第7話

「なるほど、お前がすげぇ厄介な事に巻き込まれてそうなことは分かった。それを他人に話したくない、もしくは話せない立場に居るってこともだ……なに、無理に聞きゃあしねぇよ。それでお前が死んじまったら――元も子もないしな」


 今湊はどういう状況にいるのか、無理やり詮索するのは良くはない。大体、どこからどこまで話すと死んじまうのか分からないし、そんな危険な橋は渡りたくない。

 その思いはどうやら湊も一緒のようで、今までこちらを伺うような目で見てきたが、俺が追及する気がないことを示すと、ほっとしたような雰囲気になった。


「……そっか。よし、ユウ、これからどこ行く?」

「やっぱ切り替え早いな。湊は」

「えー、仕方ないじゃん、私なんだから」


 そりゃ一体どういう理論なんだと心の中で突っ込みを入れながら、俺は湊のココアのカップの中を流し視る。

 どうやらもう飲み終えたらしい。


「ははは、そうかよ。いや、元気でなによりだけどな。さて、じゃあそこらへんをぶらついてみるか?」

「いいね。私もあんまり回ったことないから楽しみ」


 先ほどの約束通り、俺は二人分の料金を一人で払った。お値段は少し高めだったが、この雰囲気に金を払うのは惜しくないと思えたので、快く払えた。


「ありがとね、ユウ」


 レジで会計を終えたすぐ後に、耳元で囁かれたお礼の言葉。

 思わず背筋がゾクリとし、なにか得体のしれない感情が俺の中に沸いたがすぐさま自制心が蓋をする。


 あいつ、いつの間にあんな高等テクを使えるようになってんだ。


―――――


 二人で歩くのは何度も体験していたし、朝もやったことだ。

 でも、今回はなんだか違う。

 私がそう思うのだから、きっとユウもそうに違いない。

 朝とは違う。この前の帰りとも違う。

 男同士でも、『湊と雄介』でもない。

 今二人並び立ってこうして歩いているのはまさに――男と女。そのものに違いない。

 だから、私はすこぶる上機嫌で居た。


「うりうり、おっぱいだぞ、おっぱい」

「――! だから、腕にしがみついて胸を押し付けてくんのはやめろって……!」

「あれぇ? まんざらでもなさそうだぞ~?」

「くっ、俺が、俺の右手が幸せすぎて死にそ――いやいや、まてまて!」


 道端でいちゃつき。一通りユウをからかった。


「パンだよ、パン! 私フランスパン好きなんだよね!」

「フランスパンうまいよな。俺も良く朝食に喰ってるよ」

「硬くて……太くて……あぁ、もう私どうにかなっちゃいそ――」

「こんな素敵なパン屋でよくそんな下品なことが言えるなお前!! 頭湧いてるんじゃねぇのか!?」


 パン屋でいちゃつき。ちょっと下ネタは恥ずかしかったけれど、ユウには受けたようだ。


「じゃーん! メイド服ー!!」

「お、おぉ!!」

「お、いい反応だねぇ……ユウ。流石エロ本の半分がメイドモノなだけはアルね☆」

「な、なんでお前が俺の秘蔵コレクションの中身を知っている……?」

「いいからいいから、ほらこれが欲しかったんでしょ? ちょっと腰まげてー、上目使いでー――『ご主人様❤』」

「うぉあああああああああああああああ!!」


 服屋でいちゃつき。これはとっても恥ずかしかったけど、いつかはユウとこういう衣装を着てエッチしたいな。


「ちょっと恥ずかしいなー」

「俺の方が恥ずかしいわ! なんでわざわざ女物の下着しか売ってない店に俺とお前で入らなきゃならない!?」

「いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけだって……ほら、ユウも私に着させたい下着あるなら今の内だぞ?」

「まじか」

「え?」

「じゃあこれ」

「え、なんでそんなにユウノリノリなの? え」

「このクソエロいパンティーと――ガーターと――※&%#&※?*{‘{?*}」

「が、ガーターだけで勘弁してください……」

「ふっ……勝ったぜ(遠い目)」


 下着屋でユウの鼻血を見るために頑張るも、逆襲されたり。




 まだ名前のはっきりしない関係だったけれど、それでも私は幸せだった。


「今日は楽しかったな……」

「ふふ、ユウってああいうの好みなんだね。憶えとく。流石にまだ着る気にはなれないけどね」

「ばっ、あれは冗談だって言ってんだろ!?」

「あははははっ、あんっ、もう、髪の毛わしゃわしゃしないでよ~」

「このやろっ」

「ホントにやめてってばー……ん? あ、れ?」


 あの『悪魔』からの言葉を思い出してさえいれば――もっと幸せになれたかもしれないけど。


「――おい、湊!? 湊!!」


 薄れゆく意識の中、私にはユウの声だけが聞こえていた。

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