エピローグ

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 某日某所にて、新進気鋭の作家である有人氏との対談の場が用意され、筆者はどうせなら色々と突っ込んだ事を聞いてやろうと半ば喧嘩を売るような気持ちで対談に臨んだ。有人氏の描き出すダークで廃退的な世界観。綺麗事では済まされない人物の心理を描いた描写に迫りたいと思う。


 ―「本日はよろしくお願いします」


 有人「よろしくおねがいします」


 ―「まずはこの度、『供物少女』の新刊発売と、アニメ、ゲーム化、おめでとうございます」


 有人「ありがとうございます。メディアミックス用に様々な布石をしていて、周囲に語りたくて仕方なかったんですけど、関係各所からキツく口止めされて。やっと堂々と語れます(笑)」


 ―「あっ、それでは今日は色々と聞いてしまっても宜しいんでしょうか?」


 有人「私は語りたいんですけどね。たぶん後でダメ出しされちゃうんだろうなあ」


 ―「『供物少女』は、随分と刺激的な描写と展開で、毎度ハラハラとしてしまうんですが……」


 有人「どこまでがOKで、どこからがNGなのかのスレスレを描くのが楽しいんですよね」


 ―「そういった所謂グレーゾーンを突き進むのがヒットの秘訣でしょうか」


 有人「どうでしょう? 私はなんというか、境界線というのは人それぞれで違うと思っていますから、私のOKゾーンはここまでなんだが、みんなはどうなの? って聞いてみたいというだけで書いてるので、ヒットするかどうかというのは狙ってません」


 ―「OKだった方々が多かったんでしょうね」


 有人「いやぁ。それがね、そうでもないんですよ。寧ろ『供物少女』は叩かれたほうが多かったかと思います」


 ―「そうなんですか?」


 有人「やっぱり、ね。自分で書いてて言うのもなんですが、暗いし汚いし、怖いし酷いしで。いい本とは言えないじゃないですか(笑)」


 ―「まぁ、小さな子向けではありませんね(笑)」


 有人「それでまぁ、色々と厳しい意見や人格否定の言葉なんか、沢山頂きました。『どうしてこんな酷い話を創造できるんですか。人の心を持っているとは思えない!』とか言われたりして」


 ―「そういった意見にもきちんと目を通されているんですね。それでモチベーションが落ちてしまう事はないんですか?」


 有人「私は良くも悪くも、人の意見にはあまり意識を向けないので、褒められても貶されても『あーそーかー』としか……」


 ―「達観されてますね」


 有人「いや、そんな大それたものじゃないです。まぁしかし、人の心を持っていないという意見には、ちょっとばかり思う処もありましたよ」


 ―「と、いいますと?」


 有人「人の心を持ってないという事は、人でなしって言われたんだなあと受け取りました。実は、私は昔知人に、『この人でなし!』と罵られたことがありまして」


 ―「人でなし、ですか?」


 有人「はい。それがね、なんだか妙に心に残ったんですよ。人でないなら自分は何者か、と。そうは言っても私は結局のところ、私ってヒトですから。ペンネームもね、それから付けたんです」


 ―「有人……『アルト』というペンネームにはそんな由来があったんですね」


 有人「ええ。私は人でなしではない。人で有る。と。しかしながら、巷では『ユージーン』と呼ばれてしまってますが(笑)」


 ―「それはあまり快く思っていない?」


 有人「いえ。嬉しかったです。ニックネームのようで。それに、友人という具合にも受け取れますよね? ……受け取れません?」


 ―「じつは、私も『アルトさん』とお呼びするより、『ユージーンさん』とお呼びするほうがしっくりします(笑)」


◆『供物少女』に込められた想いとは?


 有人「供物少女に出てくる女の子は、みんな酷い目に逢うんだけど、その酷いって感覚は実は読者が抱いた感想であって、登場人物は『酷い』なんて一度も思ったことはないんだよね」


 ―「そうですね。アリスが供物とされた時も、彼女自身は最後まで弱音を吐きませんでしたね」


 有人「供物になった子は死んじゃうって決まりの中、その分一生懸命に生きてやるっていうパワーがあるでしょう? 私、そういう活力というか、命の輝きがぐっとくるんです」


 ―「命の尊さを魅せているということですか」


 有人「命の尊さというと、ちょっと違う感覚がしますね。えーと、命というより、人生というか、生き様ですね」


 ―「なるほど」


 有人「ゴールが見えないと、自分のペースを計れないけど、ゴールが見えてくると、みんな全力疾走するでしょう。アレです」


 ―「分かります」


 有人「でも、ゴールが近づくと寂しくもなる……そういうセンチメンタルが伝わればいいと思ってます」


 ―「では、見どころはやはり、終盤の?」


 有人「いえ、見どころは女の子が泣き叫ぶシーンです(笑)」


 ―「失礼……。人でなしじゃないですか!(笑)」


◆メディアミックスに関して。アニメとゲームは小説と違う結末を迎える?


 ―「アニメとゲームが同時展開で始まるとのことですが、これは原作の『供物少女』と物語は同じなんですか?


 有人「いえ、アニメは……あ。これ言っちゃダメなやつだ」


 ―「いま、『いえ』って言っちゃってますよ!」


 有人「家がね、すごいんです」


 ―「誤魔化しかたが雑!(笑)」


 有人「まぁ、言っちゃうと、ハイ、違います。原作とアニメ、ゲームは別の結末を迎えることになるので、お楽しみに」


 ―「それはかなり貴重な情報ですね。どのような違いが出てくるんでしょうか」


 有人「それはほんとに言えないですよ! ただ、最初にも言ったように、原作中に『布石』をしているので、それにつながる『ザッピングシステム』のような造りとなるはずです」


 ―「という事は、最新刊にもその布石が?」


 有人「ハイ。買ってください(笑)」


 ―「メディアミックスの醍醐味ですね(笑)」


◆気になる最新刊について


 ―「では、その最新刊のお話なんですが、今度の供物はどういう内容なんでしょう?」


 有人「今回は、食事が摂れなくなった少女の話で、視線に怯えるあまりに様々な恐怖体験をする……という話ですね」


 ―「視線ですか」


 有人「視線を感じる事ってありますか? 私は一度もないんですけど」


 ―「電車とかで、ふとした瞬間に顔を上げると、対面に座っている人と目があっちゃう……みたいなことはあります」


 有人「ああ、ありますね。そういう時って、視線を感じてると、あとで気が付くじゃないですか。あ、こいついま私のこと見てたんだ、って」


 ―「ふんふん」


 有人「そうじゃなくて、ふとした瞬間に『あ、今誰か私を見てる?』みたいなの。ピキーン! みたいな予知能力的な?」


 ―「そういうのはないですね」


 有人「ああ、そうですか。実は、あれはねカラクリがあって……。駅のホームに鏡が置いてある理由ってご存知ですか?」


 ―「え? 身だしなみを整えるためとかでしょうか」


 有人「あれって、視線を感じさせるためなんです。鏡があると、人は視線を感じやすくなるんです」


 ―「なぜ、駅のホームで視線を感じさせる必要があるんですか?」


 有人「それは、一説によると、自殺者を減らすためだとか」


 ―「えーっ!?」


 有人「ね、面白いでしょう。視線と、鏡」


 ―「鏡……あ! まさか、供物の儀式で使われる雲外鏡には……!?」


 有人「……これ以上はしゃべるなって怖い人が睨んでます(笑)」


 ―「うーん、残念です(笑)」



   ~~~~~



 鏡の前で雑誌を読んでいた少女はその記事を読み終えて、鏡に映る己の顔に語り掛けた。


「お前。もしや最初から見ておったのではないか?」


 すると、鏡の中の自分がにやりと笑う。


「なんでさ」

「カーブミラー」


 少女は半ば呆れるように軽い溜息をついた。


「あの現場。民家ばかりの路地であるが、曲がり角にはカーブミラーがあった」


 すると鏡の中の自分は逆にドヤ顔をしてふんぞり返る。


「そんな事より、その子の容態はもう大丈夫なのかな?」

「……まぁな。事件に関係した人間の記憶改ざんは、随分とケーサツが骨を折ったそうだが、こっちはおかげでゆっくりとさせてもらった。カリンの友人たちも何事もなく学校生活に戻るだろう。テスト勉強で苦しんではおるが、学生の本分だろうて」

「そりゃよかった」


 鏡の中の雲外鏡は軽く笑って見せて、狐火にブイサインを向ける。そしてその指を少女の持つ雑誌に向けてトトン、とリズミカルに叩く。


「そういうことで。ゴールがみえなきゃ、全力疾走できないでしょうが?」

「妖怪人間を焚きつけたか」

「組織もねえ、ちょっとばかり計画の進捗が気になったのよ」

「……ふん。どおりで今回は色々とうまく回らぬと思った。お主、ハナっからハメるつもりだったろう」

「計画は迦楼羅だよ」

「あのカラス……」


 狐火は眉間を押さえて、組織の妖怪人間計画に対する進捗確認方法にうんざりとした。


「まぁ、結界がこの世のつじつまを合わせてくれる。システムは良好だし、妖怪人間の実験もうまくいった。よかったじゃないか」


 雲外鏡は雑誌をまるめてぺちぺちと落語家の手ぬぐいか扇子の如く弄ぶ。


「あの殺人刑事は?」

「今回事件および、過去の事件の犯人として死刑が言い渡された」

「……八房とかいう教師は」

「あれは知らない。人間の裁判で確かしっかり実刑喰らってたと思う。臭い飯を数年喰う事になるんじゃないかな」

「……桂男が模倣した女は?」

「彼女はあまり問題ないようだ。手を加える必要がなかった」

「我を押し倒した青年は?」

「ああ、彼は結構複雑な記憶改ざんが必要だったよ。今回の一番の主役だったのかもしれないね。今はもう、普通の学生として、通学している。なんだか、彼女もできたようで舞い上がっているし、よかったんじゃないか?」


 今回の事件が及ぼした影響を確認し終えて、狐火はやれやれとどうにか任務の終了に肩の荷を下ろした。


「――神、空に しろしめす。すべて世は 事もなし……か」


 狐火は窓から夜空を見上げた。

 そこには月が浮かび上がっている。消え失せた桂男はまた月に還ったのか、それは分からない。

 もとより、彼が発端となった一連の事件は、結局のところ、桂男の静かな月の海の如し心に浮かび上がった波紋が及ぼしたものであった。

 月のエイリアンは、地球の重力に恋い焦がれちょっとした地球観光をしてみたかったのだろう。

 妖怪の、ましてや月のエイリアンの持つ、道徳観や倫理観は、人間には到底理解できるものではない。

 彼は月から地球を見て、悲しく想い。

 そして地球から人を見て、戸惑った。


 人は、悪意を振りまきながら、どうしてその内側に温かいものを隠し持つのだろうと。

 暗く淀んだ感情を外に吐き出すのではなく、逆にその愛を振りまけば、この世は楽園となるだろうに、なぜ人は逆なのかと。


 憎しみの雨の中で見失った方角に茫然としていた彼は――淀み切った空気を吸い、苦痛を生み出す重力にその身を引かれた時、月の住人はきっとこんな風に思ったのではないだろうか。


 まぁ、いいじゃないか。と――。


 どこにでもいる青年の相手を想う心が、往く当ての見えぬ手につながれた時に――――……。



 ◆◇◆一霊四魂のアンサンブル・プレイ 終幕◆◇◆

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一霊四魂のアンサンブル・プレイ 花井有人 @ALTO

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