第18話

 オムホロスは腕をのばし、ルーをだきとめた。自分の素直な感情が口許に浮かんでくるのがわかった。


「よく、ここまでたどりつけましたね」


 オムホロスのおだやかな声に、ルーは我に返った。 「ど、どうして……?」


 自分のなしたことがいまだに信じられず、ルーはうなった。


「クリスタルの剣によって、魔法使いはもとの原型体に戻ったのです」

「ちがう……!」


 ルーは首を大きく振って叫んだ。


 なぜ、オムホロスでなく、魔法使いにクリスタルの剣を突き刺したのか?


 自分の手のなかにある剣とオムホロスを交互にみやり、そのかいなから逃げだした。


「ちがう! そんなこと、みりゃわかる。僕がいいたいのは……」


 ルーはあらためてまじまじとオムホロスをながめた。そして、絶句した。


「カタルガのひさぎ女の顔だ……」

「オムホロスも魔法使いとおなじ。盗んだものの寄せ集めなのです。この顔も、身体も、魂も……もちろんこの男性器さえも」

「あんたのこの身体は……」


 ルーは、オムホロスの均整のとれた少年の肉体をみつめた。


「オムホロスにも剣を刺して、とり戻しますか?」


 オムホロスは指で自分の心の臓を指し示しながら微笑んだ。 ルーはオムホロスの言葉に、自分の心がふるえるのを敏感に察知した。


 その身体はもとは自分のもの。自分自身なのだ。


「どうしますか? オムホロスはこの日がくるのを待っていたのです」


 オムホロスはおだやかになおもいいつのった。


 ルーは絶句したまま、クリスタルの剣をとり落とした。

 

「オムホロス……!」


 ふいにルーは叫んだ。


「これが僕のファルス……! オムホロスが僕の身体……」


 ルーはオムホロスの体にふれた。そして、思い出したようにいった。


「あんたの土人形、捨ててしまった……」

「オムホロスもいつか捨てるつもりだったから……」


 オムホロスはためらっていた両腕をルーの背に回し、自分もまた完全なひとつのものになっていくのをひしと感じた。


 オムホロスの舌のうえにゴドウの血の味がよみがえってくる。より強くルーをかきいだいた。


 クリスタルの剣が緑の萌えに、ルーの足に踏みにじられてうまっていく。


 ルーはオムホロスの抱擁に、忘れてしまいそうになっていた力強い腕を思い出した。


「ツァカタンに魔法使いの肉体の珠を送ろう」


 ルーは緑の萌えにうずまりながらつぶやいた。


「それから、あの神官に魔法の珠を送ろう……」


 オムホロスの優しいふれあいが、ルーの唇を閉ざした。


「クリスタルの剣は……?」


 ルーは地にめりこんだ剣に指をはわせてささやいた。


「僕がもっておく……」


 オムホロスは甘美な危機感を味わいながら、ルーのなかへゴドウの性欲をそそぎこんだ。


 ルーは目を閉じた。


 いまなら感じる。違和感もなく、とけこんでくるファルスの存在を。そして、それがいまだに手にもつ木のファルスとかわりはしないことを。


 オムホロスはのどの渇きに唇をなめた。そして、いつかはルーの血と肉を渇望するのだろうと予期しながら。


 ゆっくりとした交わり。


 唇で確かめあったのは、ふたりの離れがたいつながり。 


 男女の交わりをまねたのは、ふたりの愛着の深さを知りたかったから。


 あいかわらず、身体はふたつのままだった。


 ルーは一瞬のうちに過ぎ去ってしまった充足感に陶酔していた。しっかりと右手にクリスタルの剣を握り締めていた。


 オムホロスは黙って、ルーが大事そうにクリスタルの剣をかきいだくのをみつめた。


 自分とルーは閉じられた輪だった。同じ風景を巡り続ける水車だった。ふたりには発展はなく、終わりもなかった。完成を目の前にしてやめてしまった絵画とおなじだった。


 そして、いつか、輪を開き、水車を壊し、絵画を完成したいと熱望する日がくる。


 オムホロスにはわかっていた。


 しかし、わかっているのだろうか。クリスタルの剣を握って離さない、ルーには。


 「なにをしげしげとみてるんだ?」


 ルーがオムホロスの胸に手をあて、ささやいた。


 ひとつの完全な肉体に、ふたつの魂は必要なのだろうか。


 オムホロスは、こたえた。


「あなたというオムホロスを……」

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キメラの島 藍上央理 @aiueourioxo

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