第3話 決別
この宴席での件より程なくして、
そのうえ
義弘はその細くなった腕で身体を支えるように
加藤
「ひとつ、今後我が子梅王丸には上総八郡を与え、
「ひとつ、義頼には安房一国と下総二郡を与え、改めて岡本城主とする」
「ひとつ、もしわしが死することがあらば、その時は里見家の当主を里見家一門、および
この時、にわかに場内がざわめいた。
安房の
「おぬし、ここをどこと心得る。評定の場ぞ!」
ひときわ野太い声で、土岐政道が
「
そこには真っ黒に日焼けした年若い侍が、眼だけ爛々と輝かせ立っている。
勿論、手にした刀を振り回そうというわけではない。それが証拠に、竜崎六郎太は太刀を自分の後ろに置くと、その場で
彼は擦り付けた頭の前で両手を合わせると、床が響くほどに大きな声で唱える。
「以前、大殿は義頼様に
「えーい、若侍の分際で何をほざいておる!」
多賀是之が割って入る。
「さらに・・・」
竜崎六郎太はことさら声を大きくした。
「さらに、義頼様に与えられし下総二郡はすでに北条の手の内。我らを安房へと封じ込めるおつもりか!」
これには上総の侍達が一斉に立ち上がった。と同時に、安房の国人達もすでに六郎太を挟んでこれと
中には刀の
里見義弘はこれをうるさそうにただ眺めている。まさかお家が分裂の危機に
「ええーい、やめぬか!」
不意に上総の侍が竜崎六郎太の襟首を掴むや、仰向けにひっくり返した。これをきっかけに上総、安房双方の侍達は肩を前に二歩三歩と足を進める。と、その時である。
「方々、梅王丸様が
それは、まさに場内を引き裂かんばかりの大声である。
一同が振り返ると、そこには幼い梅王丸の肩を抱いた大多喜城が城主正木憲時のしわがれた顔があった。
憲時の一喝に、刀を投げ出す者、素早く
憲時は家臣の首座に
「義頼殿、安房国人のこの不始末、如何するおつもりか?」
義頼はしてやられたと思ったが、それを顔に出すほど器量が狭いわけではない。むしろ、加藤伊賀守に加え、今回その
義頼は家臣達が見守る中、義弘の前へと歩み寄ると深々と頭を下げた。
「大殿、安房の守りはこの義頼がしかとお受け申しまする。
義頼は目を合わせようとはしない義弘に対して、さらにもう一度深く頭を垂れた。その目には、義頼が義兄でもあり父でもある里見義弘に初めて見せる涙が見える。
義頼にしてみては、これが父義弘との最後の別れになることを悟ったのであろう。義頼はまた、梅王丸には心からの笑みをつくって見せた。
「梅王殿、わしはいつでもそなたの見方じゃ。忘れるではないぞ」
梅王丸はこくりと首を傾けると、義頼以上の笑みを返した。
義頼の中ではやるせない悲しみが込み上げてき、それは彼の顔から笑みを奪った。
当主義弘のそばを下がろうとする義頼に、正木憲時がさらに声をかける。
「あの若侍の処分は何と致します」
義頼は憲時の方を振り返ると、憲時だけに聞こえるほどの声で言い下した。
「おぬしの勝手にせえ」
歴戦の
それから程なくして、里見義頼をはじめとする安房の侍達は、岡本城以下安房国の各城へと戻っていった。
そしてあの日、評定で
義弘の側近らは即座に彼の首をはねよと叫んだが、正木憲時が最後までそれを許さなかったのである。
憲時にしてみれば、これから先、義頼ら安房方に対する人質という意味もあったのであろうが、むしろあの時の義頼の眼光が今でも脳裏から離れないでいたせいでもあった。
このように、里見家にとっては外敵北条との和議を取り付けたものの、天正五年の冬は上総と安房が二分するという形で閉じようとしていた。
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