世界恋死線の向こう側
蒼凍 柊一
第1話
ありふれた田舎町のそこらへんにありそうな学校。
場所はフランス年パリ組の教室にて、夕日を見ながら男二人が――話をしている。
「なあ、湊。最近つまんないよな」
湊と呼ばれた髪の長い男が、遠い目をしながら言葉を返した。
「どうしたんだよアンダーソン。やぶからぼうに」
アンダーソンこと、下村は暇を持て余していて湊と共に放課後の暇をつぶすのだ。
「いや、俺らの付き合いも中学からずっとだな、って思ったらさ。なんかいきなりつまんなくなってきたんだよ」
湊は、つまんないってどういうことだ。と思いながらもありきたりな返事を返す。
「つまんないのはお前がつまらない人間になったからじゃないか?」
「ありふれた感想、どうも」
なげやりに受け答えをしたアンダーソンは改めて、中学からの友人である湊の顔を見つめた。
「なにガン飛ばしてんだよ」
湊は小さい。男のわりに身長がとても低く、髪も長くておまけに顔も女っぽい。
アンダーソンは何とは無しに言葉が出てきてしまった。
「いや、おまえってさ女装とかしたことあんの?」
「ついにあたまに蛆でも湧いたかこのクソ野郎!」
怒った湊は、アンダーソンに向かって軽く拳を握って振り下ろす。
ゴツン、と小気味の良い音が響いた。
アンダーソンは殴られた箇所をさすりながら、湊を責めるような目で見た。
「いってー! なにも殴ることねぇだろうに……」
「うるさい! 今度俺に女装しろとか言ってみやがれ……殺すからな」
「へいへい。……まったく。生理中の女子は気が荒いっつーのは本当みたいだな」
「おい、お前人の話し全然聞いてねぇだろ」
あまりにも酷い返しだったので、湊はアンダーソンを呆れた目で見た。
すると、アンダーソンの意識は既に別な方を向いてしまったようで。
「え? ああ。うん」
なんとも気の抜けた返事を寄こしてきた。
「はぁ……またアンダーソンは自分の世界に入りやがったな」
「なあ湊」
「なんだよ。お前なんて妄想の海で溺れちまえよ」
「そんなつれないこと言うなって。考えても見ろよ」
「なにを?」
「毎日毎日学校と家の往復でさ、授業はちっとも面白くねぇし、友達もお前しかいねぇ。部活もやっていなけりゃ、彼女もいねぇときたもんだよ」
「おい、お前と一緒にされて俺が可哀想だと思わないのか?」
「うっせぇ、湊も似たようなもんじゃねぇか」
「……しかし、たまにはアンダーソンも真面目なことを言うんだな。確かに、毎日がつまんねぇってのは同感だ」
そこまで話をして、二人は夕日に照らされたグラウンドを見下ろした。
アンダーソンは思ったことを言っただけなのが分かっているので、湊はなんとも言えない気持ちになった。しかし今は納得したフリをする。
「このベルサイユ学校の唯一の旨みといったら、やっぱりテニスをしてる女子を眺められること。これ一つだよなぁ」
アンダーソンの煩悩丸出しな言葉に、湊は小さく笑う。
仕方のない男だ。やはり女性が好きなのか。
「また話が飛んだな? 別に俺は面白くもなんともないがな」
「そうなんだよなぁ――飽きたんだよなぁ。毎日毎日見えるか見えないかを競ってたイギリス年のころが懐かしいぜ」
「はぁ――つーかさ、なんで俺らがここで駄弁るのが習慣になったんだっけ?」
「そりゃ湊、あれだろ。俺が一人でグラウンドの女子テニス部を凝視してたところに、お前が隣で同じようにグラウンドの女子テニス部を凝視してたからじゃなかったか?」
「いやいや、俺は女子テニス部を見てたんじゃなくて、男子サッカー部を見てたんだよ」
思いもよらない湊の発言。
「は? なにそれ初めて知ったんだけど?」
信じられずにアンダーソンは笑いながら聞き返した。
どうせ冗談なんだろ? と。
「俺サッカー部のやっちゃん好きなんだよね」
しかし、返ってきた答えはかなり本気のような声音だった。
「……ははっ、マジウけるわ。それ……」
苦笑いしながらいつものように返すアンダーソン。手が少し震えている。
「いやいや。良くね? あの汗を地面に差しながら真面目にサッカーに打ち込む感じとかさ。イケメンだよな」
「おい、お前まさか――」
額に汗が流れるのも気にせず、アンダーソンは湊を凝視する。
すると、視線を受けた湊は、ニカっと擬音が聞こえるような笑顔を見せた。
「いいよな。あの幸薄そうですぐ死にそうなサブキャラ感」
「そっちの【イイ】かよ! ははははっ!」
アンダーソンは腹を抱えて笑った。
安心感の方が強かったが。
湊がホモじゃなくて本当に良かったと内心思っていた。
「ははっ、ははは」
「俺はてっきり湊がホモなのかと思っちまったぜ!」
「え? 俺ホモだけど」
「え?」
「え? 言ってなかったっけ」
「初耳なんですが……ミナトサン?」
「ほら、俺って女顔だろ? 昔親戚の40過ぎのおじさんにレイプされてさ。それで目覚めちゃったんだよね」
「………」
もうアンダーソンの頭の中はパニック状態だ。
しかし、湊は言葉を続ける。
「あの時は大変だったなぁ。新年会で親戚がいっぱい集まっててさ。そん時にオジサン、かなり酒飲んでたんだよ。途中でさ、そのおじさんがいきなり俺の手を引っ張ってお年玉やる、って言い出した訳。当然、ついていくでしょ? 俺」
「あ、ああ」
「ほいほいついてった俺が馬鹿だったね。他の人に見つかるとうるさいから~って言って、郊外の公園の駐車場まで連れてかれてさ。そしたらいきなりだったよ。へんな薬飲まされてさ。意識がもうろうとしてさ、気持ちいいって感覚だけになっちゃう薬だったな。まぁ、そのあとはお察しの通り、ケツを掘られて、心も体も女の子にされちゃった俺は、それ以来ホモに目覚めちまったって訳さ。いや、ホモってよりは女に興味が無くなったって言った方がいいか? あんまりにも男のアレが気持ちよかったから」
「――おい湊」
「どうしたんだよアンダーソン」
「今の話し、本当なのか?」
アンダーソンの眼は真面目だ。
その眼が語っている――そんなことをした奴は絶対に許さない、と。
相対している湊の眼は、アンダーソンには読めなかった。
「……………冗談だよ、バーカ! ははははっ!」
「――てめぇこのやろう! ちょっとでも信じた俺の純情を返せ!」
「なんだよアンダーソン! お前がつまんねぇっていうから、面白い話をしてやっただけじゃん」
「面白くもなんともねぇ――っつーか重すぎるし、反応に困るネタを仕込むんじゃねぇよっ」
「はははははは」
そうして、その後の二人の会話は中身がなく、延々とスカートの中身についての談義が行われただけなので省略しよう。
―――――
「ただいまー」
そう言いながら家に入るが、当然、おかえり、などと言う声なんて聞こえない。
真っ暗の廊下を一人進み、部屋に入って手探りで明かりを点けた。
今日も、独り。
学校ではアンダーソンこと下村が居たから一人じゃなかったけれど、こうして家に居るとより孤独を感じてしまう。
アンダーソンの事を思い出す。
(今日はアイツ、かなり楽しそうだったな。ああいうブラックな話、結構好きそうだと思ったら、やっぱり好きだった)
テレビを適当なチャンネルに合わせるが、どうにもつまらない。すぐに消してしまった。
ソファに腰を掛ける。
二年前の誕生日にアンダーソンから貰ったクッションを抱える。
そのままずるずると横になり、いつもの態勢になった。
細身の身体が、震えてきた。
「ま、全部冗談なんかじゃなくて、本当のことなんだけどさ」
いまさらながらに、暴露話の反動が返ってきたという訳だ。
アンダーソンの反応はあんまりだったが、話すには話せた。
だが、悲報が一つだけある。
アンダーソンは女の子が好きらしい。
「アイツ、なんだよ。俺に話しかけやがって。気があるのかと思ったじゃん」
涙が、あふれる。
あいつは救いだった。
二年前に犯されて、傷だらけの心のまま高校に進学した。
何をしていいのかわからなくって、ただ外を見ていた俺に、あいつは声を掛けてきたんだ。
【お前、暇なのか? だったら俺と一緒に楽しいことを見つけに行こうぜ!】
たった、それだけの事なのに。
俺にはあいつだけが必要になったんだ。
切っ掛けなんて些細なもの。人が人を好きになるなんて、ほんのちょっとのきっかけだけだ。
男とか女とか関係ない。あのタイミングで、あいつが俺に話しかけてきた。欲しい言葉を。喉から手が出るほど欲しかった『ぬくもり』をあいつはくれた。
しかし、俺と出会って一年経ったころ。あいつはつまらない、と口癖のように言うようになってしまった。
俺という人間がつまらないから、あいつもつまらないと思ってしまったのだろう。
俺は努力した。
アンダーソンに気に入られるように、楽しい人間であろうと努力した。
いや、今もしている。
今日だって、アイツ楽しそうだった。
ああいう話好きだから、もっと俺の体験談を話してやろうか。
だめだ、ありきたりになってしまう。
だったら、どうしようか。
と、そこまで考えているうちに、考えが泥沼化してしまっている事に気付く。
解決方法も明確な答えもない悩みをしても、仕方がない。
なんとなくお腹も空かない。
今日も飯は無しにしようかな。
「忘れてた――風呂に入らなきゃ」
風呂場に向かった。
服を脱いで、鏡を見る。
雪のように白い肌に、整った顔。
女の子そのものだ。
体もなで肩で、角ばっておらずくびれがある。男らしさのかけらもない。
そこら辺の女より女の子してる気がする。
しかも生まれつき体毛がないようで、わき毛もなければ陰毛もない。もちろん、すね毛も髭も生えてない。
つるっつるだ。髪の毛は背中ぐらいまであるけれど。
「ああ、鏡の中に男のいちもつつけた女がいる」
ははは、と自分で笑ってみるが、すぐに真顔になってしまう。
自然な笑顔なんてアンダーソンと居る時じゃないとでないのだ。
シャワーを出して、まだ冷たいそれを頭から浴びる。
体がびくびくと反応して飛び跳ねるが、かまわず水を浴び続ける。
アンダーソンは彼女が欲しいのだ。
男の俺なんて必要じゃない。
そんな考えを振り切るように、俺はシャワーを浴びる。
「――――!」
そこで、唐突に俺は思いついた。
今日あいつが言っていた。
なんで今まで思いつかなかったのだろうか。
あいつが俺に対して女を感じるようにさせれば良い――ならば。
『女装』をすれば問題ないのではなかろうか、と。
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