漫才寿司コンビの楽屋裏

鮎村 咲希

漫才寿司コンビの楽屋裏

 お笑い番組の収録後、楽屋で大トロがぼやいた。

「今日はウケんかったなぁ。客層読み間違えたやろか」

 腕組みして溜め息をつくと、その背中を隣に座る女がバシンと叩く。相方のイクラだ。

「アホ、お客さんのせいにすんなや。あんたがスベりまくってただけやろ。しまいには自分のあぶらで滑って転ぶなんて、笑おうにも笑えんわ」

「あれはアクシデントや。滑るほど脂が乗ってるってことは、大トロおれらにとって名誉なことなんやぞ」

「……漫才寿司まんざいずしとしてはビミョウに縁起悪いですけどね」

 マネージャーのカッパ巻きがぽつりと漏らした。すると漫才寿司コンビはぎろりと彼を睨みつけ、

「カッパは黙っとって!」

「そうや。青臭いガキに、俺らの苦労がわかるか!」

 とシャリが飛びそうな勢いでまくし立てた。

「脂のことはまあええわ。前から思うてたけど、あんたのネタは直球すぎんねん。もっと海苔で巻くとか、キュウリを散らすとかしたほうがええんちゃう?」

「それはお前の好みやろ。俺はやたらと飾り立てたりするのは好きやない。ネタ本来の新鮮さととろける脂で、そのまま勝負したいねん」

「そりゃ、わからんでもないけど……」

「今日だって、最初はええ感じやったんや。お前が頭の中身をボロボロこぼしたりせんかったら、あのまま調子よくいけてたかもしれん」

「しゃあないやん、おじぎせんわけにもいかんし。あんただってずれそうになって押さえてたやろ」

「……要するに、おじぎの角度を調整しろってことですよね」

「だからカッパは黙っとってって! これは大トロとあたしの問題やの」

「ああ、ずれやこぼれと無縁な奴に、俺やイクラの気持ちがわかってたまるか!」

「あんた……」

「お前こそ……」

 大トロとイクラは互いを見つめ、手を握り合った。

 カッパはその隙にそっと楽屋を出る。

 ――今夜もどうにか平和に収まりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

漫才寿司コンビの楽屋裏 鮎村 咲希 @Ayu-nyanko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ