まんじゅうこわい

 あたしも最近、VRブイ・アールってぇもんに生まれて初めて触りましてね。

 一時のもんだと高を括っておりましたが、あれはすごいもんですな。

 こう、わぁっと迫るもんがありまして、弐寺のノーツみたいなのが、みぃんなこっち目掛けて飛んでくる。あたしゃ思わず避けちゃったよ。

 後ろから見てた友達が、なぁにやってんだ、馬鹿、阿呆、間抜けってな調子で野次ってくるもんだから、うるせぇ、じゃあお前がやってみろって言ってやったらね、そいつ何を思ったかイリュージョンのゲームを起動しやがって。

 あたしも常々、イリュージョンはコーエーのグラで作りゃあ世界征服できるなんて言っちゃあいますがね、何も他人のいる前でやんなくたっていいじゃないさ、ねぇ?


 VRってもんは、やってる本人は、もうそれしか見えねぇの。だからね、狭い部屋で動き回って液晶叩き割るってのは、これ、よくよくある話なんです。

 で、ゲームの音しか聞こえないもんだから、やってる真っ最中に誰かが来てもわかんない。

 普通のゲームならいいんです。けどね、それがゆずソフトだったらどうすんのって話。

 けどもね、そういうとこのメーカーさんもちゃあんと手は打ってるんですなぁ。そういうのはディスプレイの方は真っ黒になってんの、音も出ない。

 そりゃ、ズボン下ろしてりゃ話は別ですがね、そうでもしなきゃ外から見ても、何のゲームやってるかわかんないようになってる。

 まぁ、何のゲームやってるかわかんないってぇのが、また目印になるんでしょうけども。


 えぇ、十人十色なんて言葉があります。人の好き嫌いというものは十人寄れば気も十色なんだそうで。

 あたしなんかはホラーが苦手でね、バイオ7はトレーラーだけでも背筋が寒くなりましたぁな。

 あんなもんをVRでやろうってのがいたら、あんた気は確かかい? って老婆心が出ちまう。ちゃんとオムツ履いたかい? てなもんです。

 そういやぁ、あたし、時オカのデクババが怖いってぇ泣いてたような人間でした。

きっと生まれた時に埋めた胞衣えなの上にデクババが生えたに違いないね、どうも。


「人間、誰でも怖いものっていうのがあるんだ。それは何でかっていうとね、生まれたときに胞衣を埋めたでしょう。その埋めた場所の上をね、最初に横切ったものがあると、それがその人の怖いものになるんだよ」

「何だいそのエナってのは?」

「君が生まれてきたときにくっつけてきたへその緒だよ。それを胞衣っていうんだ。それで、波瑠はるは何が怖いの?」

「あたしは赤い三角頭が怖いよ」

「じゃあ、それが君の胞衣を埋めた上を最初に横切ったんだよ。六ツ岐むつきは何が怖い?」

「俺はゆっくり追っかけてくんのが駄目なんだ、そん中でもリヘナラドールはゾッとするね。あん時俺はサーモスコープを取り忘れてな、何遍撃っても死なねぇのが、手をいっぱい伸ばしやがんだ。そのうち弾も無くなってな、ありゃあ酷かった、地獄だね。虎ノ木とらのきは何が怖えぇ?」

「僕かい。僕はエイがいやだ、リンダキューブって知ってるかい? 僕にあんなに足が沢山あったらどうしようね? 靴を買うたっていくら御銭おあしが掛かるか分からないよ。エイにだけはなりたくないね。ところで敬春たかはる、君さっきから黙っているけど、何か怖いものは無いのかい?」

「怖えぇもん? そんなものはこの俺様には無ぇよ。人間はなぁ、万物の霊長ってぇくれぇのもんだ。動物の中で一番偉ぇんだ。その人間様に怖いものがあってたまるかい。俺には怖いものも嫌いなものも断じて無ぇ」

「癪に障る野郎だねぇ、嫌いなものがひとつも無ぇなんてよぉ。何かあるだろうよ。たとえばヴィクティム07+08ゼロナナプラスゼロハチなんかどうだい?」

「ヴィクティム07+08? あんなもんなんぞ怖かねぇ、殴りゃあ倒せるじゃねぇか。メーカーがビビって倒せるように差し替えたってんだからおかしいや」

「そんなら、ドラッグ・オン・ドラグーンの敵とか、母体なんかどうでい?」

「敵? 母体? あんなもん俺は生で食っちゃうんだ。フルフルなんかも、よぉく肥えたのを丸焼きにするとうめぇんだ。少し動いて食いにくいけどよ、ベビーチャッピーは生きたまんま握り飯の具にしたらうめぇんだな」

「本当に癪に障る野郎だな。じゃ、いいよ、虫やなんかじゃなくていいから嫌いなもんは無えのかい?」

「そうかい、そこまで聞いてくれるかい? そんなら言うよ。俺ぁね、ハイパーほしにくが怖いんだ」

「なに、ハイパーほしにく? ハイパーほしにくってあのハイパーほしにくかい。まきがい亭で売っているあのハイパーほしにくが?」

「そうなんだ、俺は本当はねぇ、情けねぇ人間なんだ。みんなが好きなハイパーほしにくが怖くて、見ただけで心の臓が震えだすんだよ。そのままいると、きっと死んでしまうと思うんだ。だから、まきがい亭の前を通るときなんぞは足が竦んでしまって歩けなくなるから、どんなに遠回りでもそこを避けて歩いているんだよ。パレポリ町の目抜き通りに建ってるもんだからよ、俺ぁ困ってんだ。あぁ、こうやってハイパーほしにくのことを思い出したら、もうだめだ、立っていられねぇ。ちょいとそこへ、横んならせてもらうよ」


 そんなこんなで、虎ノ木、波瑠、六ツ岐の三人は、敬春が寝ている間に山ほどハイパーほしにくを買ってきて、それを枕元に置いて、敬春が起き抜けにそれを見て、恐怖のあまり縮み上がるのを笑ってやろうと、余計なことを考えるんですな。


「構うもんかい、あの野郎が死んだって、殺したのはハイパーほしにくで、俺たちじゃあねぇ」

「ねぇ、奥でごそごそいってるよ。敬春、起きたんじゃない? 障子に穴を開けてそっと見てみようよ」

「あら、大変。あの人泣きながらハイパーほしにく食ってるよ。ハイパーほしにく怖いってのは嘘じゃあないのかい?」


 慌てた三人は障子を開けて、中で涙を流しながらハイパーほしにくに齧り付く敬春を問い質します。


「おい、敬春よぉ、お前、俺たちにハイパーほしにくが怖いって嘘をついたなぁ? なんとも太てぇ野郎だ。本当は何が怖いんだい? 白状しな」

「すまんすまん、急のことでハイパーほしにくが喉につっけぇて苦しいんだ。ここらで一杯、ポーションが怖えぇ」

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