ep.3 繋がる想いのその先へ

 私は視線だけを動かして、黒羽を見た。彼は口角を上げて、目を三日月型に歪めて笑う。


「壊れちまったのかもなぁ……カーカカカッ!」

「僕だけを見てくれませんか?」


 頰を伝う涙を指ですくい取りながら、康介は言葉を続ける。


「僕はあなたを忘れません。何があっても、必ず守ります」


 心臓が締め付けられたように痛い。誰かに踏まれているのかも、噛まれているのかもしれない。


「だから……」


 その言葉が欲しかった。でも、言って欲しい相手は、目の前の人じゃない。



 本当に言って欲しかった人は――。



「りょう――」

「何勝手に口説いてんだ」


 優しくて、知っている温もりが、私を包んでくれる。

 後ろから抱きしめられたけど、誰だかわかる。見なくたって、声を訊かなくたってわかる。だって、それは私が求めていたものだから――。


「凌太!」

「ごめん、先生探してたら時間かかった」


 振り返ると同時に、私は凌太に抱きついた。


「わっ! 危ないだろ?」


 そう言いながらもしっかりと私を支えてくれて、強く抱きしめてくれる。


「うん……っ!」


 腕を凌太の首の後ろに回して、隙間なく密着する。

 心臓がうるさいくらい高鳴るのがわかる。彼と視線が交わると、お互い頬を赤く染めた。


「康介、悪いんだけど……白は渡せない」

「ククッ、こいつは面白い……」

「ずっと逢いたかった人なんだ。想いを伝えたいって思ってた」

「凌太……?」


 私が首を傾げると、凌太は私から少し離れる。手を握って、目線を合わせてくれた。小さく息を吸って、一度止める。ほんのりと彼の頰が赤い気がした。


「白、君が好きだ」


 一瞬、言葉を失う。言葉が喉の奥に詰まって、呼吸を忘れてしまう。


「あの時、出逢った頃から……ずっと君を知っているような気がした。好きだって気持ちが強くなったんだ」

「ウソ……」

「白は?」


 もし、今猫だったら、尻尾が左右に揺れているに違いない。

 ドクンッ、と大きく脈を打ち、心臓が活発に動き始めた。目を見開いて、凌太を見つめる。


「俺のことどう思ってる?」


 優しく微笑みかけてくれる彼の瞳に、私が映る。他の誰でもない、私に言ってくれているんだ。


(そんなの決まってる……)


 さっき流したものとは違う涙が溢れてきて、私は鼻をすする。

 大きな音を立てるけど、構わない。あの時みたいにからかわれても構わない。


「私も、凌太が好きだよ!」



 ずっと前から、あなたのことを好きだったんだから――。



「ククッ、良かったじゃねーか」


 黒羽の声がして、ハッと我に返る。


「だが、これがラストシーンなんて思うなよ?」

「どういうこと?」

「カーカカカッ!」


 アイツの笑い声が、耳に突き刺さるようにうるさい。

 強い風が吹いて、白いワンピースがバタバタと激しい音を立てる。慌てて裾を手で押さえると、あることを思い出した。



【嵐には気を付けな】



 湿った空気が辺りいっぱいに広がり、あんなに青空だった空がどんよりと暗い雲を連れてきた。隙間から稲光が見えて、嫌な音も訊こえてきた。


「なんで邪魔するんだよ……」


 康介から低くて、怒気を含んだ声がした。ビクリと身体を震わせて、視線を向ける。


「ひ……っ!」


 あの時と同じ顔だ。嫉妬と憤怒に歪んだ顔で、私達を睨む。小指の爪を齧り、瞳孔を開いている。


「あとちょっとだったのに……あとちょっとで彼女は僕のモノだったのに!」

「康介……?」

「凌太先輩が邪魔しなかったら上手くいっていたのに!」


 嫌な音を立てて、爪を噛み砕く。康介の唇に赤い点が飛び散り、それを舌で舐めとる。

 小指の先からは赤い雫が滴り、ゆっくりと地面に落ちた。緑の草が赤黒く染まる。私は固唾を飲み、凌太の腕を強く掴んだ。


「白はものじゃない!」

「うるさい!」


 ビクリと身体を震わせると、凌太が庇うように私の前に立ってくれる。


「大丈夫、俺がいるよ」

「凌太……」

「なーに、見せつけてくれてんですか?」


 康介が凌太の胸倉を掴み、殴りかかる。それを凌太が避けて、彼の腹部に膝蹴りを入れた。


「う……っ!」

「お前、俺に勝てたことないだろ」

「いつの話をしてるんですか……っ!」


 康介の拳が凌太の顔面に入り、彼はバランスを崩しかける。


「凌太!」

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