第3話

「お、おい、湊……! もう少しで皆の通学路にでちまうぞ…?」

「ふんふーん♪ ふんふふふーん♪」

「なに鼻歌歌ってんだって! 見つかったらマジやばくないか?」


 内心かなり焦りながら俺は湊の顔を見つめる。

 もう学校がかなり近いというのに、腕組みをやめる気はないらしい。

 こいつ、一体なに考えてるんだ……。このまま学校なんて行ったらどうなるんだ?

 いやほんと、どうなるんだ。予想がつかない。

 前まで普通に男子高校生してたやつが、いきなり女装して学校に来るとか意味不明だ。最悪いじめられてしまうかもしれない。

 世の中はライトノベルみたいに甘くないんだぞ湊。

 そんな俺の考えを平然と無視して鼻歌なんて歌ってるこいつは……。まったく、お気楽者だ。


 最初こそわくわくしてたけど、徐々に学校(現実)に近づいてきて我に返った俺は湊を制止する為、鼻歌を歌って機嫌よさそうなコイツの肩に手を置いた。


「だから、聞いてんのかよ湊」

「ん? 何、ユウ?」


 だからふわっ、って笑うなッツーの。どきどきしちまうだろうが。俺はノーマルだ。ノーマル。


「いや、湊さ、その恰好で学校行くことに抵抗は……ないのか?」

「抵抗? なんで?」

「いやいや、そんな不思議そうに聞くなって。俺の前だけならまだしも、不特定多数の他人に、しかもお前の事知ってる他人に見られんだぞ?」

「私のこと知ってる他人なんて、もう他人じゃないじゃんそれ」


 哲学的なことを問うたわけじゃないぞ。

 キョトンとするなよ……。


「いや、だから、そういうことを言いたいんじゃなくてだな? お前はそれでいいのかってことだよ。女装して学校とか……下手すりゃいじめられるかもしれねぇって」

「ふ~ん。そんなものなのかなぁ」


 湊はなにやら立ち止まって考えている。

 よかった。どうやら思い直してくれるみたいだな。

 流石にこのまま登校するのはヤバイ。誰だよから始まって、湊です。って返すだろ? ほんとかよ? ってなって、マジ可愛いじゃん! ってなるに決まってる。


 あれ? なんか違う。


「いじめかぁ。いじめの可能性なんてあるかなぁ?」

「今時の高校生は訳分からんからな。遊び半分で抱き着かれたり、スカートめくられたり、エロい写真撮られたりするかもしれないぞ」

「ユウってエロイね。わかってたけど」

「いやいや、一般的な男子高校生の発想をしただけだ」

「……じゃあ、ユウも私をいじめるの?」


 は? なんでそうなる。

 俺は少し気分が悪くなった。

 湊にそんな奴に見られていたとしたら、ちょっとショックだ。


「バカも休み休み言え。俺がお前をいじめる訳ないだろ」

「じゃあよかった。安心だね」

「安心って……何も解決してないんだが」

「だって、ユウは私をいじめないんでしょ? ってことは、私の事守ってくれるってことだよね?」


 おいおいおいおい。

 本当にどうしちまったんだよ湊の奴。

 これじゃあ身も心も女だ。男だったころの影も形もないじゃないか。

 ――言いようのないこう……もやもやしたのが俺の心を覆う。なんなのだろうか。


 気付きかけたそれに俺は無理やり蓋をした。


 とにかく、女装に関して結論から考えてしまえば話は簡単だろう。

 俺がコイツをいじめないかいじめるかで言えば、絶対にいじめない。

 たとえ今のこいつが男であったとしても、親友である【湊】は誰にもいじめさせやしない。

 これだけは、胸を張って言える事だ。それが俺の在り方だ。


「……守ってやれるかどうかは知らないが、見て見ぬふりだけはしないぞ。いじめは俺は嫌いなんだ」

「ありがと。ユウ。それと、なんかつらいこと思い出させちゃったみたいだね。ごめん」


 こいつホント鋭いな。どうなってんだよ。男の恰好してた時はもっとこう――当たり障りのない会話をしてたってのに。


「いや、いい。じゃあ結局、お前はその恰好で学校に行くのか」

「そうだけど。ほらほら、急がないと遅刻しちゃうよ?」


 そう言いながら少し小走りで先を歩く湊は、どこまでも楽しそうだ。


「あ、忘れてた――手、繋ごっか」

「え――!?」



―――――



そうしていつの間にか俺は教室の自分の席に座ってた。

まだ朝のショートホームルームは始まってないみたいだ。


「なんだよアンダーソン! お前朝に女と手つないで歩いてたって!?」

「なにそれー! 詳しく詳しく!」


 なんかしらんが――ナゼ俺が同級生の見ず知らずの奴らに取り囲まれなきゃならないんだ。

 湊の奴は一体どこへ消えた? 俺は一体どれくらいの距離を放心状態で歩いてたっていうんだ!?


「なぁ」

「お、何か釈明でもしてくれんのか!?」

「……湊は何処だ?」

「湊? そういえばお前らいっつも一緒に登校してたけど、今日は一緒じゃないのな」


 どうやらこいつらは湊がどこに行ったのか知らないらしい――いや待て。

 湊は今女の恰好をしている。

 朝俺が一緒に歩いていたという女の事を聞けば、湊がどこに行ったのか聞けるかもしれないな。


「聞き方が悪かったな。――えと」


 なんだこれ、すっげぇ恥ずかしいけど……言うしかないか。


「朝俺が一緒に手つないで登校した女の子は、いったいどこへ行ったんだ?」

「は??」


 疑問符が奴らの頭の上に浮かんでいるのが見える。

 やっちまった……。意味わかんねぇよ。

 さっきまで一緒に居た奴のこと聞いてるんだよな? こいつ頭おかしくなったんじゃない? って顔してるもん。目の前の名も知らぬ同級生は。

 そりゃそうだ。他人が手つないで親しそうにしてたやつのその後の行方なんて知る訳ねぇっつーの。


「おらお前ら席につけー」


 ちょうどその時、担任の先生(ハゲ。名前忘れた)が入ってきた。

 すぐさま席に戻る同級生達。

 俺の席は一番後ろの一番窓際。俺の右が湊の席だ。

 だが――そこには今、誰も座っていない。


「じゃあホームルーム始めるぞ。今日は重要な発表がある。寝起きの頭を叩き起こせよ」


 嫌な予感しかしない。

 ああ、ものすごく嫌な予感しかしない。


「えー、出席番号二番の天宮湊だが……今日から性別が変わったそうだ」

「??」


 すっげ。こんなに教室の空気が疑問符だけとはいえ、まとまったの始めてじゃないか?

 俺でも意味不明だもん。なんだよ性別が変わったって。


「あー、なんだ、俺から説明するのも厄介なことだ。天宮ー、頼む。入って説明してくれ」


 担任の先生がドアを開けるとそこには――。


「はーい♪ 天宮湊でーす! なんか女の子になったんで、今日から女としてよろしくね!」


 ありえねぇ位面影亡くした俺の親友がウィンクしてた。


 ――正確には、男ではなくなって美女にしか見えない(男)だってことなんだろうけど。

 つーか女の子になったって、無理あるだろ……ホントアイツどうする気だよこれから。


―――――


 本当はこんなことするつもりじゃなかった。

 みんなの前で女になっちゃった♪ てへぺろ♪ とか死んでも勘弁してほしい位だった……だけど。

 ユウを俺のモノにするにはこうするしかない。

 朝だって同級生と話してたし。俺とだけ話してくれればいいのに。


 内心むかむかしながら、すっごい高いテンションで最初の挨拶を言い切った俺は、女の子らしさを忘れずに、しずしずと歩く。


 俺が教壇の上に立つと、教室が一気に色めきたった。


「意味がわかんないんですけどー!?」

「なんで湊君が女の子に!? 私たちの湊君がああああ」

「おいなんかすっげぇ可愛い気がするんだけど……」


 正直、周囲の反応なんて気にしない。

 俺が一番気にするのは――ユウだけ。


 よかった。ユウは面白そうに微笑んでるね。


「あー、天宮? 先生もよくわかってないんだ。なんでお前、急に女になったんだ?」

「えと、超常現象……的な?」

「それって女装じゃ……」

「いえ、それはないですよ。だって私もう――男のアレ、ついてないですもん」


 その言葉を口にしたとき、ユウの顔色が一気に変わった。

 驚いてる驚いてる。


 そりゃそうだろう。俺だって驚いたんだから。


 いきなり体がホンモノの女になるなんてな。



―――――



 昨晩、俺は夢を見たんだ。



 目を開けたら涙をいっぱい流してたから、それはきっと良くない夢だったんだろうと思う。


 そう。夢だと思わなきゃ、やってらんない。

 体中が汗でべとべとで、パンツの中は俺のじゃない男の精でいっぱいだったけど。


 やってらんない。


 【夢】で俺は、あのおじさんにまた襲われてた。

 好き勝手に唇を奪われて、体を穢された。

 全てをあいつの手で開発された身体は、あいつの手に正直に反応してしまったんだ。


 夢なんだ。


 風呂に入った後、部屋で女装してたら、いきなり親戚のおじさんが俺の居場所を突き止めて押し入ってきたわけじゃない。


「やっと俺好みの女になったな」


 そう言いながら――おじさんは俺を捕らえて放さなかった。


 行為の途中で、俺は泣いてた。


 もう、いやだ。

 俺の身体は、雄介だけのもんだ。って。


 叫んでたはずだ。


 だけど奴は――そんな俺を徹底的に踏みつぶしたんだ。


 あいつの凶器のようなそれをねじ込まれて、押しつぶされて、無理やりナカに出されて。


 だけど、薬を無理やり飲まされて、首筋を噛まれた俺は抵抗なんて出来やしなかった。


 あいつは最後に何事か呟いていたが、俺の耳には届かなかった。


 そうして……悪夢のような行為が終わり、ふと、我に返る。


 あたりに散らばるのは俺の精だったり、あいつの精だったり。


 破かれたシャツだったり、血にまみれたティッシュだったり。


 嫌でも目に入ってきたそれを見て俺は――


「はぁ、はぁ――う゛ぉぇぇ!」


 夢だと思っていたはずの現実ホントウを思い出して、俺は部屋の床に盛大に嘔吐した。

 体内に無理やり押し込まれたあいつの唾液と、精液と――全部を吐き出した。


 むせ返るようなエグい匂いに、思わずまた吐いてしまう。

 だが、胃の中には何も入れていなかったため、胃液だけが吐き出される。


 体が震えて……どうしようもなく寒かった深夜二時。


 そこで俺は――奇跡に出逢った。

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