晴れた昼。暖簾をくぐった男が独り、いきな調子で詠い出す。

佳麓冬舞

チャッ チャッ チャチャチャ ヘイお待ち!



「らっしゃい。何にしましょう?」


 カウンターに座った男、おもむろにこう切り出した。


「朝より三刻みとき戦場せんじょう整う午後の頃。ジープが車庫へと滑り込む。

降り立つは、このあたりでは見ることの無い、華麗な合羽かっぱ羽織はおった娘。

常に勝つ、乙女とはやされ味を占め、さばけぬ土産を夢に見る。

旅館の中には相手の老人。五郎兵衛ごろべえは、待ちくたびれて、連れた孫と遊びにきょうじる。無茶ぶりさえも楽しい様子。


そして無情に開くドア、和む暇さえありはしない。

さあ、紋付きばかまを身に纏う、老人がまず先手を取った。

刀を抜いて、朗々と歌う。


『倒れる稲穂立てずとも かず残せぬこの命 くわを借り 掘るに甘き香り立つ』


この技の名を、一刀三枚いっとうさんまいおろしと記す。

技を繰り出すその瞬間に たまたまグロいわしの声。

娘はハッと閃いた。その子 肌を さらしたのちに、ひらりと半身はんみを返してみせる。

死角より、襲ってくるを娘は待って、気を捻る。触らなくともやいばが曲り、勢いを地に縫い止めた。

この技は、ボルトとナット浮き世止め、そんな名前で呼ばれるものよ。


さすがにこの技、いくらなんでも予測はできず、老人は、鋭き目をやり如何様いかようも、できぬと知って立ち尽くす。引いた半歩は恐れで甘え、びた一文も、負けぬとばかりに刀を奪い、娘の勝利で勝負は付いた。


縁側で、勝った娘は褒美をねだる。娘に甘い老人は、とろけた顔でけ合った。

かんざし買ってとねだられて、色は何が良いのかと問う。

赤がいい。

答える娘はホタルイカ」


 男がぎんずる間にも、大将の手は注文されたネタをつまんで、次から次へと握り出す。

 台詞が終わると間髪入れず、いなせな口調に寿司下駄乗せて、男の手元に繰り出した。


「はいよ! 細魚さより 蝦蛄しゃこかれいにカッパ、かつお あじさば はまち、卵 ぶり海胆うに 穴子。サーモン 帆立、数の子と。カリホルニア巻き 秋刀魚さんままぐろいわし、平目に小鰭こはださわら。納豆 イクラに槍烏賊やりいかで、甘海老 鯛に、縁側えんがわときて、トロと赤貝 蛍烏賊ほたるいか

31カン へいお待ち!」


 晴れた昼、な寿司屋の一幕でした。





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晴れた昼。暖簾をくぐった男が独り、いきな調子で詠い出す。 佳麓冬舞 @karoku-touma

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