「ホムンクルスやキメラという言葉にどういったイメージを抱いているか」によって、この作品への入り方、感情移入の度合いが相当変わってくるのかもしれません。
実は私、第一章を読むのに時間がかかりました。
錬金術や神話についてのイメージはもちろんのこと、生物学的な知識(特にホモ・ヘテロなどの性染色体の知識)、と興味(特に子の性別の決定には精子側が関わってくる、という話など)が問われるのかもしれません。
しかし、そういった背景にファンタジー小説として展開されるのは、さらに想像力を掻き立てるストーリー。
「完全ではないもの」である主人公が「完全になるため」の試練を乗り越えるための地図の上での旅行、駆け引き、完全なるものに近づくにつれ、生まれる欲望。
そして「完全ではないもの」を生み出したものの正体、その意図。
男の私のイメージがこの作品のメッセージの全てを理解できているかどうか自信はありませんが、作品の背景に垣間見える「女性の思い描く情愛や愛憎」とはこれほどまでに強烈なものなのか、と恐れながら読ませていただきました。
「読者を選ぶ」ようなことを書きましたが、しかしそれでも多くの方にこの「単純な言葉では表現できない生々しく鮮烈で激しい息遣い」を味わってほしい、そう思うのです。
キメラの島に住むオムホロスは、自らがホムンクルスであると知る。
ホムンクルスは孤独。オムホロスの元となった者は、どこにいるのか。
北国で王女として育つケセオデールは結婚を控え、何かが違うと感じていた。
第1章は、少しずつ読んでいたのですが。
第2章でケセオデールが登場してからの、物語の吸引力が凄いです。
許婚が嫌いなわけでも、結婚が嫌なわけでもない。でも、しっくりこない。
夫に抱かれても何も感じない戸惑いと、女性に欲情してしまった瞬間の衝撃。
心理描写に引き込まれ、目が離せません。
失ったものを取り戻すため、ケセオデールは旅に出ます。
世界の命運がかかったりはしない、あくまで個人の根源を探す旅。
ですが、神々と対峙し、描かれる世界のスケールは壮大です。
太陽の昇らぬ冬に閉ざされるケラファーン。
報酬を求める神ツァカタンの国カタルガ。
ケセオデールの母の優美な祖国ビオリナ。
そして、むせ返るような熱帯の島ネクアグア。
神話の中に入って旅しているかのような、ハイファンタジーです。
大人向けハイファンタジーとして緻密かつミステリアスに作られ、且つ年頃の少年(少女)が大人へと変化していく時の心の震えを、そのファンタジーの中で見事にとらえた作品でした。
大人へと変わっていく自身の体の変化や、自分が何者なのかという疑問を模索しようとし始める心。
そういったものが淡々とした語りの中で鮮明に輝いています。
また、ファンタジー設定そのものが、そういった変化と密接に関わるように作られていてたいへん面白いです。
「自分の正体」が物語の謎そのものでもあるため、オムホロスとルー(ケセオデール)がそれぞれの戦いや旅を通して答えに近づいていく様にはぞくぞくとするものがあり、読めば読むほど目が離せなくなっていきます。
ゴドウとの間に生まれた愛情と同情によるやりきれない関係。
自身が何者であるかという疑問がそのまま大きな謎に繋がっていく様。
同類である師と殺しあわなくてはならないという恐ろしい宿命。
様々なものがたいへんな迫力と魅力を持っています。
また、節々に見られる心の変化や気づきの繊細さにもとても感銘を受けました。
特に、疎ましく思っていた夫の包容力にルーが初めて気がつくところだとか、自らが愛おしい女性と対峙したことで自分を愛おしんだ男たちの心を悟るところだとか、そういった部分はとても心に残ります。
旅の途中で出会う人々も、それぞれにきちんと背景があることが感じられました。
そのおかげで、作品世界がとても豊かになっています。
メインキャラクターだけの物語ではなく、彼らは世界の一部であり、作品世界はもっと大きいのだと感じることができるのです。
描写や文章も素晴らしいです。
五感に訴えかける文章のために、映像や雰囲気が見事に立ち上がってきました。
とても優れていて、面白く、心に刺さるものもあるファンタジー作品で、読めて良かったと心から感じました。