第10話
「な、なんでここ……に」
「すぐに済むから、おとなしく寝てな」
突っ伏した雄介を横目に、雅はたった今刀で胴体を斬った異形を見据えた。
雅の放った剣閃は相手の腹を確実に捉えていたが、どうやら当たる寸前に一歩退いたらしく、致命傷には至っていない。
「オモシロク……ナイ」
よたよたと態勢を整える異形を見て、ちっ、と舌打ちをした。
「お前、どうしてこんな奴に憑りついたんだい? そんな『面白くない』程度の希薄な感情程度で惑わされるほどに堕ちちまったってのかい?」
異形に向かって雅は言葉を発するが、当然答えなど返ってくるのは期待しちゃいなかった。
なんといっても奴らは――俗に言う『餓鬼』なのだから。
餓鬼、というのは人の思念を食料にする化け物の事だ。
恨み、妬み――そう言った負の感情を持った人間を見つけると、実体化して人間を殺し、その思念を貪り食う。
雅が視た所では、どうやら目の前の餓鬼はそんなに強力ではなさそうに見えた。
当然、弱い餓鬼に知恵などある訳はない。
「オモシロク――ナイィィィィ!!」
「その爪だけは立派だが――知恵がないんじゃ生かせないよっ!」
迫りくる餓鬼の両腕の黒爪を、雅は手にした白銀の日本刀――雪華――で切り裂いた。
刀を振りぬいた勢いで横に跳び退り、餓鬼の死角をとった。
餓鬼の気配を感じ、家から急いで出てきたので制服姿――スカートがひらひらしていた――だったが、雄介は伸びているし、見えても今日は恥ずかしくないのを穿いているので、思いっきり餓鬼の頭上へと舞い上がった。
「――景気よく行こうかね」
餓鬼が頭上の雅に気付いた時にはすでに遅い。
「はあああああああああああ!!」
兜割の要領で振りぬかれた白銀の刃は、間違いなく餓鬼を一刀にて両断していた。
「オ、オモ」
惨たらしい程の量の黒血をぶちまいて、餓鬼はそのまま地面に倒れ伏す。
そして、そのまま地面に呑みこまれるようにして消えて行った。
「ふぅ、何度やっても慣れないね」
刀に付着した血糊を振り払うと、雪華はそのまま虚空へと消え去った。
雅は空いた両手を未だ地面に倒れ伏している雄介の傷口へとかざした。
目を閉じて、両手にいつも通り力を通すと見る見るうちに雄介の傷が癒えていく。
この光景も何度見ても慣れない。まるで傷口が貫通される過程を逆再生しているかのように戻っていくのだから、結構ショッキングなことになっている。
ぐちゅぐちゅ、とか音がするものだから、思わず顔を顰めてしまった。
「――ふう」
二分ほどそうしていただろうか。
すっかり雄介の傷は治り、破れた服も元通りになっていた。
「一体どうなってるのかねぇ。アンダーソンも、あの天宮って娘も」
雅が呟いた言葉は、風に流されて消えて行った。
―――――
「雄介っ!!」
廊下を走る音が聞こえ、私はとっさに雄介を引き留めようとするが、静まり返った病室に私の声が木霊するだけだった。
どうして、こうなったんだろう。
なんで、私は森谷とキスしていたの……?
「な、なぁ――お前疲れてんじゃねぇか?」
「うるさい!」
「おい、うるさいってことはない――」
涙が、あふれる。
私最低だ。
雄介にだけに捧げるって決めたはずの身体を、唇を――こんな奴に捧げてしまうなんて。
もう、おしまいだ。
雄介だって私に絶望したはずだ。ああ見えて雄介は純情だから、今の光景はきっとショックだったに違いない。
ぽたぽたと頬を伝って涙が床に落ちることが分かる。
それは一体――なんのための涙だろうか。
森谷にキスしたから?
雄介が私に絶望したから?
なにより私自身が――私を許せないから?
――その瞬間、私の頭に強烈な【何か】が話しかけてきた。
『なぁ――そいつ、殺っちまえば?』
ぐわん、と頭を鈍器で殴られたような気がした。
そうだ、森谷を殺せば、全て解決する。
言うんだ。
森谷を殺した、って雄介にいえば、きっと雄介はあれは誤解だって、信じてくれる、よね?
「お、おい、天宮、どうした――? さっきの、俺全然気にしてねぇから、さっさと雄介のこと追いかけて――」
ああ、もう。
うるさいな。
右手が自分のじゃないみたいに思えた。
本能が『そうしろ』と叫んでた。
「え?」
「え……?」
気付いた時には、私の右手が――森谷の腹を貫いてた。
いや、正確には私の右手じゃない。
森谷の後ろに居る――何か、の右手だった。
「ユー…ス、ケ」
鳴き声なようなものを上げる白骨の化物が――居た。
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