ep.4 選択したのは…

「……このっ!」


 凌太が飛びかかると、二人は裏門の方へと転がっていく。

 嫌な予感がした。

 心臓が激しく脈を打ち、唇が震える。彼の名前を呼びたいのに、声が出ない。身体が石になったように固まって、動けない。


「ダメ……」

「ククッ、察しがいいなぁ」


 凌太が先に起き上がり、康介の上にのる。


「ダメ……っ!」

「カーカカカッ!」


 黒羽の笑い声を合図にようやく身体に自由が戻った。

 私は地面を強く蹴って、走り出す。手を前に伸ばして、彼を掴もうとした。

 凌太が康介を一発殴ると、彼は蹴りを腹部に入れる。それを受けた凌太は、後ろに吹っ飛んだ。それがあまりにもスローモーションに見えたのに、私の足はちっとも前に進まない。


「凌太ぁぁぁ――っ!」


 彼の身体はゆっくりと裏門にぶつかり、静かに開いた。

 凌太だけじゃない、康介も驚いたんだと思う。そんな驚きにも、悲鳴にも訊こえる声を上げたのが、耳に届いた。

 私の声に反応して、凌太は手を伸ばしてくれる。それを必死に掴もうと私は走るけど、距離がまだある。



 届かない――。



 門が全開した、その直後。クラクションが鳴り響く。悪寒が背中を走り、毛穴から冷や汗が出るのを感じた。


「嫌だよ、凌太……」



 もう、あなたを死なせないって決めたのに!



 唇を噛み締めて、涙を零す。



 せっかく、想いが通じたのに――。



「お願い……誰か、助けて――」

「助けてやろうか?」

「え?」


 思わぬところからの言葉に、私はマヌケな声を出した。

 私の隣には、ゆっくりと歩く黒羽の姿がある。


「ただし、チャンスは一度だけだ」


 時が止まったと、錯覚してしまうように周りは静まり返っている。凌太に迫るトラックも、さっきと同じ位置にあった。


「これは……」

「カーカカカッ! 俺様はお前さんの時間を巻き戻したんだ。こんなこと簡単に決まってるだろ?」

「じゃあ、凌太を――」

「それは俺様の仕事じゃねーな」

「どうして……」


 奥歯を噛み締めて、黒羽を睨み付ける。


「そんな怖い顔するなって。言ったろ? チャンスをやるってな」

「チャンス……?」

「ああ、お前さんに選択肢をやる」


 黒羽は人差し指を立てて、凌太を差す。


「このままだと確実にニンゲンは死ぬ」


 胸の奥がざわつき、私は目を大きく開いた。


「トラックにかれてな。だが、お前さんが猫に戻れば助かる可能性が上がる」

「本当!?」

「ああ……だが、猫に戻ったら最後。もう人間にはなれねぇ」

「え……」


 それって私が元の猫の姿に戻ったら、もう人間として凌太の前に出ることが出来ないってこと……?


「どうして……」

「当たり前だろ? 猫から人間になるのも、人間から猫になるのも一回きり。そんなほいほいなれるもんじゃねーよ」

「そんな……」

「嫌なら戻らなくていいんだ。人間のまま、あのオスと仲良くすればいいんだからなぁ」


 指先が動いて、目を大きく開いた状態で固まっている康介を差す。


「まぁ、あのニンゲンは死ぬんだ。もう心残りはねぇだろ?」

「それは……」

「それにあのオスはお前さんを好いてる。いい話じゃねーか」


 固唾を飲んで、康介から凌太に視線を移した。



 想いが通じた凌太。

 想いを寄せてくれる康介。



 猫に戻れば凌太を助けることが出来るかもしれない。でも、出来なかったら? 私はもう人間にはなれない。

 人間のままだと凌太は死んでしまう。でも、康介が私の心を癒してくれるかもしれない。ずっと側にいてくれる。



「私は……」


 大きく開いた目から涙が溢れる。


「さぁ、どうする?」



 幸せに賭けるか、目の前の幸せか――。



 黒羽が口角を上げて笑う。

 私は唇を引き結んで、深呼吸をする。そして、負けじと微笑んで見せた。


「心を決めたって顔だな」

「もちろん、私の心はずっと決まってた」


 一瞬、目移りしそうになったけど、引き戻してくれたのは彼だ。

 強い想いを伝えてくれたのも彼だ。



 だから、今度は私が答える番だ!



 地面を強く蹴って、前に進む。

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