第9話
「嘘だ!
嘘だ!!
嘘だ!!!!」
叫びながらただひたすらに、家路を急ぐ。
途中、大きな公園を見つけた。
このまま家に帰っても、気持ちに整理がつくはずもない。
家族と話すのも煩わしく感じそうだった。
そしてなによりも、先ほどの悪夢のような光景から一刻も早く逃れるために。
雄介はだれ一人いない、夜の公園に足を踏み入れた。
そのだだっ広い森のような場所をずっと歩いていれば、気持ちにも整理がつくだろうと思って歩くが、いくら歩いても頭に先ほどの光景がずっと浮かんでいて、消える事は無かった。
それどころか、もっと強い想いがあふれてくるだけだ。
「どういうことなんだ? なんであいつと湊がき、キスなんて――」
だが、自分には関係ないはずだ、と雄介は考える。
湊は自分の親友であり、かけがえのない人でありはするが――恋人ではない。
しかも、元男だ。
だから、自分が湊に好意を抱くなんて絶対にないはずだ。
ましてや――恋など――していなかったはずだ。
ちょっと面白そうな事に首をつっこんで、少し楽しく二人で遊んだから気がおかしくなってしまっていただけだ、と雄介は自分の心を結論付けた。
「あいつが――誰とキスしようが、俺には関係ない。
だが……森谷、あいつだけは絶対許さ――俺は一体何を言ってんだ。あいつがキスした事実は変わらないし、あいつが誰に好意を持とうが俺には一切関係ないし!
だいたい、男に好意を持つなんてそんなこと在り得ねぇはずだ! いかにあいつが女になったとしても、あいつが俺を好きになることも、俺があいつを好きになることもねぇんだよっ!!」
静かな森の公園の中、
その時だった。
音もなく、熱もなく、ただ突然に、『ソレ』は発生した――。
最初は、目の錯覚かと雄介は思った。
だが、次第に輪郭を整え、人のような姿かたちを取った時には、雄介の背中には汗が滝のように流れていた。
恐怖に、支配されていたのだ。
それほどまでに、目の前『ソレ』はおぞましいものだった。
形こそ人型ではあるが、生物として根本的に違うことがありありとわかる。
体躯は3メートルはあろうかと言う巨体。背中からは鮮血と褐色の肉片にまみれた骨の翼があって、人間で言う胴体に当たる部分は内臓が剥き出しだ。
頭は鋭利なくちばしを持った、翼竜の白骨のようなものだった。
足は通常の人間の三倍の大きさもあるが、こちらも骨を基盤にして、肉片が申し訳ない程度に着いているだけのものだ。
とにかく、訳が分からない生物――死んでいるのか、生きているのかわからない――
その不明生物はわずかに足踏みした後、その頭蓋骨を雄介のほうに向けた。
まるで、睨まれているような心地がする。
決して、友好的ではないのを雄介は感じ取った。
作り物か、とか、何の撮影だ、とか、冗談を言う暇など微塵もなかった。
ホンモノの異常現象が目の前で起きているのだ。自分は正気を失ったのかとも思ったが、漂ってくる腐臭が、決してこれは幻でないことを知らせてくれる。
――ここで背を向けたら、確実に殺される。
そう雄介は感じていた。
『――オモシロク、ナイィィ!!』
途端、不明生物がカエルが頭を切断されたときのような声を出し、猛然と雄介の方へ突進した。
肉の間から白骨が垣間見えるそのおぞましい右手についている、刀のように長く鋭い黒々とした爪が迫ってくる。
雄介はなすすべも無く、腹を五本の爪で貫通された。
貫通された勢いで空中に浮き上がり、そのまま爪を引き抜かれ、どう、と地面に倒れ伏す。
叫ぼうにも、叫べない。
現実離れした傷みとこの状況に立ち向かえるすべは、雄介は持っていない。
「ぐ、ああぁぁ……いてぇぇ……!!」
うずくまって、風穴が開いた腹を押さえる。
傷みにのたうちまわるが、それで傷みが軽減される訳は無かった。
ついに――雄介は不明生物の足の下敷きにされてしまった。
その襲いくる重圧に、内臓全てをつぶされたように感じた。
不明生物は、なおも逃げようとする雄介の顔を覗き見る。
不明生物の目の前には、空ろな目をして、今にも息絶えそうな雄介が居る。
「おま、えは、なん、なん、だ」
ようやくひねり出した声は、掠れていてとても弱々しい。
「オ、オモ、シロシローーシロク、ナイ!!」
「ぐぁあああああ!!」
雄介の問いには一切答えず、不明生物は一層強く踏みつける。
すでに四肢の感覚は失われ、眼も霞んできた。
(このまま、訳の分からないまま、訳の分からない奴に殺されるのか……俺は……? そんなの――嫌だ)
――その時だった。
「面白くないなら、死んじまえばいいじゃないか」
女性の声と共に、雄介の上に乗っていた生物の重みが、一気に失われる。
びちゃびちゃ、という生々しい音と共に大量の黒々とした血液のようなものが雄介に振りかかる。
「う、ぁ……?」
かろうじて見える目を、人の気配のする方に向けるとそこには――。
「こりゃまた酷くやられたもんだねぇ。待ってな、すぐに良くなるから」
宇都木 雅。その人が立っていた。
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