第5話 北条から来た嫁
天正六年五月、
そればかりか、義弘の葬儀も済んでいないというのに、房総の西より
そんな最中、
「梅王殿はご無事であろうか・・・」
義頼の胸中とは裏腹に、上総方、
一方、
勿論、その気持ちを支えていたのは安房の
実を申せばこの地下牢の牢番、
彼はことあるごとに情報を六郎太に知らせるばかりか、長い牢獄生活の中で
よって、竜崎は地下牢に居ながらにして、
「殿は必ずやこの房州を立て直して下さる」
六郎太は今や視力の落ちた眼で、
年も改まった天正七年、義頼は北条氏政より
もっとも氏政の子とは名ばかりで、正確には菊姫は氏政の妹であり、政略結婚の相手として義頼に嫁がせるために氏政が自分の養女としたものであった。
もとより義頼にはこれより2年前、北条氏政のもとからその末の姫、
時はまさに相房の
そのため、当の義頼は婚儀のことなど何も知らされてはおらず、義頼はじめ安房の家臣団がそれぞれ
結局新郎もいないまま、久留里城にて義弘の立ち会いのもと、義頼との
この後、菊姫は供回りの者も数えるばかりに久留里城を出立すると、まだ顔も見ぬ義頼が安房岡本城へと向かったのである。
二日後、姫を迎えた岡本城側もまた、てんやわんやの大騒ぎとなった。
何しろつい先日までは
最初に口火を切ったのは
「殿、北条は長年来の仇敵。その娘を安房里見家の血筋にお入れになるのはいかがかと存じまする」
いつもながらに、弥七の歯に衣着せぬ物の言い様は痛快である。
「恐れながら、これは明らかに上総方からの押しつけ、殿が相房和睦のつけをお払いになることはありますまい。ましてや、殿にはすでに
板倉実臣は言いかけて、またいつものように言葉を飲み込んだ。
「殿、必ずや
実臣の意を汲むように、岡本
義頼はこれをただ黙って聞いている。
「殿には鶴姫様を迎い入れることで、何かお考えがあるのでしょうか?・・・」
安西
忠正にはすでに義頼の考えていることが思いついている。それでもそれをあえて言葉に出さず、義頼に言わせるよう仕向けるのが忠正の忠正であるがゆえんでもある。
義頼はそんな忠正の眼を見ながら、ひとつ軽く
「皆の気持ちはよう分かった。しかし、姫を北条に帰せば今の里見では、北条はおろか上杉、武田、
「しかしながら・・・」
いつも義頼には絶対服従の
「忠正、城の西に
「ははっ、庵には姫様が飽きぬような庭を
義頼の言葉に、安西忠正は珍しく多くの言葉をつないだ。
義頼は北条の後ろ盾を失った後の里見家を、そして梅王丸を案じた。
結局、安房里見家では鶴姫を迎い入れることとした。しかし、それは鶴姫にとってもまさに裸足で
鶴姫の為に建てられた庵は立派なもので、
ただひとつ。ただひとつ、この庵は義頼が
鶴姫は高台から見える相州の山並みに、何度もその
そして鶴姫が安房岡本城へと嫁いで二年が過ぎた頃、義頼のもとに鶴姫
供の者の話によると、近くの寺へ
しかし、義頼はそうではないと感じた。おそらくはこの二年もの間、誰にかまわれることもなく一人失意の中、最後は武家の娘らしく自害して果てたのであろうと思ったのだ。
結局、義頼はついに一度も相寿庵へと渡ることはなかった。
そうすることが家臣一同の意志でもあり、また義頼が上総の里見義弘に対する意思の表し方でもあったからだ。
「そうか、
義頼の鶴姫に対する言葉は、後にも先にもこの一言だけであった。
この時鶴姫十六歳、花も
一方、相州の北条氏政のもとには、供の者を帰すことはせず、代わりに安西忠正を義頼の
氏政はたいそう悲しんだとされているが、忠正ら一行が帰るときには、すかさず次なる一手を討つことも忘れてはいなかった。
氏政は使者である安西忠正にこのように囁いた。
「
「ははっ、この忠正、必ずや殿にお伝え申し上げまする」
安西忠正は北条氏政の胸中を知るや、
同時にそれは、安房里見家にとって、上総の里見家を倒し、房州を統一するのにはこの上もない後ろ盾となることを意味していたからでもあった。
そのようなこともあり、政略結婚とはいえ鶴姫の継室として菊姫を迎い入れた義頼は、表面上でも仲睦まじいところを見せたのである。
そしてそれは、安房の里見家家臣らにも次第に浸透していくこととなった・・・
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