第9話 佐貫の代償
まさに
しかし、時として人間という生き物は
それから四半時ほどの時間がすぎた頃になると、少しずつこの現実からどのように回避するべきかを考え始める者も出始めた。
いつの世でも、人間の器の違いというものは窮地に立たされたときに、大きくその行動に差が現れ出るのかも知れない。
しかし、この時の政道らにいくらそのことを説いても始まらない。ましてや
よって城内にいる誰もが自分の身の保身のため、ある者は逃げ支度をし、またある者は飯を食らっている。責任
いずれにしても、
さらに数日がたとうとしていた。
そんな中、城の大手門を開いて単身義頼の元へと向かう武将がいた。そう、加藤
彼はことの
この場合、一度は
一方、義頼の陣内でも先に述べた
同じく、佐貫城内の異変についても複数の
義頼は単身使者として城を出た加藤信景の姿に、さらにそれを強く確信していた。と同時に
こちらの使者として、先に佐貫城へと使わした板倉実臣のことがである。
もしも、交渉が成立したというのであれば、まずは実臣がそれを伝えに来るはずである。ところが意に反してやって来たのは敵方の、それも梅王丸からすれば第一の側近でもある加藤信景であるというのだ。
義頼はいらだちを隠さなかった。彼は掌の中で何度も
まもなく、義頼の前には梅王丸の使者として加藤伊賀守信景が引き立てられてきた。信景は初老であるものの、背筋は
最初に口を開いたのは信景の方であった。
「こたびは、如何なる
これはまた、意外な切り口である。
義頼にしては、伝えられてくる状況からみて、降伏を願い出に来たのかと思ったからである。この期に及んで、あくまでも強気な姿勢をとるこの老将に少しの可笑しみと供に哀れさも感じずにはいられなかった。
それでも義頼は努めて冷静に言葉を選ぶ。
「先にこのわしの使者として送りし、板倉実臣という者は如何いたしたか?」
義頼はあえて信景の質問には答えず、まず実臣の安否について確かめた。
「斬り申した」
加藤信景はいくぶん表情を強ばらせる。
勿論、信景自らが手を下したというわけではないが、この場合、誰がどうやって斬ったかと言うことなど問題ではないのだ。
「斬った?・・・。死んだと申すのか」
采配を持つ手が小刻みに震える。
「何故、切り捨てたのか?」
義頼は
義頼は弥七の胸ぐらを彼の肩越しに掴むと、自分の後ろへと突き放す。まさに、
加藤信景が斬り捨てた理由を言うよりも、義頼の采配を振るう手の方が早かった。
「信景が―――――っ!」
義頼がもう一度采配を振りかぶったとき、後ろから秋元弥七が抱きついた。
「殿、加藤殿も梅王丸様が使者でございまする。どうかご辛抱を!」
上半身の動きを弥七によって封じられた義頼は、残った足で信景の左の肩を蹴り飛ばした。信景はカメムシがひっくり返ったような格好で仰向けになる。
それでも信景は、今度は伏せたそれのように深々と頭を下げひれ伏した。
額から次々と流れ落ちる血が、乾いた砂にいくつもの赤い
「
もともと義頼には梅王丸を殺してしまおうなどという気持ちは
むしろ、如何にして、この老臣達によって
「たわけっ、明日の日の出まで待ってやるうえ、落ちる者は落ち、投降する者は速やかに我が陣まで来るよう伝えよ」
さらに、義頼は吐き捨てるように言葉を繋ぐ。
「ただし、土岐政道、多賀是之以下重臣どもは落ちることも、我が
「ははーっ」
加藤信景は額を地面に擦り付けるほどに頭を垂れた。
こうして、里見義頼による一種のクーデターはあまりにも
後世の記述によると、この時、佐貫城は無血開城を遂げたとあるが、義頼側からは板倉実臣が、そして梅王丸側でも複数の重臣がその命と引き替えであったということはあまり知られていない。
いずれにしても、里見義頼は房州統一に向けた第一の基盤を築いたと言うことだけは紛れもない事実であった。
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