目黒のさんま

 秋の野駆のがけでございます。

 神エクセルへ自社データを入力なさいまして、あっちこっちとシートを飛び回った末、喫煙室、まぁ、タバコ休憩ですが、そこへ腰掛けて、一服呑んでますってぇと、

ちょうど、昼時分です。

 近所のデータ部門で回してるランダムフォレストのサーバの音が、ブゥンブゥーンっと耳に入ってきました。

 ランダムフォレストてぇのは、決定木てぇのを何十本何百本も同時に作るんです。

一本一本はそんなに、賢いもんじゃあねぇんですけどね、なにぶん数が多うございますんでなぁ、オフィス中、何してるのか分かっちゃうくらい、サーバの音の強いもんです。

 KPIケー・ピー・アイが横ばいのところに、聞いたことのない、アルゴリズムです。

 上役のお殿様は、鼻ぁピクピク、動かし始めました。


「おい、行路ゆくろ

「こちらに」

「なんじゃ、この音は?」

「データ部門におきまして、昼の際、ランダムフォレストを回しうる音にござります」

「ふむ、ランダムフォレストと申す。人工知能か? よい精度だのぉ。余はまだ使ったことはない」

「はっ、コーディングにござります。マーケター、データサイエンティストが手を汚します。お上様かみさまの、御意向に入るものではござりません」

「控えぃ。マーケター、データサイエンティストが手を汚し、余の考えに合わんとは、太平の贅と申するもの。上役が一朝、事があり、千軍万馬の往来の身入り、あれは好かん、これは嫌いだで、上役が務まるか! 苦しゅうない、持参いたせ」


 理屈にあってんだから、しょうがありません。行路は、データ部門へ飛び込んで行った。

 目ぇまん丸にして、驚いたのは、データ部門の爺さん婆さん。慌てて、VBAブイ・ビー・エーで実装しまして、ドキュメントをこしらえて、で、昼の終わりには持ってきました。


「これ、流行りだから、婆さんと二人でプレゼンに載せようってんで、パラメータチューニングして、一番いいのを持ってきました」


 そうそう、元々はエクセルやなんかで書くんじゃないんです。サーバのグラボ焼きって言って、Rでいっぺんに、何十本何百本と回すから、GPUの上でさんまが焼けちゃう。

 どんどん、きてる火の中へ、データぁ、直に放り込みまして。

 一本一本を見れば、頭へノイズが入って、尻尾へ過学習がくっついて出てきます。

 そんでもランダムフォレストが、好かれるのは、ひとえに精度が良いとこでしょうな。

 みんながみんな、Kaggle《カグル》みてぇな整形されたデータじゃねぇんです。


 つぅ訳で、貰いました。

 エクセルをクリックして、お殿様の神エクセル放り込みまして、カラムにラベルが無ぇってんで一つ一つ打ち込みまして、目的変数を決めまして、ブゥンと回しますてぇと、エクセルですから、余計にジュゥーってんです。


 走りの一脂のった、焼きたてのさんまを、一箸つけてみると、美味いのなんのといって。

 そうこうしている内に、ランダムフォレストの学習が終わりまして、出てきた結果を眺めて一言。


「ランダムフォレストと申すか?」

「御意にござります」

「よい精度じゃなぁ。余はまだ使ったことがない。エクセルは便利だなぁ。斯様かような人工知能が使える。代わりを持て」

「はっ、はっ」

「うーん、ランダムフォレストと申すな?」

「御意にござります」

「神なるものじゃな。うぅん、エクセルは良いな、うぅん。代わりを持て」

「え、え、えぇ」


 秘書の行路、どうなることかと冷や汗を流しておりましたが、結局、上役お一人で、五、六の案件を分析してしまいました。

 そこへ、さっきの爺さんがやって来て。


「お殿様に申し上げます」

「なんじゃ?」

「役員室へお帰りの節、神エクセルにて、ランダムフォレストを回せしことは、どうぞ、ご口外、ご無用に願いとう存じます」

「エクセルにて、ランダムフォレストを回したこと、言うては悪いか?」

CPUシー・ピー・ユーリソースに限りがござりますので、重役らの耳に入りますと、我々どもの落ち度に相成ります。ご他言、ご無用に願いとう存じます」

「その方らの迷惑となることなら、余は言わんぞ」


 言わんと言って、帰って来ました。

 しかし、新しもの好きの、ミーハーの、上役です。

 KPIが横ばいになってくると、すぐ、ランダムフォレストを思い出します。


「あぁ、よかったなぁ。エクセルで、もいっぺん、回したいなぁ。」


 エクセルの話が出ると、すぐにランダムフォレストを思い出して。


「あぁ、エクセルはいいもんだなぁ。あん時、回したランダムフォレストがよかったなぁ、うん」


 エクセルとランダムフォレスト、ランダムフォレストとエクセル。

 頭っから離れることがありません。

 ときどき、お漏らしになります。


「行路」

「こちらに」

「エクセルはよいのぉ」

「御意にござります。ユーザインターフェイス、VBA、共に備わりまして」

「いやいや、UIだの、使い勝手をでるのでない。あの折、回したアルゴリズムな、ランダムフォレストと申すか?」

「うへぇ」

「おぅ、言うては悪いな。しかし、あのデータ部門かな」


 データ部門かなも、何もありやしません。

 行路、冷や冷やしております。


 コンペティションてぇものがございます。Kaggleなんかが有名でしょうか、日本だとDeepAnalytics《ディープアナリティクス》とか。データサイエンティストや学生が与えられたデータから未来を予測する鉄火場、とにかく、そういうものがございます。

 上役がデータ部門の爺さん方から聞き出しまして。

 そこの、コンペ用データの提供元がこう言いました。


「本日は、如何なるアルゴリズムをも、お好みのもので構いません」


 と、きた。あちゃあ。

 こういう時に、権力振りかざして、ランダムフォレストを回さなきゃ、回すときがないと思いまして。


「しからば余は、ランダムフォレストが回したい」

「はっ?」

「ランダムフォレストじゃ」

「ランダムフォレストにござりますか? ははぁっ」


 上役のお殿様の言いつけ通り、行路が部下へ伝えます。


「伺って来たかね?」

「うん」

「お殿様は何だ?」

「ランダムフォレスト」

「えっ?」

「ランダムフォレスト」

「お殿様が、ランダムフォレスト、ご存知の訳がない。貴公の耳違いだ。ランダムウォークじゃないか?」

「乱歩は明智で、探偵だろう。お上様とは大違いだ」

「お殿様んとこ行って、もう一遍、伺ってご覧」


 行路が再伺いしたところ、やはり、ランダムフォレストとの仰せ。

 さぁ、大変です。社内メールで、エンジニアをコンペティションへ呼出します。

 昨日の今日で、本場R《アール》のランダムフォレストパッケージ、取り寄せました。

 なにせ、碌にテストもせずに、持ってきたもんですから、コンペのデータセットのフォーマットも、データのばらつきも、確認してません。なぁんのパラメータもチューニングしてませんで。

 行路が前もって、これに、お殿様の神エクセル放り込みまして、カラムにラベルが無ぇってんで一つ一つ打ち込みまして、目的変数を決めまして、ブゥンと回しますてぇと、ジュゥー。


 このまんまじゃぁ、お殿様に何を言われるかわかったもんじゃない。

 ランダムサンプリングが間に合わねぇってんで、データセットから使えないカラム抜いちまう。ついでに重いからってんで、決定木の方も減らしちまう。

 データセットの欠損が面白くないってんで、とりあえずゼロ入れて、補完します。

 エクセルにしてる時間もない、お殿様でも分かるようにRのドキュメントを書き直す。

 Rで実装されたランダムフォレスト、どう見たって一本松、これを持って、参りました。


 お殿様は首を長ぁくして、メールクライアントに、神なる、エクセルなるものが送られてくるかと思っていると、Rなる、パッケージなるものが出てきました。


「ランダムフォレストか?」

「御意にござります」


 メールを開いてみますてぇと、微ぅかに、ランダムフォレストなる単語が、ドキュメントにちらほら。

 これですと、待ってましたと回してみると、精度の悪いのなんのと文句を言う。

 そりゃそうでしょう。

 昨日の今日でございますから、行路が方々飛び回って、エンジニア連中に頼み込んで、突貫で仕上げたモデルにございます。

 実装も、R言語ですからね。

 エクセルユーザには、難しい。


「ランダムフォレストか?」

「御意にござります」

「いず方より、取り寄せた?」

「人をデータ部門へ走らせまして、ランダムフォレストは、Rのパッケージの本場にござります」

「何、これが、R言語? それではいかん。ランダムフォレストはエクセルに限るぞ」

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