをようやく守れた――。



「なんで、白が謝るんだよ。俺を助けてくれたのに……俺、何も出来てない……」

「そんなことないよ」



 私のこと、好きだって言ってくれた。



「充分、もらえた……」

「白……好きだ、だから……」

「私も、凌太のこと好き。大好きだよ」



 これからもずっと大好き――。



 凌太と見つめ合っていると、呼吸が苦しくなっていく。彼の手からするりと腕が、落ちた。


「待ってくれ、まだいろいろと話たいことがあるのに……」

「私だってあるよ」



 でも、もう――。



 彼は唇を噛み締めて、ゆっくりと解く。私の頬に優しく触れて、ゆっくりと顔を寄せる。鼻先がぶつかって、照れくさそうにお互い笑った。

 私は目を閉じて、凌太の唇の感触を知る。柔らかくて、温かい。



 これがキス、か……。



 一生忘れられない、最初で最後のキス――。



「シロ……好きだよ」

「にゃお」


 凌太は私を抱き上げて、顔を擦りつける。くすぐったくて、私が微笑むと彼の涙を舌ですくい取ってあげた。

 お互い顔を見合わせて、照れくさそうに笑う。

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