St.Valentine's day:仁子の場合
「もしもし!
ブルーのラインが入った電車から降りホームへと足をつけた
時刻は十七時を回ったところ。耳にあてがったスマートフォンの受話部から漏れているのは
『おー、着いたのか』
「着いた! 今向かってるの! まだそこにいれる!?」
昨晩あのまま
必要な食材を再度買い集めひとりで作り直したガトーショコラは見た目上出来。
突発的に仁子は
『あー、っつか、今更わりぃんだけど、用件ってどんくらいかかる? 俺、そんなに今日長居できねぇんだよな』
「三分! いや、ううん、一分でいいわ! そこで待ってて! 動かないで!」
電話越しでも強く感じる仁子のいきみに、優はビクッと肩を揺らしていた。
『お、おぅ……そうかよ。っつか、まじでどうしたんだこんな急に。まさか、今敵に追われてんじゃねぇだろうな』
「まさかっ! それならとっくに
『はっ? なんだそれ!』
「まぁとりあえずっ、それは置いといてっ……あ! 見えた!
見えてきたオレンジ色の見慣れた看板と、その傍に立つ看板と同じ色のジャンパーを纏った姿。
激しく息を切らしながら仁子は空いている方の手をその姿に向かって大きく振る。それに気がついた優は仁子の方へと小走りで駆け寄った。
「お疲れ。大丈夫か。息切れすげぇけど」
寒い季節にも関わらずじんわりと滲んだ額の汗を
「びっ……目ぇ、チカチカすんだけど」
「何よ、そのロマンもクソもない感想……」
仁子から受け取ると、優はそれを手のひらの上で軽く転がすようにした。
「これ、どうしたんだ?」
「どうしたんだって、今日、バレンタインデーよ!?」
気の抜けたような優の顔つきに仁子は不満を抱く。
「何だ……すっげぇ緊急性ありそうな様子してたからまずいことに巻き込まれてんじゃねぇかってよ。つか、お前、よく見りゃ目の下のクマひどくね? それにさっき言ってた昨日交えた敵って?」
いつも会話を交わす海岸沿いへと歩みを進めながら、仁子は優へ昨日の女子会の一部始終について出来るだけ簡潔に纏めて説明した。
それに所々相槌を打っていた優は、終始苦笑い。
「なるほどなー。あの娘ども二人じゃぁ、最強だわな」
「もう、凄すぎたわよ、
その笑顔に、仁子の胸奥は焦がされ、ほんの少しばかり痒くなる。
むず痒さに堪え兼ねた仁子は、掻き消したいがために慌てて言葉を繋いでいた。
「と、言うか、勘違いしないでよね、それ。他の
「いや、何も勘違いしてねぇけど。バレンタインもらったぐらいで舞い上がるような性格じゃねぇよ」
「ふーん、もらいなれてるのね」
「ちげぇし。大抵貰えんのは義理なんだよ。だから」
そう言われて心がチクチクと痛むのはどうしてだろう。
思わず口を噤み、さざ波が立つ海面へと仁子が視線を落としたその時、ポスッと優の左手が仁子の頭上へと乗せられた。
「ま、わざわざサンキューな。あとで美味しく頂くぜ」
「まだ、美味しいかは分からないわよ。急いでたから味見出来てないの」
「何言ってんだ。一生懸命作ってくれたんだから旨いに決まってんだよ。つか、わりぃ。俺もうそろそろ」
「あっ。ごめんなさい。全然、一分以上経ってる……」
「経ちすぎだけどな。まぁ大丈夫だ」
海岸から歩道へ出る。
「んじゃ、気をつけてな」
「えぇ。ありがとう。急だったのに」
「いや、こちらこそ」
「……じゃぁね」
乱れたポニーテールを今更ながら不快に感じ、仁子は駅に向かい歩き始めながら頭頂で束ねているゴムに手をかけた。
わずかに残っているように錯覚してしまう優の手のひらの温度。
急に仁子は恥ずかしくなり、感情を抑えるようにゴムを引き、一気に髪をほどいた。
「
名を呼ぶ声にドキッとし、髪を靡かせ振り返る。そこにはまだ、自身を見つめる優が立っていた。
「な、なぁに?」
気持ち大きめな声で、仁子は問う。
「お前さ、出会った頃より、今の方がずっと楽しそうな顔してるよな!」
優の包むような言葉に、仁子の心を巡るは――。
「……うん。楽しいわよ! だって、
On February 14th Crystal Girls celebrates St. Valentine's Day…
Fin.
【短編】不器用ガールズのバレンタイン事情 柳生隣 @rin-yagyu
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